第18話

 まだゲームを開始して間もないのに、マウスを握る手が汗でぐっしょりだ。


 ってどういうことだ。

 学校で昼には会ったが、会話は一瞬だけ。

 ご飯は今日有菜と一緒だった。


 俺は昨日、そもそもログインしていない。

 今日はこれが初めてのログインのはずだ。

 だから俺とアオは確かに1日ぶりに会ったはず。


 つまり、これは設定。ゲーム内の掛け合い。

 ロールプレイの一種だ。

 正妻ヒロイン感を醸し出すネカマプレイ。


 いや、アオの中身って一年後輩の美少女だった。

 ダメだ、深く考えるな。これはあくまでも、予行演習の一環。


 だから────


『isa≫ん? インしてないぞ』


 とチャットする。


 アオみたいな美少女が俺に惚れてくれるなんてありえないが、今はNTRノートがある。何が起こるか、わからない。

 しかも彼女はリアルの俺を特定までしている。

 このままロールプレイに合わせるのは怖いんだ。


 すると、三分ほど立ってから返事が来た。

 連続で2回。


『ao≫イサって結構焦らしますよね』

『ao≫というか新郎オワコン、舐めプ』


『isa≫何がだよ』


『ao≫ゲームを』

『ao≫プレイを』


『isa≫1日ぐらいで何をwww』


『ao≫結 婚 二 日 目』


『isa≫マジすまんかった』


『ao≫忘れてたんですか?』

『ao≫〔えっ・・・・私の旦那、イン率低すぎ・・・・!?〕 ってワールドチャットしましょうか!?』



 チャットの文面上は結構、怒っているようだ。

 今日のお昼に学校で会った時は怒ってる感じはしなかったから、実際のところはこのやりとり自体を楽しんでいるのだろう。


 良かった、「アオが現実でも俺のことが好き」なんてただの童貞の勘違いだった。

 しかしいくらゲーム内であっても、結婚して次の日の新婦を残し、丸一日帰ってこない新郎。


 完全に地雷だな。


 アオにもしワールドチャットされたら、どの街に行っても決闘を挑まれ、郊外に出ればPKされる未来しか見えてこないぞ。


『isa≫やめれ アオは有名人だし』


『ao≫ヒーラーだから姫プしてもらえ(ry』


『isa≫おい全世界のaoringoファンの皆泣くぞ?』


『ao≫ファンが泣く前に』

『ao≫────全私が泣いた』


『isa≫映画の紹介みたいにいうな』


『ao≫事実ですもんw』



 いつものチャット。

 だけどなんだか心が痛い。違和感がある。

 俺たちは別に本当に好きじゃない。

 これはごっこ遊び。おままごと。


 そうだよな。


『isa≫ごめんって』


『ao≫(´・ω・`) ダメ。ゼッタイ。』


『isa≫俺は覚醒剤じゃねぇぞ』


『ao≫バフアイテムが貰える新婚クエストが1日空いちゃいましたよ』


 ああ。

 このままじゃいけない。

 ゲーマにとって結婚は、コミュニケーション以外の価値もある。


 彼女もリアルの根暗そうな俺を見て、幻滅してくれただろう。

 いい機会じゃないか。


『isa≫じゃあ誰かと再婚?』


『ao≫できるとでも?』


『isa≫システム的には』


『ao≫aoringo的にあり得ません』

『ao≫そして私が全てです』


『isa≫(空白)』


『ao≫但し、重婚は可』


『isa≫え、いいの?って実装されてないだろ』


『ao≫はい。もちろんサブ垢同士』


『isa≫(白目)』


 コルネット上で、アオは俺と離婚する気はないらしい。

 そしてやっと俺の質問タイムが回ってきたようだ。


『ao≫それで愛する旦那様の質問は?』

『ao≫なんでも聞いてください(´・ω・`)』


 せっかく動悸が治ってきたところだから、俺を特定した理由は後回しにしよう。聞くならノートのことだな。


 どこまでリアルを入れていいかも、彼女の反応で解るだろうし。


『isa≫例のノートどうする?色々聞きたいこともあるんだけど、リアルとこっち切り替えたいっていうか』


 するとまた返事が来なくなる。

 アオも現実とゲームの分け方を考えてくれてるのかも知れない。


 3分ほど経ってから。


『ao≫空間転移(テレポート)を利用しましょう』


『isa≫場所は』


『ao≫探偵達の喫茶店』


『isa≫あいよ、門限とかは?』


『ao≫私は闇の血族』


『isa≫OK』


『ao≫迷惑かけないですか?』


『isa≫大丈夫、某幼馴染で慣れてる』


 次は5分程間が空いた。そして────


『ao≫あ?』


 どうやら、ネット嫁的にアウトらしい。

 それか、現実に入りすぎたよう。

 完全にアウト。

 俺達はゲーム内の関係。

 リアルの人間関係を持ち込んじゃ駄目だよな。


『isa≫誤字』

『isa≫────キリトリセン────』


 すると、リアルのことをやりとりしても良い合図っぽいチャットが飛んできた。



『ao≫────三次元の扉(現実)────』


『isa≫なにこれ、便利そう』


『ao≫制限時間は5分です』



『isa≫お、おう。ノートも持っていく、閉店してたら前に居るわ』



『ao≫前?ラブホ?(´・ω・`)』


『isa≫ちげぇよ』


『ao≫後? あっ・・・(察し)』


『isa≫最近そういうのダメなんだぞ』


 三次元の扉が開かれてるのに、彼女のノリはネット嫁のまま。

 おかしい、胸がチクリとする。



『ao≫では、私は三十分後くらいに喫茶店つきます。途中コンビニがありますが、何か買ってきて欲しい精力剤(ポーション)はありますか』


『isa≫何で精力剤限定なんだよ』


『ao≫性欲を持て余す』


『isa≫じゃあカロリーメロメロで』


『ao≫ん? ニクボーメロメロ? イサが持って(ry』


『isa≫やめなさい』


 今がちょうど20時だからアオが着くのは20時半だな。

 俺もスマホで確認しよう。


『isa≫俺は二十分後くらいにつけるっぽい』


『ao≫今、ゴーグル先生を使いましたね』


『isa≫流石の嫁』


『ao≫では嫁はドロンします』


『isa≫あい』


『sysinfo≫【aoringoがログアウトしました】』


 さて、アオにはリアルで聞かないといけないことが山積みだな。

 ゴーグル先生は22時まで営業していると教えてくれているし、彼女は自称闇の眷属。

 喫茶店は学校みたいにギャラリーもいないだろう。

 会って疑問を解消しよう。


 俺は有菜に『切れ端はやっぱりNTRノートのものだった。今からアオと例の喫茶店で色々聞いてくる』とメッセージを送ってから家を出た。

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