第43話:サプライズしたかったんだよ

「すみれ。18歳の誕生日おめでとう!」


 俺は精一杯の笑顔を浮かべ、すみれの方に振り返った。


 ──どうだすみれ、驚いた?


 おどけてそんなセリフを続けようとすみれの顔を見たら。

 大きく開いた口を両手で覆い、大きな目を更に見開いたすみれが、息をするのを忘れたように固まっている。


「は……春馬さん。覚えてくれてたんだね」

「ああ。当たり前じゃないか。覚えてるよ」

「だって昨日は……なんにも言わなかったから」

「サプライズしたかったんだよ。ごめんな不安にさせて」

「ううん……そんな不安なんか全部取り返すくらい……嬉しい」

「そっか。じゃあサプライズ大成功ぉ~っ! ってことでいいかな?」


 すみれはそれには答えず、涙目になって俺を見つめている。

 やば。泣かしてしまいそうだ。


「あ、やっぱごめん。謝る」


 俺は手を伸ばして、すみれの頭を優しく撫でた。

 するとその瞬間。

 すみれの綺麗な瞳からぽろぽろと。

 ぽろぽろと。

 大粒の涙があふれ出した。


 すみれの目がきらきらして綺麗だ。

 頬を伝う涙もとても美しい。


 そんなすみれに、俺は思わず見とれてしまった。


「春馬しゃん、ありがと」


 すみれがいきなり身体をぶつけてきた。

 そして両腕を俺の背中に回してぎゅーっと抱きついてくる。その締めつけられる感覚がなんとも心地いい。

 もちろん、すみれの大きな胸の柔らかさと温かさも心地いい。


 俺もすみれの背中に腕を回し、きゅっと力を込めた。


 すみれとこうやって抱きしめ合うのは二度目だ。けれどもやっぱり、心がほんわかと満たされる幸せな感覚は変わりない。


 すみれも俺の胸に頬を預け、目を閉じて幸せそうに微笑んでいる。

 こいつも俺と同じように、幸せな感覚に包まれているとしたらこの上なく嬉しい。



 部屋をもう一度暗くして、ローテーブルの上の18という字のロウソクに火を灯した。

 隣に座るすみれの横顔は、ゆらゆらと揺れるロウソクの明かりでオレンジ色の印影がついて、とても綺麗だ。


 すみれがふうっと息を吹きかけて火を消す。

 周りはまた闇に包まれる。

 俺はぱちぱちと手を叩いて、「誕生日おめでとう」ともう一度言った。


「ありがとう」


 暗闇の中、立ち上がって電気つけ、部屋の隅に置いておいたバースデーカードの封筒とプレゼントを手にする。


 さあ、すみれへのサプライズ第二幕の開幕といきますか。


「ほらすみれ。俺からのメッセージ」

「あ、ありがと」


 封筒からカードを取り出して見るすみれ。

 カード自体はバースデーケーキのイラストが描かれたありふれたもの。

 それを手にして、すみれは俺が手書きしたメッセージに目を走らせる。


『大好きなすみれへ 誕生日おめでとう! すみれの18歳の誕生日を俺が一緒に迎えられたことをとても幸せに思います。これからもずっと一緒にいたいです。 綿貫春馬より』


 こんな文章を目の前で読まれてると思うと、あまりにも照れ臭い。

 だけどそれをぐっと我慢して、カードを読むすみれの姿を眺める。


 すみれはみるみるうちに顔が真っ赤になって、カードを持つ手がプルプルと震えている。やっぱ恥ずかしすぎるメッセージだったか?

 やっちまったかもしれない。もしかしたら痛い男と思われたかも。


 すみれはカードから視線を上げて、まっすぐ俺を見つめる。


「ありがとう春馬さん。あたし嬉しい。あたしも春馬さんのこと大好きだよ」

「あ、ああ。ありがとう」


 良かった。喜んでくれてるみたいだ。

 うん、めちゃくちゃ照れるぞ。

 でも何度も何度も考え直して文章を考えた甲斐があった。


「こんな飾りつけまでしてくれて、メッセージも書いてくれて」


 ほんのりまだ頬の赤いすみれの瞳が潤んでいる。

 この小さなワンルームの一室が、まるで世間とは切り離されて、温かく柔らかな空気に包まれた空間であるかのように感じる。


 きっとすみれもそんな感じなのだろう。

 いつもふざけることの多いすみれが、至って真面目な目を俺に向けている。


「春馬さん……やるね、エロおやじにしては」


 俺が感じていた温かく柔らかな空気が一瞬にして消え去った。

 せっかく思いっきりマジな雰囲気を作り上げたのに。


 すみれちゃんよ──

 それ、せっかくの雰囲気をぶち壊すから、このシチュで言ったらアカンやつだわ。




「さてすみれ君よ」


 俺は気を取り直して、プレゼントの箱を手にした。手のひらくらいの小さな箱だ。リボンで綺麗にラッピングしてある。


「これプレゼント」

「え? マジで? ありがとう春馬さん」


 すみれはいそいそとリボンをほどき、箱の蓋をぱかっと開ける。

 そこから出てきたのは、これまた小さなリボンをつけた部屋の鍵。そう。俺の部屋の合鍵だ。


 大げさに綺麗に飾った箱から古びた鍵が出てくるなんて、ガクっとするかもしれないけど。でもすみれは、部屋の合鍵を渡すっていうことの重みを理解してくれるかなぁ……


 すみれは箱の中から、とてもとても大切なものを取り扱うような手つきで、鍵を取り上げた。


「コレ、あたしが一番欲しかったやつだ。ありがとう春馬さん。大切に使うよ」

「お、おう」


 どうやら俺の気持ちが通じたみたいだ。

 ──と思ったら。


「コレってアレだよね。これさえあれば、どんな宝箱も開くやつ。最上級のゴールドの鍵」

「なんのRPGのアイテムだよそれ」

「くふふ」


 ああっ、もう!

 せっかくいい雰囲気を、俺の総力で演出してるのに、ふざけやがって。


 すみれもまあ照れ隠しなんだろうけど。

 でもこのまま、からかわれてばかりじゃ大人として悔しい。


 よし。大人力おとなりょくってやつを見せつけてやる。

 今まではこいつを子供扱いしてたから、そんなことはあえてしなかったけど。


 今日からはすみれを大人扱いする。

 うん、そう決めた。今決めた。

 ちゃんとした恋愛経験のある大人を舐めるなよ。


「すみれ」

「ん? なにかな?」

「そんなふざけたことを言えない魔法をかけてやる」

「へ?」


 俺は右手を伸ばして、人差し指をすみれの柔らかな唇にそっと当てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る