第40話:青井加奈は誘う
***
あの日。
オープンキャンパスに行った日。
俺とすみれはようやく素直に想いを口にして、お互いの気持ちを確かめ合った。
それからも毎日、俺が仕事から帰った後に、今までと同じようにすみれは俺の部屋に来ている。
何かやることが変わったかと言えば、相変わらずすみれがゲームをしながら、俺と何げない雑談を交わす。
そして2時間くらいしたら帰って行く。
だらだらしないですんなりと帰るのがちょっと意外だけど、今までとほとんど変わりないそんな毎日だ。
行動は以前と何も変わらないんだけど、二人で座っている時や立ち話している時の距離なんかは少し近くなった。
ただすみれの毒舌は前と大して変わらない。相変わらず「エロおやじ」なんて言ってきやがる。だから俺も「なんだよくそガキ」って言い返す。
だけどすみれの顔は、前よりも楽しそうだ。
俺の自惚れでなければ──すみれは俺といる時間がとても幸せだって顔をしている。
そして俺も、そんな日常がとても幸せなことだと感じている。
***
オープンキャンパスの日から一週間近くが経った金曜日。
時刻は18時を過ぎたところ。
この一週間で
一週間の仕事をやり終えた心地よい疲労感の中で帰る支度をしていたら、背後から後輩の
「
振り向くと、ショートカットの髪を揺らしながら、青井が俺の席に近寄って来るのが目に入った。
彼女も帰り支度を済ませて、ショルダーバッグを肩に掛けている。
「おう、お疲れ」
どうしたんだろ、青井のやつ。
えらく機嫌がいい感じ。
「どうっすか、今から一杯!」
グラスを口につけてクイっと傾ける手の仕草をしてる。オッサンかよ。
青井は少しボーイッシュではあるが若くて可愛い。なのに、セリフもまるでオッサンだし。
「いや、今日は真っすぐ帰らなきゃだめなんだよ」
「ええ~っ? 最近先輩、全然飲み行ってないですよね?」
「あ……ああ。そうかな」
「付き合い悪ぅ~い。どうしたんですか?」
「いや、えっと……」
確かにすみれが部屋に来るようになってからは、1回しか飲みに行ってない。
その時に帰りが遅くなってすみれを悲しませたから、その後は一切行ってないもんなぁ。
以前はよく青井と飲みに行ってたから、不審がるのももっともだ。
「最近ちょっと体調があまり良くなくてさ。あんまり無理しないようにしてるんだ」
「え? ええぇっ? 一緒に仕事してて、全然気がつきませんでした。ごめんなさいっ」
青井はばっと頭を下げた。
さすが元体育会系。先輩への詫びがきちんとしている。
でもごめん青井。
体調が良くないってのは嘘なんだ。
だからお前が気がつかなくて当たり前だ。
「いやいや、頭を上げてくれよ。他人から見たらわからないと思うんだよ。ちょっと身体がだるいことがある、って程度だし。だから念のために飲みに行くのを控えてるだけで、別に病気とかじゃないから」
「ホントに? ホントに大丈夫ですか? 私を安心させるために、無理してません!?」
青井が突然不安げな顔を近づけて来る。
おいおい、近いよ顔が。
ドキッとするじゃないか。
「ああ、無理なんかしてない。ホントに大丈夫だ」
「わっかりました。じゃあやっぱ、今夜飲みに行きましょう。この前のお誘いも断られましたから、その代わりです。明日は休みだし、ゆっくりできるからいいでしょ?」
なんだよ青井のヤツ。
いつも積極的だけど、今日はいつも以上にグイグイ来るな。
「いや、だから今夜は用事があってだな……」
──あ、やべ。
こんなこと言ったら、また今度は『なんの用事ですか?』とか言ってくるに違いない。
「……そうですか。わかりました。じゃあ今日は真っすぐ帰りましょう。明日に備えて」
ああ、よかった。諦めてくれたか。
──って、えっ? 明日に備えて? どゆこと?
「綿貫先輩。代わりに明日、私の買い物に付き合ってください」
「え? 俺が? 青井の買い物に? なんで?」
「ちょっと男性目線でアドバイスを貰いたいことがあるんですよ。午前中はゆっくり休んでいただいて、午後からでいいですから。お願いします!」
青井は可愛く小首を傾げてニコリと笑った。
なんと言うか……爽やか体育会系女子で、今までさばさばした感じだったけど、今のは青井にしては珍しくちょっと甘えるような仕草。
元々美人なのもあって、かなり可愛い。
でも明日は土曜日。
つまり──すみれの18歳の誕生日だ。
絶対に他の人と出かけるなんてことはできない。したくない。
そして明日だけでなくて、今後もこうやって青井が飲みに誘ってくれても、たまにはいいだろうけど、今までみたいに気軽にしょっちゅう応じるわけにはいかない。
──そうだな。
青井には、彼女ができたってことは、ちゃんと言っておいた方がいいかもしれない。
さすがに相手が女子高生だとは言えないが。
だけどオフィスの中で話すのはちょっとまずいな。
「なあ青井。お前も今日は、もう帰るのか?」
「はい、帰ります!」
「じゃあ一緒に駅まで行こう。歩きながら話そうぜ」
「はいっ! 青井加奈、喜んでお供しますっ!」
「いや、飲みに行くんじゃんねぇからな」
「わかってますってぇ~」
青井は楽しそうに笑いながら、俺の二の腕をポンポンと叩いた。
コイツ、ホントにわかってんのかな?
***
オフィスから駅までは歩いて5分くらいだ。
単刀直入に話した方がいいだろう。
そう思って、オフィスから外に出て、駅に向かって歩きながらすぐに本題に入った。
「なあ青井。お前が飲みに誘ってくれたりするのは、先輩として俺を慕ってくれてるってことだから嬉しいんだけどさ」
「はい。先輩として、だけじゃなくて、綿貫先輩のことはお慕いしておりますよ。色々と」
「え? 色々と?」
「あ、いえいえ。で、先輩。明日は買い物にお付き合いいただけますか?」
「いや、無理だ」
「明日が都合悪ければ、別の日でもいいですよ」
「いや、そういうことじゃなくて……休みの日に青井に会うわけにはいかん」
自分でも冷たいなと思う俺の言葉に、なぜか青井は何も言い返して来なかった。
二人並んで、黙々と歩き続ける。
「あのさ青井。俺、彼女ができたんだ。だから他の女性と出かけることはできない」
ここまで言っても、青井は無言のまま。
チラリと横を見たら、青井はこちらを見ずに、無表情で真っすぐ前を向いたまま歩いてた。
「あ、お前。信じてないな? まさか俺に、こんな早く彼女ができるなんて、嘘だと思ってるだろ?」
「いいえ。嘘だなんて思ってません。むしろ、やっぱりかぁ……って思ってますよ」
青井の声は驚くこともふざけることもなく、意外にもサバサバとしていた。
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