第11話 広教の過去
十二月は一般入試の出願をする生徒の相談や三者面談で忙しく過ごした。クラスのおよそ半数の生徒は、推薦入試などで進路が既に決まっているが、残り半数はこれからが正念場だった。
二学期の終業式を迎えて、広教はやっとホッとする時間が持てるようになった。
久しぶりに京都で理帆に会う約束をした。
大学院入試の勉強で忙しいという理帆にはしばらく会っていなかったので、待ち合わせのカフェで顔を見たときにはどんな反応をしていいのかわからなかった。
「二ヶ月、いや三ヶ月ぶり?」
「ずいぶん髪伸びたね」
広教が散髪せずに髪を伸ばしているのを見て、そう言った。
「生徒には評判悪いけどな」
「長いのも似合ってるわ」
「そう、ありがとう」
「切れって言われたら、切ろうかと思ってた」
「ふふっ」
理帆は笑って、向かいの席に座った。
「いそがしそうね」と理帆は言った。
「年中だから、感覚が麻痺してる」
「教師を目指さなくてよかったわ。そんなに忙しかったら身体壊しそう」
「身体もそうだけど、メンタル壊しそうだな」
「何かあった?また生徒のこと?」
「いや、大丈夫。こぼしただけ」
理帆は主に大学院入試の日程や準備のことを話し、広教は仕事の様子を話した。
「大学院に行く女の人、どう思う?」
「いいんじゃない?やりたいことがあるんだから」
「女の人がそこまでしなくてもって言う声もあるわ。うちの両親も進学には反対してた」
「もうあきらめたけどね」
「俺は理系だったから、大学院まで行くのも当たり前のような風潮があったし、同期の女子も院まで行ってたな」
「理帆は反対されても行くでしょ」
「わたしって、そんなに気が強そうに見える?」
一瞬、弱気な顔が見えた気がした。
「自分の意見をはっきり言うのは気が強くてもそうでなくても必要なことだよ』
「なんか先生っぽい話し方」
「ごめん、つい営業トークになって」
「営業って言うな」
理帆はそう言って白い歯を見せた。上目遣いが広教の心をざわつかせる。
「中高と女子校だったから、男子から見た、好まれる女子がわからない」
そう言って、広教の顔を見る。
「男の好みのタイプも人それぞれだよ。かわいい女子が好きな男は多いけど、俺はしっかり自分をもった人が好みだな」
「あなたには、わたしはどう見えてるの?」
「今さらですか。はっきり言葉にしないとだめ?」
うんと頷くので、
「謎の、魅力的な、最強の、話し相手」
「なにそれ」
「一般的な恋人というカテゴリーには分類できないが、友人、知人というカテゴリーでもなく、もちろん赤の他人でもない。研究対象でもないが知的好奇心をかき立てられる対象物ってところかな」
「それで満足しているの?」
そう言っていたずらっぽい表情で笑った。
「これの正解は」
「正解は?」と重ねてきた。
「手ぐらいつなげってことでしょうか」
「うふっ」と笑った。
カフェを出て、しばらく歩こうという理帆の言葉に広教が手を差し出すと、理帆も手を重ねてきたので、しっかりと握った。
「あなたのことを聞きたい」
そう言う理帆の言葉につられて、宏一は封印していることを歩きながら語り出した。
小学校五年生の時に両親が離婚をした。
一人っ子の広教は、父親に引き取られて、父子家庭で二人きりだった。数年後、父が再婚をして、新しい母とその連れ子で四人家族になった。
ところが、広教は新しい母に馴染むことができず、父とも上手くいかなくなってしまった。部屋に一人でこもりがちになって、高校の時は不登校になった。ぎりぎりの出席日数で卒業したあとは、実家から出て一人暮らしを始めた。一年間、アルバイトと受験勉強を必死でがんばり、なんとか大学に合格することができた。
関西に出てきて、それ以降は実家には帰っていないし、父とも連絡は取っていない。
小学校の時に別れた実の母は、数年前、病気で亡くなったと言うことを聞いた。別れて以来、会ったことがなかったが、二度と会えないことがわかったときは悲しかった。
父とはもう関係を取り戻すつもりはない。父を恨む気持ちは消えない。
自分は家族というものに縁の薄い運命だと思っている。そうやって育ってきたので、他人とのつながりを上手く作れないのかもしれない。
こんな人間が教師をしていいのかと思うこともあるが、どうなんだろう。
毎年、年末年始は一人で過ごすか、大学時代の友達と会って遊ぶか、ある意味、普段と変わったことはしない。
広教がここまで話して理帆を見ると、黙って聞いていた理帆は大きな目から涙を流していた。鼻の頭が薄く赤くなっている。
「お父さんとお母さんはどうして別れることになったの?」
「別れる前からよく口論していたな」
「父が他の女性にうつつを抜かして、それが原因となったんだろう」
「親には仲良くいて欲しいと思っていたけど、所詮、男と女の事は外からは分からないんだよ」
「俺は、家族って何だろうってずっと考えてきたけど、今も分からないな」
「こうやって俺たちみたいに赤の他人が偶然知り合って、仲良くなって、関係が深まっていく、それが家族でいいんじゃないか」
「血のつながりとか、結婚して夫婦であるとか、関係なく、つながりを持ち続けられる人と築くもの。男女問わずにね」
理帆にそう話してみたが、広教はうまく自分の思いが言葉にならないもどかしさを感じている。
理帆は、「うちの両親もそうなること、あるのかな」と言った。
「子どもが心配しても、仕方がない。当事者同士でないと分からないことがあるからな。でも、とんでもない教師だね」
「いろいろ経験している人の方が教師に向いていると思うわ。話してくれてありがとう。知らなかったら、あなたのことを正しくは理解できなかったかもしれない」
「ごめん、今日みたいな日に話すことじゃなかった」
ハンカチを渡すと、理帆は
「人の話を聞いて泣いたことなんてなかったのに」と言った。
しばらくハンカチを目に当ててうつむいていた理帆は、顔を上げて、
「わたしが家族になってあげる」と言った。
「そんな大事なこと、簡単に言っちゃいけない」
「いやなの?わたしじゃ」
「そういうわけじゃ」
「わたしよりいい人に出会えるって思う?」
「それはないかも」
「家族になってくださいって言いなさい」
「強気だな」
理帆はいつの間にか笑顔で広教を見つめていた。
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