第47話::一生こうしてそばに居たい〈最終話〉

「うん。一生春馬さんと、こうしてそばにいたい」


 すみれは、そんな嬉しいことを言ってくれた。


 だけど──一生か……

 カップルが一生ラブラブでいるなんて、そんなのはきっと空想上のできごとでしかないんだろうな。


 ──あ。また理屈で考えてしまった。俺の悪い癖だ。


 今は理屈はどうだっていい。自分の気持ちに素直になろう。俺の今の素直な気持ちは……


「うん。俺もすみれと一生、こうして仲良くそばにいたい」


 俺の言葉を聞いて、すみれは俺を覗き込むように顔をぐっと近づけてきた。


 とろんとした目つき。

 上気した頬。

 とても幸せそうに微笑んでいる。

 そしてこくりとうなずいて、すみれは吐息のような言葉を出した。


「うん」


 それからすみれは嬉しそうにはにかむと、腕にぎゅっと力を入れて顔を俺の腕に押し当てる。すりすりと何度も顔を俺の腕に擦りつけてくる。


 ──なんだこれ。とてつもなく可愛い。


 そんなすみれが、突然「あっ……」と小さくつぶやいて顔を上げた。

 真剣な表情をして、潤んだ綺麗な二重の目で俺をじっと見つめている。


 どうしたんだ?

 なにか大変なことでも思い出したのだろうか?


「どうしよ、春馬さん。困った」

「どうした? なんでも相談乗るぞ」


 体調が悪くなったのか?

 それとも進学の金銭的なことでも思い出したのか?


「あのね、春馬さん。あたし春馬さんのことが大好きになっちゃった」


 え??

 なんだって????

 はてなマークしか頭に浮かばない。


「えっと……知ってる」

「ううん違うんだ。春馬さんが知ってるよりも、もっともっと好きになっちゃった」


 いかん。なんだそのセリフ。可愛すぎて何も考えられなくなる。

 でもコイツ、こんなことを言うキャラだったのか?

 最初の頃の気だるげで、皮肉っぽいことばっか言ってたすみれからは想像もつかない。


 きっとこの子は愛に飢えてたんだと思う。

 自分が愛されてる実感があれば、自分からの愛情も素直に出せるタイプなのだろう。


 いや、それを言うなら俺自身だって。

 こんなにすみれにメロメロになるなんて、想像もよらなかった。

 俺が今日すみれに言った、ドン引きするほどクサいセリフの数々。

 あんな甘い言葉なんて、今まで他の女の子に言ったことはなかった。


 今まで付き合ってきたどの彼女よりも、すみれをダントツで可愛いと感じてる。

 だから俺は、何も考えず素直にこんなことを口にしてしまってた。


「……そっか。俺もすみれが知ってるよりも、もっともっとすみれを好きになっちゃってるよ」


 俺のその言葉を聞いて、すみれば満足そうに微笑んだ。



***


「すみれ、誕生日おめでとう!」

「うん、ありがと」


 今日はすみれの誕生日。

 日曜日で仕事は休みだ。

 

 1LDKのマンションのダイニングテーブルに、向かい合って座る俺とすみれ。

 すみれがふぅーっとキャンドルの灯火を吹き消した後、俺は立ち上がって部屋の電気を点けた。


「なあすみれ。去年のこの日のことを覚えてる?」


 そう。今日はすみれの19歳の誕生日だ。

 あれから1年が経った。

 ここは二人で暮らすマンション。


 すみれは高校卒業後、無事に看護の専門学校に進学し、そして家を出た。


 進学を快く思わない母親と離れるために、すみれはどうしても家を出たかったらしい。

 しかし学費も生活費も、奨学金とバイト代で賄うのは無理がある。

 だから俺は、一緒に住まないかとすみれに提案した。そうすれば家賃や生活費を節約できる。


『春馬さんがいいなら、あたしは喜んで』


 すみれは賛成してくれた。

 そしてすみれのお母さんに俺が挨拶して、二人で暮らすことの承諾をもらった。


 結婚するでもなく、まだ18歳の娘が男と同棲なんて。

 猛反対されるかと思ったけど、俺が真摯に話をしたら、すみれのお母さんは首を縦に振ってくれた。


 二人が出会った部屋を引き払うのは寂しさもあったけど、さすがにあのワンルームじゃ二人暮らしには狭すぎる。

 だから1LDKの部屋を借りて引越しをしたのだ。

 幸い二人暮らし用の家具は実家に預けておいたものがあったし。


 そうして迎えたすみれの19歳の誕生日。

 目の前のすみれは、俺の質問に真顔で答える。


「うん、もちろん覚えてる。来年の誕生日の日には、どこで何をしてるのかなぁってあたしが言って。春馬さんがね……」


 そっか。すみれはやっぱ、ちゃんと覚えてるんだ。


「すみれの横に居たいって、泣いてあたしに懇願したんだよね?」

「いや、それ……ちょっと違う!」


 すみれは1年経っても相変わらずこんな感じ。いつも俺をからかったりディスったり。

 まあこれも愛情の裏返しだ。

 ……と俺は思ってる。


 うん、間違いない。

 だって目の前のすみれは、とても楽しそうで幸せそうだから。


 そして俺はと言えば、付き合い出して1年経った今も、相変わらずすみれを大好きだ。


「違うの春馬さん?」

「いや……泣いて頼んだは違うだろ。すみれの横に居たいは違くないけど。そういうすみれはどうなんだよ?」

「うん。あたしも春馬さんのそばに居たいって言ったよ。一生一緒に居たいって」

「あ、うん……」

「それは今も変わんない」


 真顔でそんなことを言うなんて。

 あまりに可愛いすぎて、頭を撫で回したくなる。


「そ……そっか」

「ふふふ。春馬さん、照れちゃって可愛い」


 あ、またからかいやがってコイツ。

 でも──


 俺とすみれは、ずっとこんな感じなんだろうなぁ。俺は、ずっとこんな感じですみれと仲良くしていたいな。


 そんなふうに思う、すみれ19歳の誕生日だった。


=== 完 ===

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る