第25話:誤解されるすみれ
すみれを追いかけて公園に入って、公園内を見回す。
隅っこの目立たない場所に、すみれとガタイのいい男子生徒はいた。俺が近づくと、何やら言い争っている声が聞こえた。
「ホントにダメなんかよ? 俺と付き合ってくれよ!」
「ヤダって何度も言ってるじゃん」
「なんだよ!
「違うって」
「じゃあいい。付き合ってもらうのは諦める」
すみれが告られて断わってる。
あんなこと言うから──ってなんだ?
俺は二人の方に向かってさらに近づいた。
「その代わり、付き合わなくていいからヤらせろ」
「やだ」
「はぁっ? おまえ、いつでもヤらせてあげるって言ったよな?」
あちゃ。そういうことか。
そう言えばすみれのヤツ、俺にもそんなことを言ってたな。
だけど、もう言わないって約束したのに。
他の人にも言わないって約束したのに。
「前はそう言ったけど気が変わった」
「はぁ? ふざけんなよてめぇ! 何でだよ?」
男子が手を伸ばしてすみれの手首を握った。
ヤベ。止めないと。
「離してよ! なんでって言われても……」
俺はかなり近づいたが、二人ともまだ気づいていないので、こちらから声をかけた。
たまたま通りがかったふりをしたらいいだろう。
「君たち、どうしたんだ? ケンカか?」
「は? オッサン誰だよ?」
「ああ、俺は……」
通りがかりの者だ──と言おうとした時。
「あ、気が変わった理由はね。彼氏ができたの。だからもう、ヤラせるなんてできない」
え……?
ええーっ!?
すみれが爆弾発言をした。
彼氏ができたってマジか?
そんなこと、コイツひと言も言ってなかったよな。
「テキトーなこというなよ春待!」
「テキトーじゃないし。マジだし」
「はあ? どこの誰だよ?」
──どこの誰だよ?
俺も彼と同じことを考えた。
「この人!」
すみれが人差し指をビシッと向けた先は──なんと俺だった。
──は?
「はあ? このおっさんが?」
オッサン言うな。
「なにテキトーなこと言ってんだ? お前バカか? たまたま通りがかったオッサンが彼氏だなんて、信じると思うか?」
「テキトーじゃない。この人があたしの彼氏。ねえ、春馬さん」
「え?」
この男子から逃れるためとは言え、なんてことを言い出すんだよすみれは。
「はあ? マジかよオッサン? 通りがかりじゃないってなら、この子の名前を言ってみろよ」
俺とすみれが恋人同士だなんて言ったら、色々と問題が……
あ。いや、大丈夫だ。
取材で俺はすみれは顔を合わせて、お互いに知っているということは学校公認のことだ。
だからもしも今回のことが誰か他の人の耳に入ったとしても、俺とすみれが恋人同士だなんてことは、トラブルを止めるための嘘だったと言えばいい。
「ああ、俺はこの子の恋人だよ。そしてこの子は春待すみれだ」
「なにぃ……」
男子生徒は悔しそうに、真っ赤な顔をしてる。
コイツ、ガタイは俺よりでかいし顔はいかついし、高校生とは言っても結構怖い。
頼むから、これで諦めてくれ。
これ以上深く訊かれたら、俺には上手く立ち回る演技力はない。
俺とすみれが恋人同士だなんて薄っぺらい嘘はすぐにバレちまう。
「くっそぉ! 舐めんなよおっさん!」
うわっ、なにすんだコイツ!?
男子生徒が両手を前に出して、すごい勢いで向かってくる。俺の胸ぐらに掴みかかってきた。
俺は無意識のうちに彼の手首を掴み、勢いを利用してそのまま流れるように一本背負いで投げた。
男子は身体が宙に浮いて、背中から地面に打ちつけられる。
「うぐっ!」
しまった。
高校生を投げ飛ばしちまったよ。
柔道なんて高校以来やってないけど、身体が覚えてたようだ。
「おい、大丈夫か君?」
立ち上がるのを助けようと手を伸ばす。
しかし男子はそれを無視して、自分で立ち上がった。
俺を睨んでいるが、少し怯えてるように見える。
「なあ君。そういうことだから、悪いけどすみれにはもう手を出さないでくれ」
「くそっ……わ、わかったよ」
男子は悔しげな顔をしながらも、そのまま踵を返して公園を出て行った。
大ごとにならずに済んでホッとした。
振り向くと、すみれはこわばった顔で立ちすくんでいた。
「大丈夫か? ケガはないか?」
「うん、大丈夫……」
「なあすみれ。だから言ったろ。ヤらせるなんて言ったら、勘違いする男がいるんだよ。もう言わないって約束しただろ?」
「違う。違うよ春馬さん」
すみれはなんだか訴えるような目をして、二、三歩近づいてきた。
「なにが?」
「春馬さんと約束してからは、そんなこと言ってない。彼には前に言ったことがあって……でもそのあと『やっぱヤダ』って言ったから、あたしが急に冷たくなったって思われた」
あ……そうか。
すみれは俺との約束を守ってたんだ。
でも、だから男が焦り出したってことか。
「そっか。疑って悪かった。すまん。とにかくすみれが無事で良かったよ。ホッとした」
「春馬さん……」
それまで気丈に振る舞ってたすみれが、突然情け無い顔をした。目が潤んでる。
あの気が強くて、いつも人を食ったような態度のすみれが。まさか泣きそうになってる?
「春馬さん……怖かったよ」
すみれは突然顔をコテンと前に倒して、俺の胸に押しつけた。肩が震えてる。
泣き顔を俺に見せないために、顔を俺の胸で隠してるのかもしれない。
公園内を見回すと、遠くに子供が何人かいるだけで、こちらに気を向けてる人はいない。
俺はすみれの肩を軽く抱いた。
「ああ、そうだな。もう大丈夫だ」
「うん。ありがとう春馬さん」
すみれはしばらく、そのまま無言で肩を震わせていた。
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