第42話:すみれの誕生日

 2時間ほどして、すみれが「今日はもう帰るね」と言った。


「ああ。また明日な」

「うん。また明日……」


 すみれは何かを言いたそうにしたけど、口をつぐんだ。


 何を言いたいのか、俺にはわかってるよすみれ。

 明日はすみれの誕生日だ。


 オープンキャンパスに行ったあの日、すみれは俺に教えてくれた。

 だけどその後はどちらからも、一度も誕生日の話は出ていない。

 だからすみれは、きっと俺が覚えていないと不安になってるんだろう。


 でもすみれの方からそれをアピールして来ない。

 きっと、プレゼントを要求しているように俺に取られるのがいやなのだと思う。


 すみれはそういうやつだ。

 決して裕福ではない家庭で、欲しい物なんかもあるだろうに。

 モノにこだわるとか、俺に何かものを買ってもらおうとするとか、そんな雰囲気すら今まで微塵も出したことがない。


 だけどモノは欲しくなくても、自分の誕生日は覚えておいて欲しいってのが女心だと思う。一緒に祝ってほしいってのが乙女心だと思う。


 でも俺は意地悪だ。

 あえて気づいていないふりをする。


「なあすみれ。明日は学校休みだろ? 俺も仕事は休みだ。昼飯食いに出ないか?」

「あ、うん、いいよ。おっけ」

「俺は朝のうちに、洗濯やら掃除やら、休日のルーチンをしたいんだけど……何時頃来る?」

「えっと……じゃああたしも、午前中は勉強するから、昼前くらいに来るよ」

「ほぉ。勉強か。感心だな」

「あ……」


 すみれはしまったという顔になった。

 俺がからかうように言ったせいで、勉強するという言葉に恥ずかしくなったみたいだ。


「あ、すみれ。からかってるわけじゃないからな。本気で感心してるんだよ」

「ん……わかってるよ。あたしだって、やるときゃやるんだから。毎日夜もちゃんと勉強してるし」


 すみれはちょっと頬を膨らませながら、拗ねたように言う。

 姫は少々ご立腹のようだ。


 そうなのか。だから毎日、俺の部屋に長居せずにすんなりと帰って行ったのか。


「毎日勉強してるのか。俺なんて、高校の時に家で勉強したことなんて皆無だからな。マジで偉いなと思うし、凄いよ」

「あ、ありがと。だって……やっぱ進学……したいもん」

「そっか。すみれならできる。がんばれ。俺も応援するから」

「うん」


 すみれは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 進学する気になったすみれの姿が嬉しくて、俺もついつい笑顔がこぼれる。


「じゃあまた明日ね」

「おう、また明日」


 明日が自分の誕生日だということは、結局すみれはひと言も言わずに帰って行った。


 俺もあえてそのことは言っていない。

 当然すみれは、俺が忘れてるのかと寂しく思ってるだろうな。

 ごめんなすみれ。


 だけど全然忘れてないからな。

 オープンキャンパスの日以来、明日の土曜日が来るのを俺はずっと楽しみにしてるんだから。


 忘れてるようなふりをしてるのは、明日すみれが来てから誕生祝いをするのをサプライズにしたいからだ。


 ──さあて。そのサプライズの準備をしますか!


「まずは部屋の掃除からだな」


 俺は自分の部屋の中を見回した。




***


 昨日はすみれが帰ってから、いつも以上に丁寧に部屋の掃除と片づけをした。

 そして折り紙をハサミで切り抜き、『HAPPY BIRTHDAY すみれ』の文字を一文字ずつ作る。

 次にまた折り紙を使って、輪飾りを作る。細く切った折り紙を輪っか状にして繋げるアレだ。


 そうやって飾りを作ってから、俺はようやく寝床に着いた。



 そして今日は朝から、昨日作った飾りを壁一面に飾り付けた。

 それからローテーブルの上には白いテーブルクロスを掛ける。

 そしてその上に、『18』という文字をかたどったカラフルなキャンドルを置いた。

 事前に東急ハンズで買ったものだ。


 うん。こんなもんだな。


 部屋をぐるりと見回すと、まるで学芸会の教室みたいだ。

 あ、いやいや。そんなことはない。

 さすがに幼稚園児や小学生よりも綺麗にできている……と思うぞ。

 まあいつもの俺の部屋じゃなくて、一応の特別感は出たはずだ。


 それからバースデーカードにメッセージを書いて封筒に入れる。

 そして最後に、これまた東急ハンズで買ってきた贈り物用の箱にすみれへのプレゼントを入れ、リボンでラッピングした。


 そうやってひと通り準備を終えた後、いつもよりも少しキッチリした服装に着替える。

 自分の持っている服の中で、一番高価で一番お洒落な服。

 シンプルなブラックデニムに、デザインシャツを着こむ。


 ふと時計を見ると、そろそろすみれが来る時間になっていた。

 そして11時ジャスト。

 ぴったりと計ったように、玄関のインターホンが鳴った。


 俺はすみれを迎えに玄関に向かい、ドアを開いた。


「ようこそ春待 すみれさん。心よりお待ちしておりました」


 俺がちょっとふざけて、あまりに丁寧に言ったものだから、玄関前の廊下に立つすみれはきょとんとしている。


 綺麗な身体のラインを覆う爽やかな色柄の白っぽいワンピースにショルダーバッグ。

 いつもよりも女の子っぽいスタイルが新鮮で、思わず目を奪われ、息を飲んだ。


 今日は二人でランチに行く予定だから、いつもよりもお洒落してくるだろうとは予想していた。しかし……想像以上に可愛い。

 ちょっと落ち着け俺。これから大事なサプライズを仕掛けるんだろ。

 仕掛け人が動揺しててどうする。


「あ、春馬さんおはよう……にしては遅いね」

「でもこんにちはってのも変だしな。おはようすみれ」

「えっと……じゃあ早速出かける?」

「いや、ちょっと待って。出かける前に、ちょっと部屋に入ってくれる?」

「あ、うん。いいけど」


 すみれはちょっと不思議そうな顔をしながらも、素直に室内に入る。

 そして廊下を歩いて、洋室の扉を開けた。

 そこはカーテンを閉めて電気を消してあるから真っ暗だ。


 俺は洋室入り口横にある電源ボタンをかちりと押す。

 ぱぁっと部屋の電気が付き、学芸会のような……いや、俺とすみれにとっては、きらびやかに彩られた部屋。そう、まるでかの有名な夢の国のような(と俺は思いたい)部屋がそこに現れた。


「すみれ。18歳の誕生日おめでとう!」


 俺は精一杯の笑顔を浮かべ、すみれの方に振り返った。

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