第28話:すみれが看護士になりたかった理由
俺が「めちゃくちゃ旨い」って言うと、すみれは満足そうにうなずいた。
「この前の肉じゃがも旨かったし、すみれはプロの料理人になれるんじゃないか?」
「ほぉほぉ。春馬さんにしては珍しく、素直に褒めてくれるね。また作らせたいからかな?」
「いや、違うって。俺はいつだって、良いものは良いと素直に言うタイプだ」
「ふぅーん……どうだかね」
そんなこと言いながら、すみれの顔はニヤついてる。まんざらでもなさそう……だよな?
すみれこそ素直に喜べよ。
でもマジで旨いな、このオムライス。
俺はあっという間に食べてしまった。
ホントにプロの料理人になれる。
でもそう言えば、すみれは以前は看護師になりたかったって言ってたな。
「ごちそうさま。ホント旨かった」
「そう? ありがと」
「そう言えばすみれ。以前は、将来小児科の看護師になりたかったんだって?」
「え? ……まあね」
「なんで? なにか理由はあるのか?」
「ん……」
すみれは口籠もった。
そんなのはプライベートなことだ。
それ以上、突っ込んで訊くべきではないのだろう。
だけど俺は、すみれのことをもっと知りたいと思った。
すみれが今までどんな思いや考えを持っていたのか。そして今、何を思って生きているのか。
なぜ看護師になりたくて、そしてその夢を諦めたのか。
なぜすみれは普段から拗ねたような、無気力のような態度が多いのか。
そんなこと、あんなこと。
すみれのことをもっと知りたいと思う。
「知りたいの?」
「ああ、知りたい」
「そっか……」
すみれはしばらくあごに指を当てて、目を伏せて考え込んでいた。
そしてふと顔を上げた。
「春馬さんになら……言ってもいいかな」
すみれはそんなことを呟いた。
春馬さんになら……
すみれは意外と俺を信頼してくれてるってことか。
「あたしね。幼稚園のころ病院で手術を受けたんだ。まあ大した病気じゃなかったんだけどね。でも手術を受けるのが怖くて、前の日からずっと泣いてた」
すみれは昔を思い出すように、宙に視線をさまよわせて語り出した。
「それで凄く優しい笑顔の看護師さんがいてね。お守りを上げるって、折り鶴を折ってくれたんだ。10個も。すっごく可愛くて綺麗な折り鶴だった」
すみれは凄く優しい顔になっている。
コイツ、こんな顔をするんだな。
なんて言うか……魅力的な顔だ。
「その看護師さんから『手術が終わったら折り方を教えてあげるね。だから手術がんばろ』って言われて勇気が出たんだ。今でもその時の、看護師さんの優しい笑顔が頭に残ってる。そんなふうに子供心に勇気を与えたり、癒やしてあげられる存在になりたいなって。そう思い始めたのは、中学になった頃かな」
そこまで話して、すみれはふぅーっと大きく息を吐いた。
何か今まで心の奥深くに仕舞っていたものをようやく吐き出した──そんなふうに見えた。
「へぇ。いい話じゃないか。でも、今はもう看護師になりたいって思ってないんだよな」
「ん……だね。なりたいって思わないと言うか、諦めたって言うか……」
すみれはなぜか、少し寂しそうに言いかけた。
しかし俺がじっと顔を見ていることに気づいて、ハッとした顔になる。
「そんな話はいいじゃん。春馬さんには関係のないことだし」
「そうだな……」
そうだ。
すみれの過去やプライベートな話は、俺には関係のない話だ。
だけど──
「だけど、聞きたいんだ。ダメかな?」
「え……? き、聞きたいの? なんで?」
「すみれのことをもっと知りたいから」
「な……なんで?」
「なんでかなんて理由は自分でもよくわからない。とにかく知りたいんだよ。だめか?」
俺はすみれの目を真っすぐに見て、素直な自分の気持ちを伝えた。
「むぅぅぅ……」
すみれはなぜか真っ赤になって唸ってる。
そんな赤い顔になるような、恥ずかしいことなのかな……?
無理して訊かない方がいいのか?
「そ……そんなにあたしのことが知りたい?」
「あ、うん。知りたい」
「わかった。親友の
「そ、そうなんだ。なんか無理やり聞き出そうとしてるみたいで悪いな。ごめん」
「あ、謝らなくていいから。春馬さんがあたしのこと、そんなに知りたいって言ってくれて……ちょっと嬉しいから」
「え?」
俺がすみれのことを知りたいってのが、すみれにとって嬉しい?
めちゃくちゃ意外なことを言ったよな。
驚いた。
俺が呆然と顔を見ていたら、すみれはハッと我に返ったように両手をわちゃわちゃと横に振った。
「あ……今のナシ! 嬉しいってのはナシね! も、もちろん冗談だからっ」
「お、おう……じょ、冗談な。わかってる」
「わかっておればよろしい」
お互いにキョドってる感じで、なんか変な空気になってしまった。
すみれは何度か深呼吸をした。すると少し落ち着いてきたようで、ようやく看護師の夢を諦めた理由を説明し始めた。
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