本が友達

メラミ

三者面談にて。

 私は読書が好きだ。読書をしていると、現実で嫌なことがあっても、一瞬でも忘れられる。読書に没頭していると、本の世界に入り込むことができる。本は友達。そんな風に思い続けていると、本当に人と会話をする機会がなくなってしまう。私は読書をきっかけに、他人と話す機会があればいいと思った。大学生になったら文学部にでも入ろうかと考えている。私の担任はたまたま国語を専攻していたので、この進路の話をしたら快く了承してくれた。しかし、一言余計なことを申し出た。


「高校生活もあと残りわずか、読書だけを楽しむなんてもったいないんじゃないか?」

「……何か問題でもあるんですか?」

「いや、特に問題はない。お前は成績も優秀だし、出席も十分だ。しかし、君はいつも一人で読書をしていると他の子から聞いた。君には――」

「一人でいて何が悪いんですか。私の友達は本です」

「……今度の三者面談で親に話してもいいかな。君の学校生活での態度を……」

「……構いません」


 私の性格に問題でもあるというのか。それで成績が下がるというのであれば、先生に抗議する手立てはある。私は強気だった。どうせなら読書を通して仲間が欲しい。そう願いつつも、季節は待ってくれない。もうすぐ卒業式だ。私はクラスの中で、浮いた存在なのだろう。それも、誰かにいじめられているとかそういう噂はあっても、気にはならなかった。同級生に途中まで一緒に帰ろうと話しかけられたこともあったが、断った。理由は読書中だったからだ。本当は寂しかったのかもしれない。でもその時の私は、現実の目の前にいる同級生よりも、本の中の登場人物にはまっていたのである。私はその現実の寂しさを紛らわしたくて読書にのめり込んでいた。


「……。……――っ!?」

「ああ、ごめん。何読んでるのかなぁって思って」


 私は声も上げずに、背中がゾワっとしたので、しおりを挟んで勢いよく本を閉じた。

 読書に集中していたので、真横に先生がいたことに全く気がつかなかった。

 気がつけば、教室に残っていたのは私と先生の二人だけだった。


「最近、流行りのライトノベルってやつです。秘密です」

「先生になら教えてくれる? 他の生徒には黙っておくから」

「本当ですか? 教えたくありません」

「はぁ……信用問題だな、こりゃ」


 先生は目を瞑り、深く溜息をついた。どうしても私の読んでいる本が知りたかったのだろう。私の読書時間は放課後だけではない。電車の中でも、家に帰ってからも、本を読む時間を設けている。私の両親は読書好きなのを知っている。さらに言えば、友達がいない話は今までしてこなかった。おそらく三者面談でも、私の将来を心配する素振そぶりは見せないだろう。私は鞄に本をしまって、素早く教室を去った。


「もう帰ります。さようなら」

「あ、じゃあ三者面談で本のタイトルだけでも――……ダメか」


 一人取り残された教室で先生は落胆していた。


 本を通して、仲間を呼びたい。呼べるなら呼んで、読書の感想を共有したい。

 私の担任は、国語の教師らしいことを最後に発案してきた。

 この時期に読書感想文を書かせるなんて、辛いと思う人たちもいるだろうに。

 しかしながら、感想文は短くていいものだった。逆に短くまとめる方が難しい場合だってあるのだが、私にとっては朝飯前だ。感想文を書き終えると、先生は受験を控えているみんなに向けてこう言った。


「この感想文が将来なんの役に立つかはわからない。進路によってはなんの役にも立たないかもしれない。けど、みんなの読書感想文を受け取った先生にはとても役に立つことがある。それは、みんなが同じ本を通していろんな意見を持っていることを共有できることだ」


 先生の話に耳を傾けず、他の科目を勉強している生徒も中にはいたが、私は先生の言葉に目をきらきらさせていた。親身になって先生の話を聞いていた。


「読書は孤独なこととは限らない。孤独だと思って読む人もいるかもしれないが、読書を通して仲間を得ることも必要だと私は考えている。先生は読書が好きだが、みんなは好きか? 感想文を書くほどじゃなくても構わない。本を読むことでいろんな世界が広がると先生は考えている」


 先生の話は続いた。


「いろんな世界を読書で楽しみつつ、その読んだ感想を友達同士で共有し、それも楽しんでもらいたい。国語を好きじゃなくても構わない。好きになってくれたら嬉しいけどな。先生の話は以上」


 いろんな世界が広がる――私もそう思った。でもその気持ちを、他の誰かと共有する気持ちには至らなかった。それが私の現実。ただ一人で本の世界を楽しみ、一人で読了すれば、また違う本を手に取り読書をする。私にとって本が友達なことには変わらないのである。先生の話が終わるとちょうどチャイムが鳴った。


 明日は三者面談の日だ。


 翌日、母親と教室へ向かった。担任の先生が軽く会釈をして、母親を向かい合わせの机へと誘導した。私の学校生活での態度も話す気でいるのだろう。私はつまんなそうな顔をしつつも、進路のことを母親にも聞いてもらう。


「文系だとは思ってたけど……まぁいいんじゃない? お母さん応援するよ」

「うん……ありがとう」

「ところで、学校でのお子さんの様子とか、気になったりしませんか?」

「そうねぇ……」


 まわりくどい聞き方をする先生に、私は少々いらついてしまう。母親も話に戸惑っている様だった。さっさと簡潔に言いたいことを言えばいいのに。

 私は黙ったまま、先生を睨んでいた。すると先生は私の顔を見るなり申し訳なさそうに話し始めた。


「実はですね……毎日、休み時間になると読書をしているんですよ、彼女。私とても感心しました。読書を続けてることに……」


 言葉が足りない。付け加えるといつも一人でいるということだ。私は下を向いて爪をいじり始めてしまう。先生の言葉に母親はこう頷いていた。


「やっぱり、そうだったんですね。特に変わった様子もないみたいでよかったわ」

「ですが……」

「……?」


 先生は再び私の様子をうかがっていた。窺い見ながら、やっと私の本当のことを言った。


「読書は一人ですることとは言ってもですね。ずっと一人で過ごしているんですよ」


 担任の言葉を聞いた母親は、私の肩にそっと手を添えてこう言った。


「そうなの、ルイカ?」

「……うん」


 私は小さく頷いた。母親はそんな様子を心配してくれていた。先生も不安そうに思って私の学校での様子を話してくれた。私の周りの大人たちは親切な人たちばかりだ。受験生だから一人でいるのはおかしくないだろう。そういう風に見る大人だっている。けど、受験となると共に戦ってくれる仲間もいるはず。私にはそんな仲間が必要ないと思っていた。


 仲間って何?


「私が言えることは、大学に入っても読書は続けてください。でも、読書を通じて他の子達とのコミュニケーションも大切にしていって欲しいと思います。それも、よかったらお母さんともよく会話をして、本の話も色々としてやってください」


 先生はそう告げると、他に聞いておきたいことはないかと母親に尋ねる。


「そうですね。はい……大丈夫です」

「お母さん、ごめんね」


 私は小さい声で謝った。母親はそんなことで謝らなくていいのよと微笑んでくれた。


 三者面談はまだ終わらなかった。先生は改まった態度で、私にこう尋ねてきた。


「それよりお前、今は何を読んでいるんだ? 先生誰にも言わないから教えてくれ!」

「え、ええと……」

「ルイカ、お母さんにも教えて教えて!」


 私の母親まで調子よく先生の話に乗っかってきた。これはもう言わなければならない状況だ。言わずには避けられない。私は息を呑んで、一言呟いた。


「き……キノの旅。ユートピアが面白い……です」


 私の一言を聞いた先生と母親は、顔を合わせると途端に嬉しそうな表情をした。


「先生、それ知ってるー! 読んだこともあるぞ〜。ちなみに何巻?」

「お母さん中身知らないけど、シリーズ長いのだけは知ってるわー」


 私はこのとき嬉しく思ったのだった。

 人との触れ合いのきっかけを、読書が持ってきてくれていることに。

 読書を通じて、他人と会話するきっかけを作れたことに。

 私はこれからも読書を続けようと思った。

 強いて言えば、今後は本の感想を他人とコミュニケーションを取るために活用していこうと思った。

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