第33話:まさかすみれは嫉妬してる?

「ふぅーん。やっぱ春馬はるまさん、由美香ゆみかを可愛いって思ってるんだ」


 すみれの言葉には、予想以上に不機嫌な色が濃く乗っかっていた。


「あ、いや。可愛いだろ、フツーに」

「だよ。だけど春馬さんが言うと、なんかイヤらしい」

「なんでだよ?」


 なぜかすみれは答えない。

 チラと横目で見たら、不機嫌そうにじっと前方を見つめてる。

 まさか嫉妬してるとか?


 別に俺に褒めてほしいってわけじゃないだろうけど、友達ばっかが褒められるのってやっぱり嫌なのか。乙女心は難しいな。


「いや、すみれも可愛いぞ」

「ふぅん……あたし"も"かぁ……別にいいよ。取ってつけたようにフォローしなくても」

「フォローしてるわけじゃない。なんて言うか……」


 すみれはじっと黙ってうつむいている。

 運転で前を見なきゃならないから表情はよくわからないけど、落ち込んでるのか?


「今朝会った時から、すごく可愛いと思ってた」

「ふぁっ……」


 ──え? なに、間の抜けたような今の声。


「は、春馬さん。だから取ってつけたフォローいらないから」

「だから取ってつけたフォローじゃないって」


 急にすみれがおたおたしてる。

 もしかして俺の『可愛い』って言葉に戸惑ってる?

 照れてるとか?

 ずっとさっきからうつむいたままだし。

 まさかな。

 そういうキャラじゃないだろ。


 ちょうど信号待ちになって、助手席のすみれを見た。


「およっ? こりゃこりゃこりゃっ! 貴様、何をやっとるっ!?」


 なぜかすみれは一心不乱にスマホ画面に向かって何か操作してる。

 よく見ると写真画面のごみ箱ボタンを次から次へとタップして、表示された写真をどんどん削除してるじゃないか。

 ずっとうつむいてると思ったら、こんなことをしてたのかよっ!?


「返せ!」

「やだっ」


 スマホを取り上げようと手を伸ばしたが、すみれは手をぱっと俺から遠ざける。


「おじさんのスマホに、女子コーセーの写真がこんなにたくさんあったらマズいでしょ。万が一落としたら犯罪者と思われて逮捕されるよ。だから消してやってんの」

「アホか! スマホ落とさんし、万が一落としたって、ロックがかかってるから見られないって!」

「日本のケーサツは優秀だからね。きっとロック解除されるよ」

「俺はどんだけ重大な犯罪者なんだよ!? スマホ落としただけで、警察がそこまでするわけないだろ!」


 俺はようやくすみれの手首を片手でキャッチして、もう一方の手ですみれの手のひらからスマホを取り返した。

 確認したら、この前撮影した写真のほとんどが削除されてる。

 元々30枚くらい、すみれと由美香ちゃんの写真があったはずなのに。

 残ってるのはすみれがピンで写ってる写真がたったの2枚。

 削除フォルダの中までご丁寧に消去してあって、その2枚以外は完全に俺のスマホからサヨナラしてしまった。

 仕事用のは会社のパソコンに入ってるから支障はないとはいうものの──めちゃくちゃするな、コイツ。


 でもたった2枚だけど、残っていたのはすみれが一番可愛く写ってる写真だった。

 それに気づいて、なぜか俺はホッとした。


 だけど……


「警察に見られるなんてあり得ないし、なんで消すんだよ?」

「由美香の写真なんて春馬さんが持ってる必要はないでしょ?」

「そりゃ、そうだけど……」

「でしょ」


 まあすみれの言うことはもっともではある。

 だけどそれなら──


「すみれの写真だって俺が持ってる必要はないし、残ってる写真も消せってことだな」

「まあ2枚だけならいいよ。すみれちゃんの可愛い写真はお守りになるから」

「は? なんのお守りだよ」

「魔除け」

「は?」


 魔除け?

 なんの?


 まさかすみれは自分の写真を俺に持っていて欲しいとか?


 ここ最近のすみれの態度は、明らかに以前とは違う。

 そう。同級生の男子から守ってやった頃からだ。


 もしかしてすみれはマジで俺に好意を……?


 そこまで考えて、これ以上は深く考えてはいけないと、俺の深層心理が思考にストップをかけた。

 すみれはまだ高校生だ。オッサンの俺に対して恋愛感情なんて持つべきではない。俺自身もそうだ。


「わかったよ。魔除けとして残しとく」

「ん」


 すみれは短くそれだけ答えて、あとは無言になった。



***


 城北大学近くの駐車場に車を停めて、正門からキャンパス内に入った。


「うわ。高校と全然違う……」


 私服の学生が大勢行き交うキャンパスを眺めて、すみれがため息をついた。

 広々として、緑も多い。


「どう?」

「ん……人も多いし、制服着てないから、なんか自由って感じ」

「だよな」


 目が点になっている反応が初々しくて、ついついひな鳥を見守る親鳥のような温かい目ですみれを見た。

 いや実のところ、親鳥がどんな気持ちでひな鳥を見てるかなんて知らないが。


「まずは大学説明会を聴きに行くぞ」

「あ、うん」


 WEBサイトで調べてあった説明会場に向かって歩き出すと、すみれもぴょこぴょこと、まさにひな鳥のような拙い足取りで俺に付いて来た。

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