第27話:くそガキとの約束を守るために
「先輩! ただいま帰りましたー!」
突然青井の声が聞こえてドキリとした。
「お、おう。おかえり。今日の写真、もう届いてるぞ。またいいのを選んどいてくれ」
「はい、わかりました!」
どうやら俺が一瞬焦ったことは悟られずに済んだみたいで良かった。
「ところで綿貫先輩。無事に再取材と撮影が終わったことだし、今夜飲みに行きません?」
「なんだよ。また俺に奢らせる気か?」
「違いますよー ワリカンでいいですから」
ホントか?
怪しいとこだな。
実は奢らせるつもりじゃないのか?
どっちにしても、コイツホントに酒が好きだな。
あ、でもそんなことより。
今日はすみれが晩飯を作ってくれるんだった。
「悪りぃ。今日は早く帰らなきゃいけないんだ」
「えっ? 男の一人暮らしなのに、早く帰らなきゃいけない用事なんてあるんですかぁ?」
「そりゃあるさ。色々とな」
「ふぅ~ん……」
「な、なんだよそのジト目は?」
「別にぃ……まあ、いいです。じゃ、またの機会でも行きましょうね」
「ああ、そうだな」
青井が疑わしげな顔をしたから、まるで心を読まれてるように感じて焦った。
まさか『家に帰ったら女子高生が晩飯を作りに来てくれる』なんて言えるはずがない。
でもまあ、ことなきを得たようで良かったとホッとした。
***
その日は予定通り、早めに仕事を切り上げて帰えろうと思ったけど、やらなきゃいけないことが発生した。
見込み客の企業に広告のDMを送る予定があるのだけれど、実は一週間前に俺の校正ミスで、誤字がある状態でパンフレットが1,000部納品されてしまった。
俺としたことが、なんともまあ基本的なミスをやっちまったんだ。
その誤字を修正するためのシールをすぐに発注したのが、今日納品されてきた。
修正シールを1,000枚、急いでパンフレットに貼らないといけない。
今日中にやってしまおうと思ってたけど、何だかんだと飛び込みの仕事が入ってきて、退社予定時刻になってもまったく手を付けられていない。
今からやるとなると2時間はかかる。
どうしたものか……
俺のミスでDMの発送が先延ばしになってるから、一日も早く送りたい。
だけど今日はすみれと約束してるから早く帰りたい。
少し悩んだけど、家に仕事を持ち帰ることにした。
手提げ紙袋にパンフレットとシールを入れてオフィスを出た。
すみれに『遅くなる』って一報を入れて、残業する手もある。
それにそもそもすみれは嫁でもなければ彼女でもない。俺の部屋に勝手に押しかけてくる単なるくそガキだ。
そんなくそガキとの約束を守るために仕事を持ち帰るなんて。
俺はいったい何をしたいんだよ。
でも──そのくそガキが喜ぶ顔を見たい。
すみれが作る料理を食べたい。
そんな思いになっていることは、自分でも誤魔化しようのない事実だった。
***
帰宅して、ちょうどスーツから部屋着に着替え終わった頃にインターホンが鳴った。玄関まで行ってドアスコープを覗く。
目の前にはカードのような紙がある。
そこには赤いペンで可愛い文字が書いてある。
その文字は──『大好き!』
──え?
だ……大好き?
すみれが?
俺を?
コイツは、ななな何を言っとるんだ!?
急に顔がボッと熱くなった。
慌てて鍵を開けてすみれを中に入れる。
「どもども」
片手を挙げて変な挨拶をしながらすみれは入ってきた。
「すすすみれ、それ、いったいどういう意味……」
すみれが手にしたカードを指差しながらよく見ると──『大好き!』の下に行を変えて『あつみん』って書いてある。
「どういう意味もなにも、書いてあるとおりだけど? 大好きあつみん」
「は?」
やら……れた。
「どうしたの春馬さん。顔が赤いけど? 熱でもある?」
すみれのヤツ、ニヒと笑いやがった。
くそっ、腹立つ。
「別になんでもない。熱なんかねえよ」
「ふぅーん……なにか勘違いしたのかな?」
「してねぇ。とりあえず上がれよ」
「はぁーい……くくく」
くそ。俺が勘違いしたの、完全に見抜かれてるな。
「今から作るから、春馬さんはのんびりしてて。下ごしらえはしてあるし、ライスも炊き上がったのを持ってきた。10分くらいでできるから」
「おっ、そっか」
俺は洋室に戻って、パンフへのシール貼りをすることにした。すみれはキッチンで、ごそごそと食材を取り出してる。
しばらく作業をしてたら、キッチンの方からいい匂いがしてきた。
もうそろそろでき上がる頃だろうか。
お皿を運ぶのを手伝おうと思って、作業中の物を片付けてキッチンに行った。
すみれはちょうど、お皿に乗せたライスにふわっと焼いた卵を乗せたところだった。
そして包丁で卵の真ん中に、すぅーっとひと筋切れ目を入れて行く。
切れ目から左右に卵が開いて、卵のトロッとしたのが溢れ出した。
うわ、すっげ。お店でしか見たことのない、ふわとろオムライスだ。
そこに温めてあったデミグラスソースをかけていく。
なんだコレ。専門店の一品かよ。
「春馬さん、これ運んでくれる?」
「お、おう」
オムライスを乗せた皿を二つ、そしてサラダの小皿もテーブルに運んだ。すみれはスープを入れたカップを運んできて、二人でテーブルにつく。
ほかほかに湯気が立つオムライス。卵とデミグラスソースの香りが食欲をそそる。
「どうぞ」
「あ、うん。いただきます」
スプーンでひとすくい、口に入れた。
コクのあるソースの味と、ふわふわとろけるような卵の食感。
そしてライスは薄味のケチャップにバターの香りがふんわりしている。パラっとしていて全然ベチャついてない。
「う……」
旨いと言おうとしたけど、『う』しか言葉にならないくらい旨い。
思わずすみれの顔を見た。少し不安げな顔をしている。
「どう?」
「うん……めちゃくちゃ旨い」
「そっか。良かった」
すみれは満足そうにうなずいた。
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