君の大脳を読みたい

沢田和早

君の大脳を読みたい

 あたしは今年入学したばかりの女子高生。電気科学部に所属している。


「そりゃ理系女子は最近の流行はやりだし、化学部や生物部とかならわかるけど、なんで電気?」


 とあたしの友人は言うけれど電気工作が好きなんだから仕方がない。ハンダが溶ける匂いを嗅いだだけでワクワクしてくる、それくらい好き。今は電子工作キットで自動追尾式赤外線モニターを製作中。


「どうですか、進み具合は」


 背後から部長が声を掛けてきた。理系クラスの三年生。すごく頭が良くて医学部を目指しているらしい。


「ボチボチです」

「そうですか。じゃあちょっと一休みして手を貸してくれませんか」


 あ~またかと心の中でうんざりする。部長の発明品を試すための実験台、その役目を入部以来ずっと押し付けられているのだ。

 最初は本当に単純な測定機器だった。皮膚表面の温度と保湿度を測定するお肌センサーとか、髪のパサつきを測定する頭髪乾燥度センサーとか、本当に他愛もないものばかりだったので、こちらも気軽に実験台になってあげていた。


「えっ。そんな測定に意味があるんですか」

「あるのです。頼みます」


 ところがそのうちに測定内容がマニアックな内容になってきた。血液を採取せずに血糖値やコレステロール値を測定する機器はまだ許せるとしても、エックス線を使わずに外部から胃の内容物をサーチして食事メニューを類推するのはちょっと我慢できなかった。


「ふ~む、本日のあなたのお弁当のおかずはたこさんウインナー三個ですか」

「そ、そんなことまでわかるんですか」

「白飯を米換算で一合食べていますね。お茶碗にすれば二杯半。これは食べ過ぎではないですか」

「も、もうやめてください」


 食いしん坊だってことがバレてしまった。さすがに恥ずかしい。


「部長はどうして人体の測定器ばかり作るんですか。もっと役に立つモノを作ったほうがいいんじゃないですか」

「ふふふ、あなたはわかっていませんね。人体ほど神秘に満ちたものはありません。言ってみれば極上の書物。それを読み解くためならばどんな測定器だろうと作り出してみせますよ」

「あたしは部長の本ってことですか」

「そうです。私はあなたの読者。そしてこれらの測定器は私の読者仲間たち。これからもあなたをもっと読ませてください。私に読書の興奮を与えてください」


 あたしに対する部長の読書欲は留まることを知らなかった。


「これはあなたの網膜に投影された映像を抽出する装置です。ふふふ私の顔を見ていますね。おや、顔をそむけたのに右目の端にはまだ私が映っている」

「映っているだけで部長を見てはいません」

「本当ですか。わかっていますよ。私に好意を抱いているのでしょう。私のような優秀な男子生徒に惚れない女子生徒などいるはずがないですからね」


 部長の思い上がりにも困ったものだ。確かに気にはなっているが、それは好きだからではなく気持ち悪いからだ。部活動以外では絶対に関わり合いたくない。


「全力で否定させていただきます。全然好みじゃないですから」

「ほほう。これはお決まりのツンデレ展開ってやつですか。ますますあなたを読むのが楽しくなってきました。もっともっと読ませてください」


 それからも部長はくしゃみで飛散した唾液成分からキスをした時にどのような味がするかを類推する装置や、全身の発汗量を測定して現在のストレス度を決定する装置など、いい加減にしてと叫びたくなるような代物ばかりを作り出してはあたしを実験台にして喜び続けた。


「ひょっとして、部長はあたしに気があるんじゃないですか」

「さてどうでしょう。もしかしたらそうなのかもしれませんね。読んでいてこんなに楽しい女子生徒は初めてですから」


 あたしは嫌だったけど素直に実験台になってあげた。この試練も夏休みまでだとわかっていたからだ。休みに入れば三年生は退部して受験勉強に専念する。つまりそれ以降は自動的にあたしが部長になり大好きな電気工作に打ち込めるのだ。


「夏休みまで我慢すればあたしの天下になるんだ。ガンバレあたし」


 やがて七月に入り休み前の最終活動日がやって来た。今日を最後に部長は部室に顔を出さなくなるはずだ。あたしは心の中で歓喜の叫びをあげていた。


「本日で私の部活動は終了です。そこで最後の実験をしたいのですがよろしいですか」

「はい、喜んで」

「ではここに腰掛けてください」


 言われたまま椅子に座るとヘルメットのようなものを頭にかぶせられた。何も見えない。同時に腕と足が固定された。えっ、と思う間もなく腹もベルトで固定されてしまった。体に力を入れてもまるで動けない。椅子も固定されているようだ。


「ぶ、部長、何をするつもりですか。どうしてこんなことをするんですか」

「あなたが逃げ出さないようにですよ。今回はあなたの大脳を分析します。これを作るのは大変でした。言ってみればあなたの考えを読むに等しいのですからね。大脳で行われている思考、記憶、感情、そういったあなたの精神活動をついに読むことができるのです。あなたの読者としてこれ以上の喜びがあるでしょうか。これまで私が作り出した仲間たちも大喜びしています」


 仲間たちとはあたしを読むために作り出したたくさんの測定機器のことだろう。今日の部長は異常すぎる。なんだか怖くなってきた。


「あたしの頭の中を読むなんて、そんなことできるはずがありません」

「おや、あなたの最大の理解者であり唯一の読者であるこの私の言葉を信じないのですか。まあいいです、すぐわかりますから。では装置を作動させましょう」


 スイッチの音。静かなモーター音が響いてくる。しばらくして部長の声がした。


「へえ~、初恋の相手は隣に住んでいた一年上の男子だったんですか」


 一気に頭に血が上った。顔が火照っているのがわかる。この装置は本物だ。ヤバすぎる。


「やめてください。プライバシーの侵害です」

「やめませんよ。だって私はあなたの読者なんですから。さて次は何を読みましょうかね。おや、中学の時に振られたんですね。手作りチョコを拒否されるとは、さぞかしツラかったことでしょう」

「やめて、もうやめて!」


 聞いているだけで悲しくなってくる。頭を振って装置を外そうとしてもピッタリ密着して離れない。


「ああ、なんて素晴らしい。人間ほど読み応えのある書物はないでしょう。このままあなたを読み尽くした時、私はどれほどの感動に出会えているのでしょう。さてさて、もっと恥ずかしいお話はどこにあるのでしょうか」


 その時、あたしの中で何かが生まれた。心の奥底に眠っていた何か、それがゆっくりと頭をもたげ、あたしの中で大きくなっていく。膨張したその何かは言葉になってあたしの口から放出された。


「ぶっ殺す!」

「うわああー」


 部長の叫び声が聞こえた。火花の飛び散るようなパチパチという音も聞こえる。手足と腹の固定が外れた。すぐさまヘルメット型の装置を外す。接続されたモニターからは煙が上がっていた。その横で部長は床にうずくまり両手で頭を抱えていた。


「何が起きたんですか」

「闇、怖い……」


 部長がつぶやいている。かなり怯えている。


「大丈夫ですか、部長」

「人の闇、深淵の闇、あんなに深く濃いのか、怖い、怖い」


 こちらの声はまったく耳に入っていないようだ。あたしは部長をそのままにして部室を出た。


 * * *


 夏休みが開けてひと月が経った。部長は一度も部室には来ていない。部長が作り出したたくさんの読書仲間は全てなくなっていた。部長自らの手で廃棄処分にしたようだ。


「あいつ、志望を変えたらしいぜ」


 その後、部長がどうなったのかほとんどわからない。進学希望を医学部から農学部に変更したらしいことと、極度の人間嫌いになったらしいことはうわさ話で耳に入ってきた。


「部長、何を見たんだろうな」


 あの時、部長は「闇、怖い」と言っていた。実はあたしにもあの時一瞬ではあったが暗くどす黒い何かが見えていた。きっとそれは人間が人間に進化する前から持ち合わせている生物としての原初の闇だったのだろう。見ようとしても決して見られない人の心の奥底に眠っている闇。あたしの怒りが爆発した瞬間、闇は一気にあたしの心の表層を覆い尽くし、装置を通して接続されていた部長の心を襲ったのだ。


「人間を精読したところでロクなことがないってことね」


 少しだけ部長に同情しながらあたしはコテでハンダを溶かした。今日中にこの感情増幅装置を作り上げてしまおうっと。

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