第3話
俺たちが入ったのはラブホの前にある喫茶店。
窓側のテーブル席から人の出入りを見れるようになっていた。
俺たちはその中でも見やすそうな4人掛けのテーブル席に向かい合う形で座り、アイスティーを2つずつ頼んだ。
まるで探偵になったような気分で、今は夏樹さんと山田先輩が入っていったラブホの入り口を見ている。
「確か山田先輩って……彼女いたんじゃなかったっけ? それも最近出来たって噂の……」
「え、そうなのか?」
「うん。え〜っとね、3年の『
「あのギャルっぽい感じの?」
「そうそう! それから女の子への声掛けがピッタリ止んだって聞いてたし」
金澤先輩は制服を着崩し、いつも胸元をはだけさせている金髪ロングの先輩。
美少女というより経験豊富な美女という風貌だったのを覚えている。
NTRノートに金澤先輩の名前はこそなかったが、ある意味もっと怖いぞ。
だってチャラ男を操れる可能性があるということなんだからな。
「まじかよ……このノート、やっぱり本物かもしれないな」
「うん……」
とはいえ仮に本物だとしても、俺たちにまでその効果が適用されるかはわからない。
だって恋人なんていないのだから。
「夏樹さんは昨日、どんな感じだった?」
「んー? 彼氏とのことベッタベタに話してたよ。私も欲しいなーって思っちゃうぐらい」
「そっか。じゃああの二人の関係は今日急に……ということなのかな。まぁ有菜は選びたい放題じゃないか。毎日のようにイケメン達から告白されてるし」
「……へー、そんなこと言うんだ。ねぇ勇緒って、私に彼氏できたとしたらどんな気持ちなるの?」
もはや、話は夏樹さんと山田先輩のことから脱線してきた。同じ水泳部の有菜から、色々聞いてみようと思ったんだけどな。
まあ幼馴染として付き合いは長い。積もる話もあるだろう。
「うーん、複雑?」
「なにそれ〜! 私は普通に嫌だけどなぁ……」
そうだろうな。有菜は男嫌いとして有名だ。
小学生の時、俺との事故の経験が彼女をそうさせてしまったのかもしれない。
毎日告白してくるイケメン達をことごとく振ってるし……本当に勇気ある美男子諸君が可哀想だ。
「めちゃくちゃ振ってるもんね」
「…………はーあ」
有菜は溜息をした後、アイスティーに刺さっているストローで中の氷を回し、こちらをジト目で見ると。
「────私に、ネトラレフラグ立ってるよ。勇緒」
「そんな物騒なもん、誰が立てたんだ」
「!? あっそ〜ですか! 私も知らない!」
と言いながら、プイッと顔を逸らす有菜。
どうやら不機嫌にさせてしまったようだ。
だけど、今の俺にはこういう態度しか出来ない。
たとえ彼女の気持ちを────分かっている、としても。
いや、そうだったらいいなって勝手に童貞が妄想してるだけかもしれないが。
どちらにせよ両親のダブル不倫のせいで『恋愛』というもの、それ自体が俺には重すぎる。
多少差はあれど、恐らく有菜も同じ悩みを抱えているだろう。
結婚してもいつ寝取られるかわからない。それならいっそ誰とも付き合わず────ひとりでいた方が傷付かない。
なんて子供ながらに思ってしまう程には。
とりあえず、今は有菜の好きなことに話題を変えてみるか。
「そういや、何で水泳部を選んだんだ? 昔は金槌だったのに」
「…………ジー」
「声付きなのか。まぁ機嫌直してくれよ。
幼馴染としてさっきのネトラレフラグ? は折っておくからさ、いつか」
「べっつにー! 大丈夫ですけど? 幼馴染だもん。そんな義理ないじゃん」
「ま、まあな」
学校一の笑顔が有菜から戻ってきた。
拗ねているようで、機嫌を直すこと自体は成功したらしい。
「さっきの質問はね、金槌だったから、だよ。 昔、勇緒に海で助けてもらったよね」
「ああ、そんなこともあったな」
あれも小学生の頃だったか。
例の事故を起こす前、お互いの両親と一緒に海に行った。
その時、俺達が遊んでいた浅瀬に大きな波が来て、二人とも沖まで流されてしまった。
泳げない彼女を必死になって掴みながら救出したんだ。
途中から、俺は有菜のビート板となってはいたが……。
有菜は負けず嫌いな性格だ。それが転じて水泳部を選んだんだな。
「実はもう一つ理由はあるんだけど、勇緒にはまだ教えてあげない」
「寂しいなぁ。俺たちの仲じゃないか」
なんということか、これだけ長い付き合いなのに教えてくれないなんて。
「…………その台詞、そっくりそのままお返しします。
それより、さっきのノートもう一度見せて」
「はいよ」
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