第46話:なんか新婚さんみたい
*
「ほらあそこ。見えるでしょ?」
「あ、ホントだ」
エレベーターを使って屋上テラスに出て、すみれが指差す方向を見た。
すると、確かに俺たちが住むマンションが見える。
すみれと二人で、自分たちが住んでいるマンションを遠くから眺める。
何というか、不思議な感じがする体験だ。
「俺たちの家だな」
俺がそう言うと、すみれは口を押さえて、なぜかクククと笑った。
「ん? どした?」
「あ、うん。俺たちの家って、なんか新婚さんみたいだなぁと思って」
「あ、いや。そうじゃなくてほら。俺とすみれはおんなじマンションに住んでるから……」
「そんな必死こいて解説しなくてもわかってるから」
「必死なんて、こいてない」
「こいてる」
「おならみたいに言うな」
「おなら……プッ……」
すみれが吹き出した。
こんな小学生みたいなギャグがウケたようで何よりだ。
すみれの笑いのツボは、案外幼いのかもしれない。
「新婚さんの会話みたいってあたしは……」
ニコニコしながら何かを言いかけて、すみれは急にベンチを指差した。
「あ、春馬さん。あそこ座ろ」
「お、おう」
すみれが何を言おうとしたのかイマイチ謎だが、まあいいだろう。
きっと甘々なことを口にしかけて、恥ずかしくなったのだと思っておくことにする。
俺とすみれは、テラスのあちらこちらに設置してあるベンチに並んで座った。
「ホントに今日はありがとね春馬さん」
「おう。どういたしましてだ」
あんまり気の利いたことは言えなかった。
でもすみれは満足そうな顔で俺を見つめているから、まあ良しとするか。
それからすみれは視線を俺から外して、両手を膝の上に置いて、真っ直ぐ前を向いた。フェンス越しに見える遠くの街並みをぼんやりと眺めている。
「あのさ春馬さん」
「ん? なんだ?」
「あたしバイトするよ」
すみれは景色を眺めたまま、突然そんなことを口にした。
「バイト?」
「うん。進学するためのお金を貯めたい」
「そっか。本気なんだな、進学」
「まあね。だから勉強もやり始めたし」
すみれは毎晩ちゃんと勉強してると言ってた。
その言葉に嘘はないようだ。
「今さら遅いかもだけどね」
「何かを始めるのに、遅すぎるってことはない」
「できるかな、進学」
俺にそんなことは保証できない。
だけどすみれは地頭はいいし、可能性は充分ある。
それに、できるかできないかなんて、俺に予言できないことは、すみれもわかってるはずだ。
すみれが求めているのは冷静な分析ではなくて、自分の背中を押すひと言に違いない。
「すみれならできるさ。それに……」
「それに?」
「俺がついてる」
俺の言葉に、すみれはパッと横を向いて、俺の顔をじっと見つめた。
だけどなぜかすみれは無言のまま、また前を向いた。
あれ? スルーされた。
俺って信用されてない?
ちょっとショックだよ。
……なんて考えていたら。
突然すみれが上半身を斜めに傾けて、自分の肩を俺の肩にピトっとくっつけてきた。
そのまますみれはこてんと頭を傾けて、俺の肩に頬を預けた。すみれの体温が伝わる。
いきなりのことでドキリと心臓が跳ね上がる。俺の鼻にかかるすみれの髪から、ふわりと爽やかな香りが漂ってきて、更にドキドキが増す。
「心強いぞ、
すみれは俺に身体を寄せたまま、武士のような口調でおどけてみせた。
それから今度は、可愛らしい声でしみじみとつぶやく。
「来年の誕生日は、もう高校を卒業してるね。あたしは
来年の今頃──
確かにすみれは、もう高校を卒業している。
「そうだな。すみれはきっと進学してる。そして……」
すみれの頬と肩の体温を感じながら話しているせいか、ふとすみれとイチャイチャしてる場面が頭に浮かんだ。そのせいでつい頬が緩んでしまうのが自分でもわかる。
「ん? なにを思い浮かべたのかな?」
すみれは指先で俺の腕辺りのシャツをつまんで、クイクイと引っ張りながらからかうような声を出す。
くそっ。ついニヤけてしまったのがもろバレしてるな。
「ほれ。素直にお姉さんに言うてみ」
ちょっと意地悪く、大人ぶって言うのが可愛い。
ああ、こんな年下の女の子に、完全に転がされちまってるよな俺。今からこんなんじゃ、先が思いやられる。
「えっと……
「春馬さん……」
めっちゃ素直に言ってしまった。
でもこの言葉に、すみれも喜んでくれてるのなら良しとしよう。
「くっさぁ」
──は?
また茶化された!
もう許さん。
コイツ、しばいてやる。
そう思ってすみれを見たら、いきなり俺の腕に両手でグッと抱きついてきた。
──え?
すごく嬉しそうに、にやけた顔を俺の腕に擦りつけてくる。
「あたしもね……春馬さんとおんなじことを考えてた。あたしの横で、春馬さんがあたしのことを好きでいてくれてたらいいなぁって」
すみれの超絶可愛い攻撃に、俺の心はズドンと撃ち抜かれた。
この仕草とセリフだけで、すべてを許してしまえる。
「そっか」
「うん。一生春馬さんと、こうしてそばにいたい」
すみれは、そんな嬉しいことを言ってくれた。
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