第34話:楽しそうに食事をする美少女

***


「なにこれ? ホントに学食?」


 大学説明会を聴き終わった後、昼飯を食うために学食に来た。そこでのすみれの第一声がこれ。


「ああそうだよ。この大学には学食は4つあるんだ。高校とおんなじようなセルフ方式の店もあるけど、ここはお洒落な洋食レストランみたいだろ? グルメサイトでも星がたくさん付いてる評判の店なんだよ」


 城北大学は以前ネット広告制作の取材で来たから、学食なんかは詳しくわかっている。


「へぇ、そうなんだ」


 すみれを連れて入った学食は内装もお洒落だし、普通に店員さんが席まで注文を取りに来てくれる一般店スタイル。

 テーブル席に着いて今すみれが見ているメニューも、レストランのようなランチセットがたくさん並んでいる。

 セルフ方式の学食に比べたら値段は高めだが、それでも市中のレストランに比べたらお値打ちだ。


「好きなの選べよ。なんでもいいぞ。俺の奢りだ」


 高いのを注文しても大したことないからな。

 充分社会人風を吹かせることができるぞフッフッフ。


「じゃあ……」


 すみれは両手で持ったメニューに、キョトキョトと瞳を左右に泳がせている。


「デミグラスハンバーグランチで」

「おう、わかった。俺もそれにする」


 店員さんを呼んで、デミグラスハンバーグランチを二人分注文した。


***


 運ばれて来た料理を目にして、またすみれは感嘆の声を上げる。


「うわぁ、美味しそ」


 やや高級路線とは言え、たかが学食でここまで喜んでくれたら嬉しい。

 目をキラキラと輝かせてすみれはハンバーグを頬張っている。


 母親との関係があまり良くないようだし、もしかしたらこういうレストランでの外食はあまりしてないのかもしれない。


 そんなことを考えながら、目の前で楽しそうに食事をする美少女を眺めていた。

 まるでデートみたいだな、なんて気持ちもほんの少し混じりながら。


「ん……春馬さんも食べなよ。なに見てんの?」

「あ、スマン。ついつい……」

「ついつい、なによ」

「いや。ついついは、ついついだよ」

「ふぅーん……」


 怪訝そうな声のすみれだけど、頬が緩んで口角は上がってる。俺が眺めていたことを決して不快に思ってるわけではない……ように見えた。



***


「ごちそうさま」


 すみれは律儀に俺の目を見て礼を言った。


「ああ。どういたしまして」


 学食レストランを出て、キャンパスをぶらぶら見て歩くことにした。

 二人並んで歩きながら、すみれが楽しげな声で話しかけてくる。


「あのさ春馬さん」

「ん? なんだ?」

「さっきジーッとあたしを見てたでしょ。あの時春馬さんが何を考えてたか、当てよっか?」

「え?」

「『こんな可愛い女の子とデートみたいで嬉しいなぁ』なんて思ってたでしょ?」

「ぶっ、ぶぁか! なに言ってんだ……」


 図星を突かれて、思わずキョドった。

 そんな俺の脇腹を、何かがツンツン突いてくる。くすぐったい。


「ほらほら。正直に言ってみ」


 見るとすみれの肘だ。いつの間にこんなに近くに寄ってきたんだ?

 肩が触れ合うくらいの今までにない近い距離感に、俺の動揺がさらに上乗せされる。


 その時突然後ろから男性の声が聞こえた。


「あれっ? 綿貫わたぬきさん?」


 振り向くと、そこに立っていたのは以前サイト制作で何度か会った城北大学の事務職員さんだった。俺と同い年で、当時はよく会話が盛り上がったっけ。


「あ、山田さん……」

「やっぱり綿貫さんでしたか! 今日はなに? 彼女とデートですか?」

「え? あ……」

「仲良いですねぇ。ウチの大学は綺麗だし学食も充実してるから、デートにもぴったりですよね」


 山田さんはニヤニヤしながらこちらを見てる。

 うわ、完全に勘違いされてるよ。

 確かにすみれとの距離はほぼゼロだったから、普通に見れば彼女と思われても仕方ない。


 だけどここはしっかり否定しとかなきゃ。

 なんて言い訳しようか?


 ──あ、そうだ。親戚の子だってことにしよう。


「えっとこの子は……」

「はい。春馬さんの彼女です」


 ──えっ?


 すぐ横から、目ん玉がひっくり返るようなセリフをすみれが放り込んできた。

 なに言っとるんだコイツは?


「彼女さん、めっちゃ可愛いですね!」

「ありがとうございます」


 すみれのヤツ、何を平然と礼を言ってるんだよ?

 可愛いって言われて、嬉しそうにニコニコしやがって。


「いやぁ、羨ましいなぁ。まあゆっくりしてってください。お邪魔しちゃ失礼だし、僕はこれで」

「あ……山田さん……」


 彼はニマニマしながら踵を返して、俺のかけた声を置き去りにしたまんま、さっさと立ち去っていった。


「おいすみれ。なんであんなこと言うんだよ?」


 俺は声をひそめて、横に立つすみれを睨んだ。


「だって彼女じゃないなら、どういう関係なんだって、言い訳しなきゃいけないのはめんどい」

「いや、それは……」


 親戚だと言えば済む話だ。

 そう言い返そうと思ったけど、確かに『ホントですか?』とか言われて面倒になる可能性もあったかなと思い直した。

 それに山田さんにはもう二度と会うこともないだろうから、まあいいかと頭によぎった。


 その時、今度は女性の声が後ろから聞こえた。


「お兄ちゃん!」

「え?」


 なんと──振り返ると、そこには妹の夏実なつみが、高校の制服姿で立っていた。

 そう。すみれと同い年の妹。

 なんでこんなとこにいるんだよっ!?


 それにしても今日はなぜかめったに会わない人に遭遇する日だ。

 しかも今度は特大のヒグマみたいに、絶対に遭遇しちゃいけないヤバい相手。


 夏実は開口一番、脳天を稲妻が直撃するようなセリフを吐いた。


「彼女ができたなんて知らなかったよ」

「あ、いや……お前、なんでこんな所に……?」


 なぜかキラキラと輝くような目で、俺とすみれを見つめる夏実。

 さっきの山田さんとの会話を聞いていたのか。

 

 すみれとの関係をなんて説明したらいいんだ?

 いや、マジで。


 他人である田中さんと違って、身内にすみれのことを誤解されたらシャレにならない。

 しかも『親戚の子です』なんて言い訳が通じないことは言うまでもない。

 どうしたらいいんだよ?

 俺は死んだかもしれない。


 俺の頭の中は、まるで衛星画像で見る台風のようにぐるぐると渦巻くばかりで、ぱったりと思考が停止した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る