第38話 抜きたい
沈みかける夕日が見える。
今はプールから有菜と二人で帰っている所。
あのあとは必死に泳いで煩悩を捨て去った。
しかし、早く帰ってスッキリしたい。
幼なじみと言うだけあってお互いの家はそう遠くない。
最寄り駅は一緒で、そこに向かって歩いている。
来栖先輩から聞いたことは既に共有済み。
同じスピードで横並びで話していたが、有菜が一歩前に出て俺の顔をちらちら見始めた。
「わ、プールで大っきくなってた人だ」
「おい……人に聞かれたらどうするんだ」
「事実だもん。しかも、みーんな違う女の子……はぁ、溜め息でちゃうなー」
仰る通り。
最後は昔の有菜とのことを思い出し更に想像して膨らんでしまったが、トリガーを引いたのは他の子で間違いない。
だが、今のタイミングでこの話をするのが妙に引っかかる。
直感的に何か狙いがあると思ってしまう。
「ごめんって……」
「べっつに〜! 私、勇緒の彼女じゃないし。それなのにデートなんかしちゃってさ。あーあもう」
「…………いつかこの埋め合わせはする」
「ふーん? 色々待ってるからダメかなぁ。ノーカンにしてくれたら良いよ」
「ノーカン……?」
「うん! 無し! デートもう一回」
どう答えてもこうなっていたに違いない。
全ては俺の股関が言うことをきかなかったのが悪い。
夏樹さんとのロッカーでの件は触れてこないがさっきの反応を見る限り、もう知られていると思うし。
「わ、解ったけど……いつ?」
「あ・し・た」
拗ねた顔が可愛く戯けた表情に早変わりしていた。
企みに成功したと言わんばかりの顔だ。
下手に乗ってはいけない。
「それはきっつい! アオに話も聞きたいし……テスト勉強しないとだし」
「もちろんもちろん! 凛ちゃんともパソコンの中で会って、私とはテスト勉強したらいいよ」
「はああああぁ!? 家くるのか?」
「そうだよー。元々私が住んでたんだし」
有菜が家に来るなんて、初めてだ。
というより気まずくてお互いの家に行ってなかった。
「お父さんもお母さんもいるぞ?」
「へぇ〜、一体何すると思ってるの?」
目を細めて眉を上げ、疑いの目を向けてきた。
有菜は両親に対して気まずさなんてないようだ。
「ち、ちげえよ!」
「違うの? 家デートなのに!? それはそれでショックかも」
これは困るやつだ。
誘導尋問というか、どっち選んでもアウトだった気がする。
「……待て待て、確認させてほしい。本当にテスト勉強だけだよな?」
「う〜ん。どうだろ……。凛ちゃんとは私が居るときにしたらいいよ、どんなゲームか見たいし」
「はい!? いや……それは……その」
最近凄く露骨になってきたと思う。
有菜じゃなくて俺も、もう気持ちを隠してない気がする。
「あの子、私が電話してるときに結構なことしてくれたよね。まだ勇緒のこと好きなんでしょ」
「ま、まぁな……そうだと思う」
「へへ〜、やられたらやり返す。倍返しだ! ってやつだね。まぁお互い様だけどスッキリしたら本人に謝るから」
「何するつもりだよ……」
「そういえば来栖先輩もびっくりすること言ってたよねー」
確かに来栖先輩は寝取れる情報だとか俺を寝取るとか言ってた。
警戒するべきなんだとは思うが────。
「あ〜あれな、でも脅されるようなネタなんてないけどな」
「ホント? それも探してあげよっか?」
「ごめんなさい。やめて下さい」
▽ ▽ ▽
帰宅。
まだ20時にもなってないが、既にヘトヘト。
ベッドにうつ伏せになった。
元々この部屋は有菜の部屋で、今の俺の使い方を見ればどう言うんだろう。
彼女の今の部屋、元々は俺の部屋をどういう風に使ってるのかな。
そして明日、彼女が来ることをずっと想像してしまう。
懐かしくもあり悲しくもある思い出と、健全な男にとしての欲望が入り乱れる。
しかし、全身が筋肉痛でスッキリさせる元気が沸かない。
それに急に『有菜の部屋』ということを意識してしまって、そんなことをしたら罪深い気さえする。
仰向けになり、深呼吸。
するとスマホが鳴った、相手は有菜だ。
『お父さんね、明日、勇緒ママとデートに行ってくるんだって。良いデートスポット教えちゃった』
『確信犯過ぎるだろ』
『10時から行くね、部屋綺麗にしてて。男臭いのイヤだからね』
釘を刺されてしまった。
こんなメッセージ来たら余計悶々とするだろ!
やり取りを続けたらもっと刺激されるに違いない。
スマホをそっとベッドの端に置き、目を瞑った。
疲れていた俺は結局、抜くことなく寝れた。
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