第32話:すみれのミニスカ姿

 ドアを開けて廊下に出ると、そこにはミニスカート姿のすみれが立っていた。

 すらりと綺麗な白い脚がとても印象的だ。

 俺の予想に反して、ホントにミニスカですみれは現れた。


 『俺の予想通りのジーンズだ』と逆襲を喰らわせてやろうと思っていたのに、強烈なカウンターパンチが俺の脳天を直撃した。


 お洒落なTシャツに黒いミニスカート、そしてそれを子供っぽく見させないための工夫だろうか。イヤリングを付けてハーフコートを羽織っている。

 そして……Tシャツとコートを押し上げる双丘の膨らみが目を引きつける。


 いや、ミニスカートから伸びる生足と胸の膨らみが、どっちも負けないくらい目を引きつける。だから俺の眼球はキョトキョトと上下してしまった。ちょっと下半身に熱を感じる。かなりヤバい。


「春馬さん。目がおじさん」

「あっ、いや、すまん」


 思わず素直に謝ってしまった。

 うわ、恥ずかしい。


「あ、目だけじゃなくて他の部分もおじさんだったね」

「うっせ」


 他の部分ってなんなんだよ。

 なんて思いながらすみれの顔を見ると、メイクはナチュラルな感じだけど決して幼くはない。いや、むしろ大人っぽいと言える。


 さすがに元の造形が美少女なだけある。

 今日のファッションと相まって、息を飲むほど綺麗だ。

 さっきまでキョドってた俺が、今度は固まってしまった。


 わちゃわちゃしたりフリーズしたり。

 今日はのっけから忙しい日だ。

 普段はすみれのことをガキだとバカにしている俺が、今日はそれこそガキのようにおたおたしている。それに自分で気づいて恥ずかしくなる。


 まずい。ちょっと気持ちを落ち着けないと。

 えっと……違うことを考えよう。

 どうしたらいい?


 ──なぜかカピパラの顔が頭に浮かんだ。

 毛がふさふさで、鼻の下が長い間抜けな顏。


 うん。おかげで興奮状態が収まった。

 なぜカピパラが浮かんだのか謎だけど、結果オーライとしよう。


「すみれ、今日はなかなか大人っぽいな」

「まあね。だって幼く見えたら、春馬さんが未成年者略取で逮捕されるでしょ」

「どんな理由だよ。大丈夫だ。俺は誠実そうな見た目だから、犯罪者には見えない」

「どうだか」

「は? どういう意味だよ?」

「べつに。まあ春馬さんはあたしの大人っぽさに、グッと来ちゃったってことだね」

「なに言ってんだよ。中身はガキのくせに」

「は? どういう意味だよ?」

「いちいち俺の口調を真似るな。ムカつく」

「ごまかさなくていいよ春馬さん。顔が真っ赤だよ」


 ──え? マジか?


 思わず手で頬を撫でてしまった。

 確かに少し熱を持ってる。


「ククク…… よっしゃ」

「は? 何か言ったか?」


 なんだよ、よっしゃって。

 からかいが成功して、してやったりってことか。


「べつに。早く行こーよ」

「あ、そ、そうだな」


 なんだか今日の俺、いつも以上にすみれに振り回されてる気がする。

 大人のくせに情けない。


 そうは思うものの。

 確かに今日のすみれは大人っぽくて魅力的だ。

 そんなすみれを見て浮足立ってることは、否定のしようがない。

 マジでヤバい。


「じゃ、じゃあ行こうか」


 俺は自分の動揺を隠すために振り向いて玄関のカギをかけた。

 そして二人で駐車場に向かった。




「これが俺の車だ。乗ってくれ」

「へぇ、カッコいいじゃん」


 去年中古で買ったコンパクトカーだから大した車じゃない。

 だけどすみれはお世辞なのか本気なのか、そんなふうに言ってくれた。


 運転席に乗り込んでエンジンをかける。

 助手席に座ったすみれは俺の横顔を眺めながら、またからかうように言った。


「ハンドルを握る春馬さん。オトナって感じだ」

「当たり前だ。俺は大人なんだから」


 極めて当たり前のことを言われただけだ。

 しかしすみれのそんなセリフに、胸の奥がむず痒くなる。

 なんだよこの感覚は。


 俺はすみれの顔を見ずに、車を発進させた。

 今すみれの顔を見たら、俺の動揺がガラスの心のように見透かされる気がしたから。


 城北大学までは30分も走れば着く。

 しばらく車を走らせていたが、ふと思い出した。

 この前撮影した写真。

 すみれにも見せてやろうと思って、昨日何枚かをスマホにダウンロードしたんだった。


「あ、そうだ。この前学校で撮影した写真、見るか?」

「うん。見たい」


 信号待ちのタイミングで、スマホ画面にその写真を表示させた。

 スマホを渡すと、すみれはしげしげと画面を見つめる。


「そのフォルダ内のは、全部この前撮影したヤツだ。好きに見ていいよ」

「あ、うん。ほぉ。へぇ。うん、なかなか……」


 そんなことをぶつぶつ言いながら画面をめくって自分の写真を見ていたが、指がピタッと止まった。


「あ、由美香ゆみかかわいい」


 すみれと一緒に撮影に応じてくれた白澤しらさわ 由美香ゆみかちゃん。

 清楚な正統派黒髪美人。

 俺も彼女はかなり可愛いと思っている。


 しかしその瞬間ふと脳裏に浮かんだのは『すみれの方が可愛いぞ』というとんでもなく恐ろしい言葉だった。

 いや待て待て。

 ヤバいだろ。


「そうだな。白澤さんってめっちゃ可愛いよな」


 照れ隠し。

 自分の脳に浮かんだ言葉があまりに照れ臭くて、つい嬉しそうな声でそんなことを言ってしまった。


「ふぅーん。やっぱ春馬さん、由美香を可愛いって思ってるんだ」


 すみれの言葉には、予想以上に不機嫌な色が濃く乗っかっていた。

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