第12話 騒動

 年が明けてすぐに、センター試験があり、広教のクラスも半数が受験した。

自己採点を行って、予備校にそのデータを送り、センターリサーチと言われる判定を受け取る。それを参考にして、生徒は出願する大学を決める。広教は生徒との面談が続き、毎日遅くまで居残って仕事をした。

 学年末考査も終わり、翌日から三年生は自宅学習となって登校しなくなる。実質、学校生活の最後の日、広教は、終礼を終えて一人で教室の黒板を掃除していると、帰ったと思った芦田が入ってきた。


「明日から寂しくなるでしょ先生、みんな来なくなるから」そう言って、黒板の掃除を手伝いだした。

「寂しさ半分、ホッとした気持ちも半分あるかな」

「わたしの顔が毎日見られなくなると寂しいでしょう?」

「ホッとする方かも」

「こらっ。受験が残っている子らと一緒に、教室で勉強するの。クラブの二年生も教えないと」

「そうか、それは感心だな」


 二月の中旬になった。卒業式まであと二週間。式に向けての準備があり、授業も一年生の学年末考査が近いため、忙しくなってきた。

 ある日、校長室へ来るようにという電話があり、スマートフォンを胸ポケットに入れて行った。

 校長からは、いきなり転勤の打診があった。県の北部の僻地にある高校で、いわゆる教育困難校のひとつである。そこで一から勉強し直してくるようにと言うのだ。

 通常は三年間勤めると、他校への転勤希望が出せるのだが、広教は今年度、転勤してきたばかりで一年しか経っていないのに、転勤せよというのは明らかにおかしかった。

 そのことを問うと、校長は、退学した津村の件と、クラブの生徒である、よし君の死の件を上げ、いずれも広教が組織の人間としての行動が取れなかったことが原因であり、広教に責任があると言った。

 広教は、津村とは誰にも言わないとの約束があったこと、よし君の件は、クラブでの様子ではまったく予想できなかったことを説明したが、校長は聞き入れず、広教の責任だと決めつけた。

 一年で転勤させるのはおかしくないかと問うと、校長は、相手校の校長と行う一対一の人事であり、事情がある場合、認められている、何らおかしいことはないと言った。


「来年度は、この学校に君のポストはないからな」

校長は広教をにらみつけていった。

「そうですか、わかりました。では、今年度で退職します」

広教は、そう言って、席を立った。

ドアを開けて出ようとすると、校長は、

「待て、それでは相手校に迷惑になる」

「三年、向こうで辛抱したら、こちらの学校に戻してやるから、言うことを聞け」

と、また大きな声で言った。


「先生、今の話、全部録音させてもらいました」広教が内ポケットからスマートフォンを出して、校長の恫喝する音声を再生すると、校長の顔色が変わった。

「おまえ、それをどうする気か。卑怯者」

「斉藤先生が休職したのも、校長先生が特別な指導をしたからですね。この音声をしかるべき所に送っておきます」

「おい、待て。お前は何か誤解をしている、落ち着いて、ちゃんと話し合おう」

「いえ、もうたくさんです」

そう言って広教は校長室を出た。ドアを閉める音が廊下に大きく響き渡った。


 広教は、そのあとすぐに職場を出た。車の中で、冷静になって、自分は何に腹を立てているのか考えた。直接的には今日の校長の言動に対してだが、それは引き金に過ぎないのではないか。大きな不満が自分の中にあって、普段は自覚がないのだが、今日のように外から刺激されると、自分の中で爆発が起こる。


 きっと自分の性格が関係しているのだろう。両親の離婚、父との生活、父の再婚と新しい家族、義母との軋轢。自分が望んでそうなったものではなかった。全て、父が決めたことであり、自分はそれを甘受するしかなかった。

 親であるという理由だけで、広教の人生を左右してよいのか。そんな権利はない。子は親の所有物ではないのだから。親と子は別人格、そのことばを何度も頭の中で言ってみた。

 勝手に決められた運命には徹底して抗うだけ。今回の校長の話もそのひとつに過ぎない。


 しかし、学校をやめるとなると、理帆がどう思うだろうか。校長と話している間は考えが及ばなかった。それだけが悔やまれる。理帆に話すべきか。


 広教が理帆に会って話したのは、三日後だった。大学院に無事合格したと言って喜ぶ理帆に、退職の話をするのはつらかった。

 校長とのやりとりをかいつまんで話すと、理帆は黙り込んでしまった。考え直せないのか、そんな大事なことをなぜ相談してくれなかったのかと言って怒った。

 広教は、勝手に決めて悪かったと言って謝った。理帆は帰るというので、駅まで送った。駅の内では目を合わさず、黙り込んでいた。

 改札口から入っていく理帆の後ろ姿をじっと見送った。

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