すみません、もうすぐ上がります

私池

第1話

「シバリ先生、頼みますよ。 他の先生は昨日のうちに原稿上がってるんですから」

 スマホから担当の声が響く。

「すみません、あと三ページなんで」

「昨日から二ページしか進んでないじゃないですか! 先生今度落としたら打ち切りですよ?」

「はい、分かってます、ちゃんと明日までに原稿上げますから」

 いつ壊れてもおかしくないボロアパートの一室で、僕はスマホに向かい頭を下げながら、ペンを走らせる。

 このアパートの住人達にはこの会話が筒抜けなんだろう、隣りの部屋から「またやってるよ、シバリ先生。 担当編集者、ゴズ牛頭君だっけ、毎回大変だよね〜」と言う声が漏れてくる。


 ここは漫画家が住まうアパート「トコヨ常世荘」。 僕、シバリレイジ縛霊地はもう二十年もここに住んで執筆活動を続けている。

 二十年いるとさすがに古参になってしまうけど、一番長い人は四十年というから驚いてしまう。 

 その人は少なくても四十年は現役でやって来てるって事だよ。 二十歳でデビューしたとしてもう還暦、その間ずっとこのアパートで作品を生み出し続けているんだよ、凄くない?


「ガオ」でデビューした僕は、最盛期には「週間少年ジャーク」にも連載していたんだけど、ある時から体調が悪くなり、そのうち体調不良で休載する様になった。

 それまでアンケート中位にあった漫画も、読者アンケートで下位に落ちる様になり、打ち切りになってしまった。

 その後、サブカル系の「アウチ」やアニメ系の「ニョータイプ」に移って作家活動を続けたんだけど、段々アイデアも枯渇、近頃は「やろう」や「カキヨミ」作品のコミカライズを手掛けていた。


 はずだった。

 はずだったのに気がつくと「週間ヒガン彼岸」に連載をしていた。

 他の漫画家さんも同じ経験をしたそうだ。

 一人は四コマの作家さんで今は「調布新聞チョーフシンブン」に、他の人達はゴルフ系の「ドラコンコミック」や「β警察ベータポリス」他に執筆中だそうだ。


 ところで「週間ヒガン」ってどこの出版社だろう。

 描かせてくれるならどこでもいいけど。

 読者からもファンレター来るしね。

 ただなんだろう、来た時は普通の便箋なんだけど、保管してある古いのは葉っぱに変わってるんだよね......

 まぁ感想もらえるなら何でもいいけど。

 しかし今回はやばい。 仕方ないからお隣りの人に頼むか。


「十六夜さ〜ん、十六夜京太いざよい きょうたさ〜ん」

 部屋番号四四の前で声を掛けると、魔界都市に住んでいそうな風貌の男性がでてくる。

 このアパートの部屋番号にはしか使われていない。変なアパートだよね。


「すみません、今週マジでヤバいんです。 ヘルプお願い出来ませんか」

「いいけど、『阿修羅アシュラ』の霊力溜まってないんだよ」

「あ、霊力なら僕の使って下さい。 多分ですけど五十三万魂力コンリキはありますから」

「じゃあちょっと待って」

 そう言って京太さんは部屋から修学旅行で男子高校生が買うような木刀『阿修羅』を持ってきた。


 僕が『阿修羅』に魂力を注入する。

 四分の一くらい注いだ所で『阿修羅』が光り出し、三分の一くらいで白かった光が金色に変わる。

十六夜魂法いざよいこんぽう阿修羅重ねテークセッター』!」

 十六夜君が『阿修羅』で僕を左右に斬り、二つになった僕の真ん中に十六夜君が来ると、僕達が合体する。意識は統合され、腕が四本になる。


 ちなみに『阿修羅』を使うと最大三人まで、家宝の『草薙クサナギ』と『九頭龍クズリュウ』を使うとそれぞれ最大で八人と九人合体できるんだって。

 すごいね!魂法。


 合体した僕達は四本の腕で原稿を上げて行く。二本で枠と背景を、二本で人物を描いて行くと三時間で終わった。

「ありがとう。 また魂力溜まったら『阿修羅』に注いどくね」

「ああ、頼む」


 こうして担当さんに叱られながらも脱稿、校正が終わった。


 そして僕はまた次のエピソードを書き始める。 

 今度こそちゃんと期日までに仕上げよう。

 僕はこれで九十九回目の誓いを胸に、少しだけ影が薄くなった身体で原稿に向かう。






















 ここは「トコヨ荘」

 未練を残したまま逝った漫画家達の魂が成仏する為の仮の宿。



〜了〜

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すみません、もうすぐ上がります 私池 @Takeshi_Iwa1104

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