第16話

 戦慄が走った。


 有菜がポケットから取り出した紙切れ。

 それには名前がある。

 見覚えのある名前。知っている女の子。

 4人だけの美少女名簿の内の一人。

 

 もしこの紙切れがNTRノートの一部だとすれば、例の『同じ人の名前が二度以上書き込まれた場合』という、その後が分からないルールが適応されているということだ。


 2度、書かれているその子の名前は────『三条木葉さんじょうこのは


 あの陸上部の赤髪美少女だ。

 彼女はなぜ二回も書かれているのだろうか。

 もしかすると、他の人達も二回と言わずそれ以上書かれているかもしれない。



「勇緒に渡しておく」


「要らないって! 怖くなってきたんだよこれ関係!」


「だ〜め! チェックしてみて。ノートの破れてる部分と」


 夏樹さんに聞かれないように話してるのに、お互いの小声がヒートアップしてきた。


「細切れにされたやつかもしれないぞ!」


「それはないと思う! だってノートの切れ端の効果のところって確か、破った切れ端で、かつって書いてあったでしょ。だから切れ端をチョキチョキしても意味ないんじゃないかな」


「よく覚えてるな…………でも俺はもう燃やそうかとすら思ってるんだが」


「絶対だめ! 二度以上の書かれた場合、『寝取られの力が消える』……とかだったらどうするの。効果がそもそも分からないけど、私たちは恋人出来たことないし。 ノートが無くなっちゃったら最悪、ずーっと続いちゃうよ?」


「確かに…………」


 有菜の言葉に妙に納得して紙切れを受け取り、すぐにポケットにしまった。

 でも紙切れなんてすぐに風で吹き飛ぶだろうし、お昼休みにそもそもここにきた。

 その時は見なかったし、白いから基本的に目立つと思う。それに、人の名前が書いてある紙切れなんて別にNTRノートの一部じゃなくても不気味に感じるだろう。


「ありがと、勇緒」


「ちなみにこれをこの屋上のどこで?」 


「ベンチの足に引っかかってた」


「よく気づいたな、そういえば二人は何でおくじょ────」


「あっちゃん、吉野くん。二人とも、どうしたの?」


 質問を言い切る前に俺たちの名前が呼ばれた。

 いつの間にか後ろに向いていた夏樹さんがこちらを怪訝そうにみている。顔の赤らみも取れ、言葉もはっきりしているよう。


「何でもないよ!」


「……そそ、何でもない!」


「………………?」


 ▽ ▽ ▽


 帰宅途中の俺ら3人。


 結局、ノートのことは有菜の反応に合わせて夏樹さんには言っていない。

 色々と思うところもあるんだろう。怖がらせてしまうし。


 そしてもうすぐ別々の帰路になる。タイムリミットが近い。

 今ここで何としても夏樹さんのラブホ、エアピーに対しての恥じらいを払拭するのだ。


「もうアカウントを変更したか削除したんだよね?」


「うん、今のホテルのホストはちゃんとお父さんのアカウントだよ。でも…………」


「スクショ取られてる?」


「…………っうん」


 こくりと夏樹さんは首を縦にふった。取られているようだ。


 つまり昨日、山田先輩が夏樹さんにスマホの画面を見せていたのは割り勘アプリではなく、エアピーのスクショだったということ。


 それに屋上で有菜と夏樹さんの会話を盗み聞きしてしまった時に『』と聞こえてきたあの言葉、さらに有菜は『適性がある』なんてことも言っていた。十中八九エアピー内のテキストのことだとは思うが、夏樹さんは一体どんな秀逸なものを書き、ラブホに集客を促したのだろうか。



「勇緒、りっちゃんがエアピーのホストだった先週の売上がね……」


 大体、予想がつくぞ……。


「過去最高だった……とか?」


「…………う、うん」


 恥ずかしがる仕草が男を仕留めに掛かってきやがる。

 ラブホの宣伝塔として、大々的に前に出てしまったのが相当ショックのようだ。

 夏樹さん本人がこのことを気にしないように、彼女には発想の転換が必要だろう。


 仕方がない。俺が幼かった頃のを披露してみよう。


 なにも恥ずかしがる必要なんてない。

 本当はむしろ、その逆なのだから。


「どうか誇りを持って欲しい」


「「…………?」」


「聞いてくれ、子供って逆算で大体いつデキたのかって分かるだろ? だから子供の頃、親の日記を借りて照らし合わせてみたんだ。本当にコウノトリが運んできてくれたのかなって思ってさ」


「……何言ってるの、勇緒?」


「よ、吉野くん……」


 美少女二人からの無言の圧。

 鋭い非難の眼差し。


 確かに親の日記まで見て自分がどうやってデキたかを知りたい子供なんて普通ならドン引きだろう。


 でも、俺にはそうしたい理由があった。

 だって有菜とあんなものを見てしまったんだから。

 自分の出生を疑うのは当然の帰結だろう。

 結果として俺は一応、俺が思っていた実の両親さえ違う……ということはなかったんだけど。


「でも、俺がデキたであろう月の二人のデートイベントは…………『ラブホ』ぐらい書かれてなかったんだよ」


「「!?」」


「つまり……そういうことなんだ。俺は────勇緒くん。だから自信を持って! 恥ずかしがることなんてない! ラブホがないと生まれてこなかったんだッ!! 俺はッ!!!」



 ふう。これで大丈夫……だな。

 何だか反応が帰ってこないが、感動してくれてるに違いない。

 ラブホ経営、エアピーの活躍に誇りを持ってくれたと思う。

 

「…………こ、こづ」


「「?」」


 どうしたんだろう、夏樹さんの様子が変だな。

 そんなに顔を赤くして、何を言おうというのだろうか。


 暫く、溜めがあった後。



「────こづくり!! こづくり……っ……する!!」

 

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