第6話 鹿と小鳥
「クンピーッ!」
何だ?! 飛び出して来たのは体長一m程の幼龍?! 全長数㎞もある卵から?!
「どういう事だ?! 一条さん!」
「こ、これが、クンダリーニ……」
「クンピー!」
皆が階下に行く。驚愕だった。クンダリーニがまさかこんなに小さかったとは。
「チエミちゃん! 危ないよ! 近寄らない方が!」
「平気よ! ほーら!」
抱き上げて幼龍の口にキスをする。黙って見つめている教官の一条伊織だった。
(ドラグマンである遊鬼と亜空間合体させる為には、まだ必要だな母親の存在が……)
「遊鬼君の龍機に乗っていい?」
チエミ達は帰路につくために滑走路にいた。
「いいよ」
あっさりと承諾して、遊鬼達は変身して龍機になる。チエミの胸には幼龍が抱えられていた。遊鬼に乗り込むチエミと典子と戯。
「クンピー!」
「わかった! 君の名前はクンちゃんだ!」
「クンちゃんか! 可愛い名前だね!」
典子が頭を撫で撫でする。愛らしいクリクリお瞳々が三人の少女を見上げる。
「俺達、三人共推薦合格だとよ! ヤッタぜ!」
「でも、どうしてなんだろ?」
「知りたいか?」
そう言って乗り込んできたのは一条伊織だった。
「君達に、この大王龍の母親になって貰いたいからだよ」
(……ク、クンちゃん)
「そう言えば、戯。高所恐怖症なおってるね」
「あ、そだ!」
「神隠しに会うと人が変わったようになるって本当だったんだ!」
「やったぜ!」
夕刻。『DW養成学院』の本校に戻ったB組の皆は、疲れきっていた。親御さんが駆けつけて来ているし、報道関係者も訪れている。
チエミ達は学院長室へと呼ばれ、推薦合格だと晴れて認定された。
重厚な椅子に座っていた学院長のマドレア=カッコーニが話し出す。
「あなた達がこの子の親なのですね?」
「クンピーッ!」
「はい!」
「この大王龍は世界の命運を握っています。大事に育てて行きましょう」
「はい!」
「それと
「よし!」
小さくガッツポーズのアウだった。
夕闇が訪れる。冬の薄暮に染まる赤のシグナルが郷愁を誘う。ノスタルジックな歌が聞こえてきそうな教室の、その机の悪戯書きにこう記されてあった。
『龍機魔女に栄光あれ!』
チエミはその文字をなぞって、俯せる。
「はぁ……」
溜め息を吐く少女の髪の毛がフワリと影に泣く。
風?
「よぉ……」
「!」
亜麻色の髪が流れるように揺れる。
「遊鬼君!」
そう。窓のサッシに座っているのは、紛れも無く遊鬼だった。
「合格おめでとう……」
「!」
爽やかな遊鬼の笑顔が、心地よくハートの耳朶を震わせる。
「えへっ……。ウック、ウフン、エエ~ッン! ウグッ!」
緊張の糸が解れて、一気に涙として顔中に溢れかえる。
「馬鹿。泣くな!」
「だって……!」
颯と窓から降りた遊鬼は、チエミの所までゆっくりと近付く。
「大王龍は?」
「うん。此処の養龍舎で大事に育てるって」
「そうなのか」
甘い時間が流れる。甘い時間だ。憧れのアイドル『D-7』の遊鬼と一緒にいられる!
チエミの時間は爆発しそうだった。心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響き、恋の絶対時間を同調させる。
「遊鬼君。お願いがあるんだけど」
「何だい?」
「詩を詠んで欲しいの……」
「詩を?」
「うん」
「わかった。じゃぁ、即興詩でいいか」
「うん!」
コクンと頷くチエミ。
「……この世の万物が愛を歌っている事に気づいた時、
たとえようもなく一人の女性を愛している自分に重ね合
わせた幾千億もの奇跡がそれだという事が、魂の旋律
となって、私の中に莫大に広がる小宇宙を駆け巡り、あ
なたへの愛を永遠にさせた。
朧に舞い散る月光が救い給うた孤高なる愛の行方が
闇に砕け、数多にある詩という澱みなきノスタルジックな
幻想の中に輝ける星々が廃塵に帰した後も、私と共にあ
る導かれる事のない愛という名の混沌が沈黙の中に横た
わり、凝縮されぬまま投げ掛ける事の出来ぬ言葉が、そ
う、自由なる雲の上に形えないように、永遠なきが如く、
永遠に生きるという事の奥まった最も深みにある部分に
あるだろう。
たとえ真紅の魂の揺らめきが、恒久なる深淵な澱みに
奪われようとも、愛するという事の奏でるメロディー、私の
敬愛する偉大なる愛の詩人達が自らの行為を目立たぬ
わざと称した詩人達の魂が私の愛に集う限り、あなたに
捧し我が愛は一枚の紙切れに留まる事を知らず、私め
の目立たぬわざを小鳥達が歌ってくれるだろう……」
遊鬼は黙って目を閉じる。詩神つきたい余韻を弄ぶ遊鬼の瞳がチエミの姿を映す。
鹿の角に停まる小鳥……。
長野県=信州の諏訪の神は、守矢の神と言う。
守矢の神に鹿を捧げる時の頭数は75頭とされる。
日猶同祖論で出されるモリヤの神とは、信州諏訪大社の神であって、決して茨城県守谷市とは関係が無い。
信濃国の諏訪の龍神。
龍は陰の中の陽獣とされ、蛇は陰の中の陰獣とされる。
龍蛇神。
信濃では昆虫食が郷土料理とされる。
昆虫を捕食する爬虫類、両生類。
人間の爬虫類脳を目覚めさせたのが、蝗を食した洗礼のヨハネだった。
蛇の目としての家紋を持つ美濃(岐阜)四人衆の飯沼長継の家紋は蛇の目だった。
信濃源氏としての飯沼一族と、諏訪大社の末社の飯沼諏訪神社。
干拓した沼で作った米。
大地に流された血を吸った大地から作物ではない米。
沼の田。
水で召した洗礼のヨハネ。
仮面ライダーのベルトが回る時、洗礼のヨハネと蜂子皇子が繋がる出羽修験。
蝗と野蜜を食した洗礼のヨハネと、聖徳太子の従兄弟で、容貌魁偉とされた蜂子皇子が修験道を創始し、出羽月山を修験の山とした。
龍の如く伝わる鏡を反射させ、山々で通信する光通信。
空を翔る意思は、龍の如く、天駆ける。
「俺は、天翔尊を目指す」
「?!」
「歌の人生を二人で決めないか?」
「えっ?!」
「今CDアルバム製作に入ってるんだけど、君の言葉を歌のタイトルにしたいんだ」
「私の言葉を?!」
歌えなかったラヴソング。
「私、あなたの恋愛守になりたいんです」
「恋愛守?」
「あなたを見守る存在になりたいんです。あなたを守護したいんです」
「恋愛守か。よし、今度の歌のタイトルは『恋愛守』で行こう!」
「本当?!」
「ああ、約束だ」
その言葉を聞いて泣き出すチエミの震える肩を優しく抱いた遊鬼の笑顔……。
震える指。絡み付く視線の行き先をメリーゴーランドに求めて、チエミと遊鬼、永遠の輪廻を願う程の恋の始まりだった。
恋の羅針盤が示したこの気持ちは、間違いなく毎日会いたいという花言葉の鍵を開き始めていた。
まだ言えない。好きだけど言えない。秘密の閉じ込め方を知っている乙女の心の花弁が
チエミをどれだけ耐えさせるかは微妙だが、明らかに言いたいが言えないジレンマに支配されていた。
チエミはまだ知らない。遊鬼が自分の許婚という事をだ。これは遊鬼の願いだった。
許婚という関係でお互いを束縛するのではなく、自分のありのままの姿を見て貰いたい。親同士の決め事ではなく、天界で巡り合って自分達で決めた事を、もう一度この地上で再現して恋愛して欲しいと思ったからだ。純愛を証明したい。つまり、そういう事だ。
生まれる前からの赤い糸とは、親同士が決めた許嫁の事だが、生まれる前から決めていた関係でもない時、赤い糸の単語は使えない。
ハイカラさんが通る。
「じゃぁ、俺は行くよ」
「うん……」
「また、会えるよね?」
答えが決まりきった質問を投げかけるチエミの心の奥底の耳たぶが、甘美な余韻に震えている。好き。その気持ちで一杯のコップのギリギリの表面張力を、不安という負の感情で零さないで欲しい。
「当たり前だろ」
日暮れの校舎の緩やかな時間を更に一層ゆっくりと留めおく。心臓の高鳴りとのタイムラグを弄ぶ、その時間の神様の意地悪を受け入れようか。
「じゃぁね」
「じゃぁな」
握手したその手の温もりを糧に育った愛の力を注ぎ入れる心の器が一杯になる前に、二人は再会えるのだろうか。
チエミと遊鬼が再会するのは、この数カ月後の事だった……。
第七話 了
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