第30話:持ち帰った仕事
次の日曜日にすみれと一緒に、都内の城北大学のオープンキャンパスに行くことになった。
「ところで春馬さん、あれなに?」
すみれが指さす方を見ると、部屋の隅に置いたパンフレットの束。
俺が持ち帰った仕事だ。
「あたしが料理してる間、なにかシール貼ってたよね」
「あ、うん。今日中にやる仕事だったんだけど、手を付けられなかったから持って帰って来た」
それにしてもコイツ、料理に集中してるかと思ってたのによく見てるな。
「へぇ……持ち帰りなんて、春馬さんの仕事ってブラック? 上司に無理やりやらされてるとか」
「え? 別にそうじゃないよ。俺のミスでパンフに誤字があったんだ。できるだけ早くDM発送したいし、自分の意志で持ち帰った」
「もしかして春馬さん……」
すみれは真顔で俺をじっと見てる。
自分との約束を守るために、俺が仕事を持ち帰ったことに気づいたか。
いや、すみれが申し訳ないと思ったり、負担を感じさせるようなことはイカンな。
元々はミスをした俺が悪いんだから。
なにか言い訳しなきゃ……
「春馬さんって仕事ができない人? ミスしたり、手を付けられなかったって」
「は?」
やられた。
コイツが申し訳なく思ってるなんて、俺の思い過ごしだった。
くっそ、コイツ。
女の子じゃなきゃ殴ってやるところだ。
「誰がろくでなしだ」
「そこまで言ってないし。もしかして春馬さんって、自分がろくでなしだって自覚があるの?」
「いや、冗談に決まっとろうが! 俺はろくでなしなんかじゃない」
「だよね。ろくでなしってほどじゃないよ」
「ほどじゃ……ない?」
女子高生相手に、散々な言われようだ。
俺にはマゾっけはないから、全然嬉しくない。
「あたしのも冗談だよ。そんなにマジな顏すんなって」
「え……?」
すみれのヤツ。
整った可愛い顔でニヤニヤしながら、急に人差し指で俺の頬をぷにぷに押さえやがった。
頬にすみれの指先の感触。
──ドキリとした。
ヤバい。こんなガキの悪戯に、ドキドキするなんて。
あっちゃいけないことだろ。
「春馬さん。その仕事まだ残ってるんでしょ? やりかけみたいな感じで置いてるし」
「え? ああ。まだ半分以上残ってる」
「じゃああたしも手伝うよ。さっさとやっちゃお」
「いいよ。俺の仕事だし」
「遠慮すんな」
すみれは唇を尖らせて、俺を
なんだこれ?
俺の方が、ずっと年上だよな……
なんで叱られるような言い方されてる?
「オープンキャンパスに連れてってもらう代わりだから」
「うん。そっか……」
すみれはすみれで、少しは悪いと思ってるんだな。
「それにさ……」
すみれはなぜか突然口ごもった。モジモジしてる。
さっきまでの偉そうな態度からしたら、何が起きたんだって感じ。
「春馬さん。あたしとの約束を守るために、仕事を持ち帰ったんでしょ?」
──あ。コイツ、ちゃんとわかってたんだ。
「ありがとね、春馬さん」
照れたような上目遣い。
ちょっと待て。
急にそんな感じでマジに礼を言われると、俺もめちゃくちゃ照れてしまう。
「あ、いやいや。べ、別にそんな大げさなことじゃないからさ! じゃ、じゃあちょっと手伝ってもらおっかなぁ、あはは」
俺はテーブルの上にパンフレットと訂正シールを出して広げた。
そして二人で向かい合って座って、シールを貼る場所をすみれに教えた。
パンフレットの誤字の部分にシールを貼るだけの簡単なお仕事だ。
誰でもやれる仕事ではあるが、シールが小さくて、神経を集中しないとすぐにずれてしまう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
作業を始めてすぐに、向かいに座るすみれが壊れたようなうめき声をあげた。
顔を上げると、青ざめたすみれの顔が目に飛び込んで来た。
「ん? どした?」
「ず……ずれた」
「気にすんな。剥がして新しいシールを貼り直せばいい。シールは予備があるから」
「あ、うん……」
俺はまた自分の手元に視線を戻して、自分の作業に戻る。
「う゛う゛う゛う゛う゛……」
また向かいから変なうめき声が聞こえた。
「今度はなんだ?」
「シールを剥がしたら、パンフレットがベリっと……」
「ん?」
「ベリっと…… ベリっと……」
消え入りそうな声で何度もリピート再生中。
泣きそうな顔をして、俺を見つめてる。
すみれの手元を見ると、パンフの表面が一ヶ所大きく破れてる。
ああ、こりゃ使いもんにならないな。
「すみれ。俺に仕事ができないとか偉そうに言っときながら、お前不器用ちゃんかよ」
「だって春馬さんのお仕事だから、ちゃんとやらなきゃって思ったら緊張しちゃって……普段はこんなことないんだからっ」
「わかったよ。気にすんな。パンフの1枚や2枚、破れても問題はない」
「あ、うん。ホントごめん」
すみれが緊張か。なんだかものすごく意外だ。
こんなことで緊張するんだな。
やっぱ大人ぶってても、可愛いとこがあるな。
それに……それだけ俺の仕事を大切なものだって思ってくれてるってことだよな。
そう思うと、再び黙々とシール貼りをやっているすみれの姿が、とても可愛く見えた。
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