龍機魔女

飯沼孝行 ペンネーム 篁石碁

第1話 龍機魔女

 


 疾風が流れる。その空間にたゆたう呪文の呟きが、炎を吹き出す。龍機の呼気が大気を震わせる。ファイアーブレス。地獄の業火にも似た明王の真言から生み出される紅蓮の魂に己の欲望を浄化させる。


 意識の波の中に林立する妖精の静寂が、例えようもなく全てを締め付ける。龍機の鼓動がとことわのセオリーを崩すのは、コスモのビッグバンと同じだ。


 炎の揺れ合いが、惰眠を貪る輩に喝を入れ、薔薇十字の刺を全身に巻き付かせる。痛みを知る命の煌きが鉄臭に掛け、心を噎せかえさせる。


 山の頂からバンジージャンプするような度胸の真意を読経とし、後世までたどり着かせるような魂のフレーズを歌にして、メロディーとの結婚を要請するような、そんな龍機の涙を皆に覚えさせたい。


 龍機。ドラゴンプレーン。空を脅かす魔物の群れをその火の魔法で葬り去る存在の言葉に従った龍機は、無敵の存在だ。


 そして、この世の空を繋げる龍機に乗る、魔法を使えるスチュワーデス。


 龍機に乗る、魔法を使えるこのキャビンアテンダント(CA)の命が如何に散っていったか。これは、空を飛びたいという欲望に羽を生やした意識に己の使命を重ね合わした、その意志の尊重の為に修行をする為の専門学校に入ろうとする一人の少女の物語だ。




 少女には悲しみが付き纏う。高校時代に哀惜の想いを叩きつけて大人に成長するように、恩師に言われた言葉を胸にこの学校の門を潜る。


 今日は、龍機魔女育成学校、『D(ドラゴン)W(ウィッチ)養成学院』の体験入学が行われる日だった。


 『DW養成学院』の歴史は古い。それは今から百年前にも溯る。龍機魔女を育成する専門学校であり、毎年毎年、ドラゴンウィッチを各航空会社に送り出している。


 D(ragon)・A(ir)・L(ine)、通称DALに、A(ll)・R(Yu)・A(irline)、通称ARAが、その航空会社の代表だ。


 この学院はこの国の首都ヤイノープルの郊外に位置している。周囲はベッドタウンとなり、大通りを外れると田園都市の景観が、安らぎを誘う。


 ロスコリン様式美の校舎は威容を誇り、その歴史に重厚な認識を与える。


 学院内は少女達の群れ。嬌声が聞こえる。


「遅刻しちゃう!」


 歩道を走り、門を潜り、皆がいなくなった校庭を突っ切って校舎内に飛び込む少女。


 少女は高校の制服に身を包み、汗ばむ額にハンカチを当てて走り続ける。


「もうすぐ体験入学の締め切りです!」


 下駄箱の所で受付を済ませ、廊下を走り、教室内に入る。一切は無言の空間に支配され、緊張の赴くままに暫しの時間が流れて、注目の視線が踊り狂う。そんな少女の動的な息遣いが激しいままに、教壇に立っている男の声が飛ぶ。


「遅刻か!」


 教官からお叱りの言葉が飛んできて、皆の失笑を買う。


「すいません!」


「名前は?!」


「早乙女チエミです!」


 そう。少女の名前は早乙女チエミと言った。


「早乙女?! まさか早乙女一等魔女と関係はないだろうな?!」


 早乙女一等魔女? 一等魔女。龍機魔女には一等、二等、三等の階級制度が存在する。


「お母さんを知っているんですか?!」


 皆のどよめきが場を支配する。


「お前があの伝説の龍機魔女、早乙女サスガの娘か!」


 早乙女サスガ。数々の伝説を持つ龍機魔女。龍機魔女を志す少女達の中で知らぬ者がいない程の彼女。それがチエミの母、サスガだった。


 サスガの伝説の一つ。ハイジャック犯が龍機を占拠した時も冷静に対処し、ネゴシエーター顔負けの説得術で事態を収集したとか、龍機が墜落した時、敵地で皆を守り抜いて帰還したとか、数えればきりがない程の伝説が彼女を一等魔女として君臨させている。


 そしてその娘こそ、この体験入学にやってきた早乙女チエミだった。


「わかった。早く座れ」


 チエミは頷いてバタバタと机をかきわけて席に座る。右隣りに座っている少女が、                          


「宜しくね。チエミちゃん! 私歌舞伎典子」


 そして、左隣りに座っていたポニーテールの少女も、


「与路詩句! 俺は神室 戯だ」


 と背中を叩く。


「私は、この学院の教官、一条伊織だ! もしこの学院の試験に合格したら、私がお前達をシゴク。気合入れてこの体験入学に参加して貰いたい。早速だが、お前達には、龍機に乗って貰う! これは推薦入学の選考も兼ねているからな。その者には頑張って貰いたい」


 このB組の担当教官一条伊織の指示に従ってバスに乗り込み、皆は空港に向かった。


 チエミは補助席に座る。その両側に先程話しかけられた二人の少女がチエミの顔をジロジロと見る。


「あのぉ、ちょっといい?」


 典子が言葉を掛ける。人当たりの良さそうなおとぼけ顔に、三つ編みの彼女。


「はい。何でしょう?」


「あなたのお母さん、あの早乙女サスガなんでしょう?」


「うん。そうだよ」


「最強の龍機、『ガイデルバルク・フォン・マーベラス四世』とペアを組んで、戦争状態にある敵国まで和平交渉の為に訪れる大統領を運んだって言う・・・・・・」


「うん!」


「そうなんだ。ねぇ、どういう人?」


「それが聞きてぇな!」


 戯が身を乗り出す。神室 戯。男勝りでヤンキーだった彼女の口の悪さはまだなりを潜めている。


「お母さんとはすれ違いであまり話はしないの」


 そう言って窓の方に視線を外す。事実、チエミはあまり母親の温もりは知らずに育った。 彼女はすごく厳しい人だった。眉目秀麗。傾国の美貌を持ち、この星の全ての言語をマスターし、頭脳明晰。何を取っても完璧なスチュワーデス。龍機魔女。三人しかいない一等魔女の一人である。しかし、彼女の娘である早乙女チエミはドジでおっちょこちょい。高校時代の成績もビッケから数えた方がいいほどだった。


 でも、そんな彼女が龍機魔女になりたいと言い出した時は、優しく頷いて、「頑張りなさい」と声を掛けてお仕舞いだった。


 では、何故チエミが龍機魔女を目指したのか。彼女は財布に入れてあるアイドルグループのブロマイドに視線を落とす。


                           


 『D-7』。龍機に変身する前の龍人が成員のアイドルグループである。


 龍機はその龍人が変身して、即ち亜空間にしまわれているその巨大な体と入れ替わる。だから龍機も、普段は龍人として生活を営んでいる。


 で、『D-7』は、普段はアイドル歌手として芸能生活をしている。

                       

 その7人組の中で一番年少な遊鬼にお熱をあげているのがチエミだったのだ。


(遊鬼君の背中に乗って色々な所に行ってみたいなぁ……。その為には何としてでもこの学校に入らなきゃ! チエミ! ガンバ!!!)


「でも、毎年この体験入学で必ず何人か行方不明になるって噂聞いた?」


 典子が話す。これは有名な話だ。


「そうなのか?!」


 戯が体を乗り出す。


「うん、お母さんから聞いてる・・・・・・」


「戻ってくると、人が変わったようになるんだって」


「うん」






第一話 了

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