第31話:長時間の座り仕事のせいで
すみれが手伝ってくれたおかげで、パンフレットへの修正シール貼りは1時間ほどで無事に終了した。
「ありがとなすみれ。助かったよ」
「どういたしまして。じゃ、今日はそろそろ帰る」
「うん。ごちそうさまでした。ありがとう。マジでめちゃウマだったよオムライス」
「そ」
無愛想に答えたすみれだけど、まんざらでもない顔をしてる。
さあ、玄関まですみれを送って行くか。
よいしょと立ち上がったら足腰の筋肉がガチガチに固まってて、腰に痛みが走った。
ずっと胡座をかいてローテーブルで作業をしてたせいだ。
「あいててて……」
腰を手で押さえて、思わず情け無い声を出してしまった。
くっそ、俺も歳を食ったな。……ってか、運動不足か。
「あはは。春馬さん、おじさ~ん」
すみれが俺を指差してクスクス笑ってる。
わかってるよ。俺も今、自分でそう思ってたとこだ。
気が合うじゃないかベイベー。
──なんて心の中でおどけてみたけど虚しさは軽減されなかったぞ。
「うっせえ。そういうお前はどうなんだよ?」
いくら高校生でも、長時間床に座ってたら腰の痛みの一つや二つは──なんて考えてたら、すみれはすっと立ち上がった。
ありゃ。やっぱ若さの勝利か?
だけどすみれが目の前で立ち上がった途端、なぜかフラフラとよろけた。そしてこっちに足を踏み出して俺の胸にしがみつく。
俺のシャツを両手で握って、ぶら下がるように身体を寄せている。眼下のすみれの髪から漂うシャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐった。
すみれはいったい何をしてるんだ?
なぜに俺に抱きつく?
ドキンと鼓動が跳ねる。身体が火照る。
ヤバい。ガキにしがみつかれただけで、こんなにドキドキするなんて。
「おいすみれ。離れろ」
すみれにしがみつかれるのが不快なわけじゃない。
俺はすみれを女性として意識してる。今ので俺はそれを明確に自覚した。
自覚──してしまった。
さっきの突き放すような言葉は、その自覚から逃れるためなのだと自分でもわかってる。
「ダメ……春馬さん、もう少しこのままでいさせて」
「え……?」
すみれは切なく吐息を漏らすように言った。
まさかすみれも俺を男として意識して抱きついている……?
「足が痺れてる。今離れたら転んじゃう」
──は?
あ、そういうこと?
すみれはずっと正座して作業してたから、それもそうか。
俺やべ。
盛大に勘違いした。
「あ、ああ。わかった。痺れが落ち着いたら離れろ」
「うん、わかった」
足の痺れがよっぽど不快なんだろう。すみれはもにゃっとした顔をしてる。
だけどしばらく時間が経つと、それも治まってきたようで、すみれは静かに俺から手を離した。
「ごめん。もう大丈夫。帰る」
俺から離れたすみれは顔が赤い。照れたように顔を横に向けている。
意図せず抱きつかざるを得なかったんだから、そりゃあ恥ずかしいよな。
「おう。気をつけて帰れよ」
隣の家に帰るだけなのだから、気をつけるも何もない。それはわかってるのに、またそんな間抜けなことを言ってしまった。
玄関で靴を履いたすみれが、ふと思い出したように俺の顔を見た。
「あ、そうだ春馬さん。オープンキャンパスに行く時の服装、ミニスカートとジーンズとどっちがいいと思う?」
「ミニスカート」
──あ、しまった。
思わず脊髄反射してしまった。
さっきすみれに抱きつかれて、俺のオスの部分が顔を出してしまってるのかもしれない。
ヤバっ。またすみれに、『このエロおやじ』ってなじられるぞ……
と思ったけど。
なぜかすみれは「そっか」とだけ言って、扉を開けて帰ってしまった。発言を訂正する間もなかった。
いや待てよ。今までのすみれの行動パターンからしたら、当日はジーンズで現れて『何を期待してたの? バカ?』とか言うに違いない。
そっか。そうだよな。
じゃないと、わざわざ俺に服装のチョイスを尋ねる理由がない。
だから当日はすみれの服装を見た瞬間、『俺の予想通りのジーンズだ』と逆襲を喰らわせてやろう。きっとすみれのヤツ、歯噛みして悔しがるに違いない。
俺はそう思いついて、ふふふと不敵な笑いをつい漏らしてしまった。
***
オープンキャンパスの当日になった。
午前10時にすみれが俺の部屋に来る約束になっている。
今日はすみれのお母さんも仕事が休みだけど、朝からどこかに出かけるらしい。だから遠慮なく俺の部屋に迎えに来ると言ってた。
時間通りにインターホンが鳴った。
俺は自分の服装がキチンとしているかどうか確かめながら玄関に向かう。
ちょっとお洒落なデザインシャツは綺麗に洗濯してあるから汚れはなし!
くるぶし丈のチノパンから覗く靴下もカラフルな柄で、決しておじさんぽくはない。
玄関の土間に置いてあるスニーカーは革製で、カジュアルでありながら洒落た雰囲気。
よし、完璧だ。
──ってデートじゃないし。
だけどなんだかんだ言っても女の子と出かけるのだ。ちゃんとした服装で行くのが礼儀というものだろう。
別にすみれと出かけるからお洒落に見られようとか、年下の彼女に合わせて若く見られようとか、考えているわけじゃなくて……
いや──
間違いなく考えてるな俺。
自分に言い訳しても仕方ない。
そう考えて無けりゃ、ここまで服装に気を使うことはあるまい。
まるでそれこそ高校生のようにウキウキしている自分に気づいてちょっと恥ずかしくなった。
そしてドアを開けて廊下に出る。
そこには──
すらりと綺麗な白い脚がとても印象的な、ミニスカート姿のすみれが立っていた。
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