第39話:あのさ、すみれ。ごめん
駐車場に着いて、俺もすみれも車に乗り込んだ。
俺はエンジンをかけずに、運転席に座ったまま助手席の方に身体を向ける。
すみれは固い表情で、何を見るともなく視線を前に向けてジッとしている。
「あのさ、すみれ」
「なに?」
無表情のまま前を見ているすみれの声は震えている。
やっぱり、俺が今から話すことは、すみれにとって都合の悪いことだと誤解してるに違いない。
すみれの横顔に、俺はできるだけ優しい声で話しかける。
「あのさ、すみれ。ごめん」
すみれは無言のまま、ビクッと身体を震わせた。
表情が徐々に、泣きそうに崩れていく。
──しまったぁぁぁ!
いきなり『ごめん』なんて言ったら、俺がすみれの気持ちに応えられないって言ってるように聞こえるだろっ!
なにやってんだよ俺!
アホか、アホか、アホかっ!
「あ、いや、違うんだよ。ごめんってのは、さっきの俺がウジウジして、はっきりしなかったことに対する詫びだよ。だから今からちゃんと俺の気持ちを、素直にすみれに伝えたい」
「ん……」
「俺は自分の想いから逃げていた。世間の常識ってヤツに縛られていた。すみれに
『高校出たら、そこから先の人生は親のいいなりじゃなくていいんだ』なんて偉そうに言いながら、自分は世間の目を気にしていた。でもそうじゃないんだよって、ようやく気がついたんだ」
相変わらず、すみれは前を向いたまま。
俺が気持ちを伝えるってことに、悪い返事かもしれないと、まだ恐れているに違いない。
「あのさ、すみれ。こっち向いてくれる? 俺……ちゃんとすみれの目を見て話したい」
「え……?」
俺の言葉が意外だったんだろうか。
すみれは戸惑った表情で、ゆっくりと怯えるように顔だけ俺の方に向けた。
まだ不安げな目で俺を見ている。
綺麗な二重の目。通った鼻筋。
薄いピンクのリップに彩られた柔らかそうな唇。
こうやって正面でじっくり見ると、やっぱりめちゃくちゃ綺麗だ。
それは単にすみれが整った顔をしているからだけじゃない。
俺の心から溢れる、すみれを好きだという気持ち。
その恋心が、さらにすみれを美しく、愛おしく見せる。
俺は一度、大きく息を吸った。
気持ちを落ち着けて、俺の想いを思いっきり言葉に乗せるつもりで口を開いた。
「あのさ、すみれ。俺はすみれが大好きだ。俺の彼女になってほしい」
「あ……」
すみれは小さく口を開けて、俺を見つめている。
──やっば!
あまりにもありふれた、工夫のかけらもない告白しかできなかった。
そんな俺のできなさ加減に、すみれはきっと呆れたに違いない!
「す、すまん。全然気の利いたセリフが思い浮かばなかった。めっちゃありきたりな言葉でごめん。人生経験豊富な大人のはずなのにな。あはは」
あまりに恥ずかしくて、ちょっと場を和ませようと笑ってみたんだけど。
すみれなら『バカだね』とか言って、笑ってくれるかと思ったんだけど。
すみれは笑うどころか、その綺麗な瞳からぽろぽろと涙が溢れだした。
「は……春馬しゃん……」
すみれは鼻がぐずぐずして、変な言葉遣いになってる。
「あ、うん?」
「あたし……あたし……」
「お、おう。どうした?」
「春馬さんが、『俺は別にすみれを好きじゃない』って言うのが怖くて怖くて……」
「俺がはっきりしないせいで、不安にさせてごめんな」
「あのね、春馬さん。あたし『もう会わないでおこう』って言われるのを覚悟してたんだ」
「あ、いや……違うよすみれ。それどころか、俺は毎日会いたい。毎日すみれの顔を見たい」
気がつけば、すみれは顏だけでなく身体も真正面に俺に向けていた。
涙であふれた目で俺を見つめいている。唇がふるふると震えている。
いつも偉そうなことも言うけど、まだまだコイツは高校生なんだ。
年下のいたいけな女の子を、こんなに不安な気持ちにさせてしまってた。
ああ、俺ってホントダメなヤツだ。
「春馬さぁぁぁん!」
「うぉっ」
突然すみれは両手を広げ、助手席から身を乗り出して俺の首にがばっと抱きついた。そして頬を俺の頬に擦りつけてくる。
すみれの髪の甘い香りが鼻孔に飛び込んでくる。
首に感じるすみれの腕の柔らかさも、すべすべとして温かい頬の感触も。
そして俺の胸に押し付けられる大きな果実の破壊的な柔らかさも。
すれみという女の子のすべてが俺にぶつかってくるような感覚に、俺はくらくらとする。
耳元ですみれの少しかすれた声が囁いた。
「大好き……」
その声は耳から脳をとろけさせ、そして全身にじわりと広がる。
全身を言いようのない多幸感が包む。
「ありがとう。俺も大好きだ」
すみれの背中に両手を回し、その壊れそうな細い体をぎゅっと抱きしめた。
俺とすみれの間にある距離を1ミリでも縮めたい。ただそんな思いだった。
すみれも俺の首に回した腕にぎゅっと力を込める。
──ああ、よかった。
ウジウジ悩んでばかりいたけど、素直な気持ちを口にしてホントに良かった。
大学近くのコインパーキングに停めた車の中。
そんなところで昼間っから抱き合っていたら、どこの誰に見られるかもしれない。
そんなことが頭をよぎったけど、俺たちはどちらも離れる気はなかった。
この幸せな気持ちを手放したくない。
それだけしか考えられずに、俺たちはしばらくの間、そうして固く抱きしめ合っていた。
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