第38話:「おかしいよね」って夏実に言われた

 すみれがトイレに言ってる間に、夏実から電話が入った。


「おう夏実。どうした?」

『あ、お兄ちゃん。私今から説明会に入るけど、気を遣って待ってなくていいからね』

「え?」

『妹思いのお兄ちゃんのことだから、もしかしたら待っててくれるつもりかもと思って』


 妹思いだなんて言ってくれる夏実。

 なんて可愛い妹なんだよ。


 だけどすまん。

 すみれとあんな話をしてたから、夏実のことはすっかり忘れてた。


「あはは、そうだな」

『でもせっかく彼女といるんだから、私のことは気にしないで、二人で帰ってくれていいからね』

「あ、いや……実は、すみれは彼女じゃない」

『え? どういうこと? だってすみれさんは大学の職員さんに、春馬さんの彼女ですって言ってたよね。それにどう見ても、お兄ちゃんのこと大好きだってオーラをバンバン出してたよね?』


 そうなのか?

 すみれからそんなオーラが出てた?

 同世代の女子から見たら、そう感じるのか?


『あ……まさかお兄ちゃんは、すみれさんのこと、遊びで付き合ってるの? サイテーっ!』


 夏実は心底汚らしいものを見た時のように吐き捨てた。

 ヤバい。完全に誤解されてる!

 そんな焦りから、俺はつい本音を口走ってしまう。


「いや待て、夏実。そうじゃない! 俺もすみれのことを好きなんだ。だけどあいつは、実はお前と同じ高校3年生なんだよ!」

『え? まさか……』


 夏実は絶句した。


 そりゃそうだよな。

 6コも上の兄が、自分と同じ女子高生を好きだなんて聞けば、引くのが当然だ。


『すみれさん、あんなに大人っぽくて綺麗なのに、まさかまさか私と同い年? すっごーい。驚いたっ。すっごいなぁ』

「え? 驚きポイントはそこかっ?」

『──で、お兄ちゃん。すみれさんもお兄ちゃんもお互い好きなのに、なんで彼女じゃないなんて言うの? おかしいよね』

「は? お前、なに言ってんだ。すみれはお前と同じ高校生だぞ。オッサンの俺が付き合っていい相手じゃないだろ」


 俺は簡単な経緯とか、すみれを好きだけど高校生相手に恋愛関係になるべきじゃないっていう自分の思いを、早口で夏実にぶちまけた。


『ふぅーん。お兄ちゃんの言いたいことはわかったけど、そんなウジウジ言ってないで、好きなら好きって素直に言えばいいのに』

「だからさ夏実。俺の話を聞いてたか? 夏実だって、こんなおっさんから好きだって言われたら引くだろ?」

『うん。引くね』


 ──その言葉は俺の胸にぐさりと刺さる。


 夏実の口から、『全然引かないよ』って言葉が出るのを期待していた。

 でもその期待は無残にも粉々に粉砕された。

 夏実は可愛い顔をして、破壊力抜群の攻撃力を持っていたようだ。


「ほら、やっぱり。こんな年上のくせに、夏実と同い年の女子高生を好きになったなんて、キモイよな……」

『お兄ちゃん、勘違いしてる』

「え?」


 勘違い?

 何を?


『私が引くのは、オッサンとかそんなの全然関係ない。すみれさんがお兄ちゃんを好きだって言ってくれて、自分だって好きなくせに……年上とかオッサンとか、そんなどうでもいいことで自分を卑下して、ウジウジしてる姿に引くって言ってるんだよ』

「あ……」

『自信を持って、俺はお前が好きだぁー!って言ってくれたら、年上だっておじさんだって、全然引かないから!』

「うっ……」

『ほら。うじうじ悩んでる暇があったら、すみれさんに素直に愛の告白をする! いいね、お兄ちゃん!』

「あ、いや、夏実……」

『ああ、もう説明会が始まっちゃう! 切るよ! じゃあね!』


 ぷつりと電話が切られた。


 ──そっか。


 年上だ、おじさんだなんてことよりも。

 うじうじしてる姿の方がキモいか。


 そうかもしれない。

 そうだよな。


 それこそ俺はいい年した大人なのに、すみれや夏実の方が自分の素直な気持ちをちゃんと言えるなんてな。


 考えなくてもいいことを先回りして考えるとか、素直になれないとか。

 大人の悪いところが出てしまっていたようだ。

 経験豊富だから、いつでもいい判断ができるってもんじゃないな。


 ──よし。


 ありがとうな夏実。

 俺、大人の変な理屈は一旦横に置いて素直になろう。

 


 それからしばらくして、すみれがトイレから戻って来た。


「お帰り、すみれ」

「あ……た、ただいま」


 トイレから戻って来たすみれは、なぜかちょっとテンションが低かった。


「どうした?」

「ん……別に」

「別にって、さっきと全然テンション違うし」

「いや、あのね。トイレに行ってるうちに、ちょっと冷静になっちゃった」


 そっか。

 さっきまでのすみれは、いつもの彼女からは想像できないくらい素直に、俺のことを好きとか言ってくれてたからな。冷静になって、恥ずかしくなったのかもしれない。


「もういいよ春馬さん。やっぱ答えにくいんでしょ? さっきの話はもう忘れて」


 いや……

 恥ずかしがってるっていうよりか、なんだかちょっと曇った顔をしている。

 俺がはっきりとしないことで、悲しい思いをしてるのかもしれない。


 俺のせいで、すみれを悲しませてしまった。

 胸がチクリと痛む。

 ここは大人の男として、しっかりと気持ちを伝えなきゃな。


「なあすみれ。ひと通り見学も終わったし、今日はもう帰ろうか」

「え……?」

「車の中で話そうよ」

「あ、うん」


 すみれはちょっと微妙な表情をしたけど、素直にうなずいてくれた。


 できれば二人っきりの空間で、俺の気持ちをすみれに伝えたい。

 そう考えて、一緒に駐車場に向かった。

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