第7話 クラスの女子が妊娠する

 広教のクラスで英語を担当しているベテランの教師から、津村麻記が、最近、授業中にずっと寝ていて、注意しても起きないと知らされた。

 津村は成績もよく、大学進学を希望しているごく普通の女子生徒である。広教は、話を聞いてみますと答えて、終礼後、津村に声を掛けて、生徒相談室で話を聞いた。

 津村が答えたのは、次のような内容だ。

毎日、塾から遅く帰り、深夜まで受験勉強をしている。最近は特に、公募推薦入試が近づいているので、睡眠時間を削って勉強している。授業中、どうしても睡魔に勝てず、居眠りをしてしまう。自分の生活管理ができていないから、気をつけていきたいので、心配は無用である。

 広教は、津村の話を聞いて、それなら心配するほどでもない、授業を大事にするように、生活リズムを崩さないようにとアドバイスをした。

笑顔で帰ろうとする津村に、「夜遊びでもしてたのかと心配したよ」と広教は冗談を言った。津村は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、さようならと笑顔で挨拶して帰って行った。


 その数日後、芦田に相談があると呼び出されて地学研究部の部室に行くと、芦田と津村が並んで座っていた。津村はうつむいていて顔がみえない。

芦田が声を落としていった。

「先生、誰にも言わないって約束してくれます?」

「話によるけど、どうした?」

「言わないって約束してくれないと、話せないことなんです」

芦田の表情が深刻なので、広教は、すぐに誰にも言わないと答えた。

「津村さんは今、妊娠しています。二日前にわかったばかり。で、産みたいそうです」

「予定日は四月の上旬、卒業式は二月の終わりだから、あと二学期の残りと三学期の少しを乗り切れば、誰にも知られずに産めるはずです」

芦田は津村から聞き出した話を加えてそう言った。

「津村、そうなのか?」広教は予想もしなかったことを聞いて、動揺してしまった。

津村は首を縦に振るだけで、何も言わなかった。

「芦田、ちょっと」

広教は、芦田を部室の隣の理科研究室に連れて行き、津村に聞こえないように、事情を聞きだした。


 芦田が言うには、芦田が津村の異変に気づいたのは、授業中に津村がずっと寝ている姿からで、普段の津村の姿とかけ離れていて、異様な感じがした。数日前に、帰ろうとする津村と下足箱のところで出会ったので、思い切ってどうしたの、最近体調悪いのと聞くと、津村は突然泣き出した。芦田はすぐに津村を誰もいない教室に連れて行き、津村から妊娠を心配しているという話を聞き出した。親にも言えないという津村に、芦田は、私が付き添うから産婦人科へ行こうといって、連れて行き、そして妊娠が判明したと言うことだ。

「で、どうしても産みたいのよ、津村さんは」

「相手は、わかっているのか」

「それが、絶対に教えてくれないの」

「相手の男は妊娠を知らないと言うことか」

「そうね」

「三学期の初めまで隠せたら、あとは自宅学習でしょ、卒業式までなんとかなりませんか?」

「うーん、体育の授業があるし、お腹も目立ってくるんじゃないか」

「体育は体調が悪いから見学にして、お腹は冬服のセーターや防寒着で隠せると思います。だから」

「階段や滑りやすいところもあって、安心できないな。やはり、母親には話さないと。すぐに家で気づくだろう」

「で、親が産むのに反対すれば?」

「よくわからない、産むのに反対ということは、堕ろすしかない」

「先生はどうしたらいいと思います?」

「堕ろしてほしくはない。でも、学校に妊娠がばれずに過ごすのは難しいと思う」

「今の学校では、生徒が出産するのを認めてくれないだろう」

「じゃあ、津村さんはどうしたらいいですか?」

「今すぐにはわからない。津村の話を聞こうか」

そう言って二人で、部室に戻り、津村と向き合った。


「私、産みたいんです」

「気持ちはわかる。で、相手の男には、話したの?」

「まだです」

「まずは話してみて、相手がどういうか、確認した方がいいと思う」

「その時は、必ず誰かに付き添ってもらうように」

「あと、お母さんには話しておこうか、たぶん、すぐに気づくはずだから」

「子供を産んでも津村が一人で育てていくわけじゃないから。相手の男や津村のお母さんの協力が必要だ」

「僕は、学校の誰にも話さない。津村は、今日、家に帰ってまず、お母さんに話して相談しよう。お父さんとも話すことになるだろう。それから、相手の男に話そうか」

「僕も芦田も絶対、誰にも話さないから、約束する」

「津村は自分の身体を大事にして、今言ったことを勇気出して話してきてほしい」

「何かトラブルになったら、電話して」広教はそう言って自分の電話番号を教えた。

津村は黙って頷いた。

 芦田に一緒に帰るように頼み、津村を帰した。芦田が津村に寄り添うようにして帰っていく後ろ姿を広教はしばらく見送った。


 一人になって広教は考えた。どうすれば津村が幸せになれるのか。産むとすれば、高校に在籍したままでは、出来ないだろう。自主退学をするしかない。産まないとすれば、不幸なことだが、津村の心に大きな影を落とすことになる。身体への影響も心配だ。

 津村の大学進学はどうなるのか。今回のことで、彼女の人生への影響は少なからずあると考えられる。担任として、一人の大人として、自分に出来ることは何だろう。広教は思索を重ねたが、結論は出せなかった。

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