第2話 早乙女サスガ



 そうこうしている間に、バスは空港に到着する。今日は航空ショーも催される。その観客席に横付けされたバスからチエミ達は降りて来た。


 観客席の前にはステージが設えられている。


「今日はお前達の為にDAL(ドラゴン・エア・ライン)の協力で、『D-7』がコンサートを此処で開く!」


 彼女達以外にも観客席にはおよそ一千の群衆が居る。


「チエミちゃん! 私も『D-7』のファンなんだ! 緊張するね!」


 開演を間近にして、皆の反応も過激になってきた。


 黄色い声援の中で、チエミは指を組んで今や遅しとその登場を待つ事三十分。


 花火の打ち上げと同時にステージ上に飛び出して来た、イケメンならぬイケドラ達。  夢鬼。翔鬼。剛鬼。響鬼。雷鬼。涙鬼。遊鬼。合計七人のアイドル歌手。


(あ、あれが本物のドラグマン、遊鬼君だ!)


 チエミのお気に入りの遊鬼は、割と筋肉質の上半身に短パン姿で登場した。


 アクロバティックな組み手をしながらの格闘ショー。


 チエミは可愛い瞳を開いて、「危ない!」などの奇声を発しながら成り行きを見守っている。メインボーカルの遊鬼の歌声は、声変わりしていない十八歳のメゾソプラノで綺麗な透き通る声だった。


 一曲歌い終わって遊鬼が観客席のファンに挨拶をする。


「皆さん! 今日は来てくれて有り難う! このトキメキをあなたにあげます。では次の曲を聞いて下さい!」


 今年一番のメガヒット。曲名は『ホワイトニング』。


 『あなたの素顔を守るホワイトニング……』


 皆うっとりと聞き惚れている。チエミはうっすらと涙を浮かべて黙って聞いている。


 最後のフレーズを歌い終わった時、メインボーカルの遊鬼は両手を広げ天を仰ぐ。そして呟く。



「シーブロー・エンム・ガイブレード・デ・ウーブロー! ドラグマン!」



 その瞬間、目映いばかりの光の束が遊鬼の体を包み込み、雲を引き裂き、天上界から天使の輪が降りてくる。その光に引き上げられるように遊鬼の体が浮遊し、地上百mの辺りで停まる。次の瞬間、魂の咆哮が始まる。そして変身! 全長二百mの龍に変化した!


 『D-7』の他のメンバーも同様に龍に変化した。合計七人の龍が空港の上を乱舞する。


「すごい!」


 航空ショーの始まりだった。編隊を組んでチエミ達の上空を滑空する。


 空を滑る龍の咆哮の波を縫う七人の魂の息吹が、皆の心に感動を呼び起こす。


 龍翼の羽ばたきがソニックブレードとして、三千世界の空間に御法を焼き付かせる。


 不規則的なトキメキを胸に、心が息を呑む。


 狂喜するチエミ達を黙って見つめる一条伊織の胸に去来する想いは、自分にとっても憧れの存在、早乙女サスガの事だった。


 あれは、そう伊織がまだ学生だった時、当時二等魔女だった早乙女サスガと彼は会っている。彼が偶然乗り合わせた龍機で妊婦が急に産気づいて上空で子供を産む事になった。


 医者も助産婦もいない状態で、赤子を取り上げた時の、あの真剣な早乙女サスガの強烈な印象は、いまだ彼女の事を想い慕う伊織の心に焼き付いている。


 その時の子供が実を言うと『D-7』で活躍する遊鬼だった。


 航空ショーも終わり、後は握手とサイン会だった。お気に入りのメンバーの所に並び、


順番を待っていたチエミ。自分の番がくるまで数時間は掛かった、遊鬼の前に来ると、そんな疲れも吹っ飛んだチエミだった。


「今日はどうも、ありがと」


「はい!」


「で、名前は?」


「早乙女です、早乙女チエミです!」


「!」


 チエミの名前を聞いて驚く遊鬼だった。それはそうだ。彼は母親から早乙女サスガが命の恩人よと聞かされて成長し、許婚が早乙女チエミよと言われていたからだ。


 そして、ドラグマンの試験(そう、龍人として亜空間に生息する巨大龍との契約の試験の事)も早乙女サスガの為になりたいと言って受けて、晴れて合格したのだから。


 許婚。親同士の話し合いではチエミと遊鬼は、親同士が決めた結婚相手なのだ。


 サインペンを落とす遊鬼に首を傾げるチエミ。まじまじとチエミを見つめる遊鬼の目にはもうチエミしか見えていなかった。


 と、そこに、


「ちょっとどいて下さる?! 順番がつかえてるんだから!」


「はい……」


 サインを書いて貰ってチエミは遊鬼の前を離れる。


「ごめんごめん。で、君の名前は?」


「剣城あげはです」


「あげはさんだね?」


「はい!」


「もしかして『DW養成学院』創設者の剣城家の?」


 お嬢様の雰囲気を漂わせるあげは、その質問に頷いてサインを書いて貰った。


 その様子を少し離れた所で凝視していたチエミは、他のメンバーの所に並んでいた典子と戯と合流する。そこに教官の一条伊織が歩み寄る。


「さぁ、今度は実際に龍機に乗って貰う。上空を滑空しての五時間のフライトだ。存分に楽しめよ」


「はい!」


 チエミ達B組は、早速龍機に乗り込む。今回の参加者は、全国から集まった約五百人。五機の龍機にそれぞれ百人程乗り込んで大空の散歩を楽しむ。


 龍機は滑走なしでホバリングしてそれぞれ大空に旅立つ。チエミ達が乗る訓練用の龍機の名前は、『ロリーデス・ヴァウ・ネメシエス三世』だ。残念ながらチエミの恋する遊鬼ではない。チエミ達B組の剣城あげはも一緒だった。


 大空の旅人。龍神。その存在意義を確認させるような青蒼の中に浮かぶ褐色の巨体が雲海に影を落とす。


 龍機魔女が機内食を運んでくる。


 その姿を見ながら母早乙女サスガの事を思い出す。


 現在サスガは大統領専用機ドラゴンフォースⅠの専属龍機魔女だ。


(お母さんのようになりたいなぁ……)



第二話 了

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