第23話:白澤さんとすみれの再取材

「わかった。ゲームさせてもらってる恩もあるから、春馬さんの言うとおりにする」


 すみれは赤い顔のまま、拗ねたように言った。


「お? そっか。ありがとう」

「あ、あくまでゲーム代がわりだからね。それ以上の理由はないから」

「おう。わかってる」

「だからこれから10年分のゲーム代ってことで」

「は?」


 10年分っ? いきなり大きく出たな。

 コイツ、いつまで俺んちにゲームしに来るつもりだ?


 でもそんなアホな話を、なぜか拗ねたように言うすみれがおかしくて、思わずプッと吹き出してしまった。


「わかった。了解だ」


 すみれはそのまま、ぷいと横を向いて、またゲームを始めてしまった。


 なんか俺、怒らせるようなことしたかな?

 そう思ったけど、それからのすみれは特に機嫌が悪いわけではなくて、普通の態度でゲームをしてた。

 だから、ちょっとした気まぐれなんだろうなって考えた。




***


 再取材と撮影の日がやって来た。


 その日は俺も青井もその前に別の仕事が入っていて、それぞれ別の社用車に乗って入間由いるまゆ高校に向かった。

 授業の終わりに合わせて、3時半から取材を始めるということで、現地待ち合わせということになっている。


 教職員用の駐車場に車を停めて、待ち合わせ場所である中庭に向かう。

 校舎と校舎に挟まれたそのスペースは、放課後ならあまり人がいないし、芝生や花の植え込みがあって、撮影するにも映えるからちょうどいい。


 俺がその場所に到着すると、既に青井と女子高生二人は来ていた。


 すみれを見ると、約束通りナチュラルなメイクだ。やはり少し幼く見える。

 それでもくっきりと二重の目はぱっちりしてるし、肌もすごく綺麗だ。

 制服も前回と違って、ネクタイもキチンと締めている。


 清楚で明るい女子高生。

 そんな感じ。

 一緒にいる白澤しらさわさんもさすがの美少女だけど、こうして見る制服姿のすみれは──





 ──あまりに可愛くて、その姿に思わず目を奪われた。





「お疲れ様です、綿貫わたぬき先輩っ!」


 青井の声で我に返った。

 ヤバいヤバい。

 ちゃんと仕事しなきゃ。


「お、おう。お疲れっ!」


 青井に手を挙げた後に、白澤さんとすみれに笑顔を向けた。


「こんにちは。二人とも、今日はご協力ありがとう」

「あ、いえ。どういましまして」


 おおっ。白澤さんの清楚な笑顔。

 やっぱり笑うとかなり可愛い。

 すみれはあんまり笑わないから、そこは負けてるな、うん。


「えっと……コホン。綿貫先輩?」


 うっかり白澤さんに見とれてしまってた。

 ヤバ。青井のヤツ、めっちゃジト目になってる。


「え? あ……二人とも、よろしくお願いしますね」


 これはきっと、すみれにも睨まれてるに違いない……

 そう思って、恐る恐るすみれを見た。


 あれっ?

 予想と違って無表情だ。

 良かった。またエロ親父って呆れられてるかと思った。


 ……ってホッとしてたら。


「コチラコソ、ヨロシクお願いシマス」


 うわ。

 すみれが、なんかエラく棒読みで挨拶してきた。

 ふと彼女の手を見ると、拳が赤くなるほど握りしめてる。


 これは……むちゃくちゃ怒ってるよな?

 ヤバいを通り越して激ヤバだ。


 俺とすみれの間の空気が張り詰めた──気がした。

 背筋がぞわっとして、ピキンと音が鳴るくらい背中の筋肉が固くなる。


「あ、はーい。こちらこそよろしくね、春待さん」


 ちょっと変な空気になったところに、幸いにも青井が横から口を出してくれた。


「じゃあちょっと追加の質問をしますねー 二人は将来の夢とか目標はなに?」


 良かった。

 張り詰めた空気が少し緩んだ気がした。

 よし、いい仕事をしたぞ青井。

 さすが俺の後輩だ。


 メモ帳を手にした青井の質問に、白澤さんが柔らかな笑顔で答える。


「私、将来は女優になりたいです」

「へぇ! 白澤さんならなれそう。なにかやってるの?」

「はい。歌や演技のレッスンに通ってます」

「すごいね。夢に向けてちゃんと行動してるんだ」

「はい」


 白澤さんは女優になるのが夢なのか。

 すごいな。

 この子なら実現可能な感じがする。


春待はるまちさんは?」

「あたしは特にない」


 すみれはぶっきら棒に答えた。

 そんな彼女を何げなく見てたら、俺の視線にハッと気づいたような顔をした。


「……です」


 ちゃんと対応しようとしてるんだ。

 案外真面目だなコイツ。


 インタビューを受けるのも俺が助かるからだって言ってたし、もしかしたらこれも俺に気を遣って、ちゃとしようとしてるのかもしれない。


「そっか。でも春待さん。そんな大げさなことじゃなくていいからさ、なにかこんな仕事に就けたらいいなぁ、みたいなものはない?」


 青井は諦めずに、すみれの夢を引き出そうとしてる。

 うん。ちゃんと仕事をしてるな。


 だけどそんな青井の問いかけにも、すみれはまた即答した。


「いえ、ないです」


 そんなすみれの肩を、横から白澤さんがポンと叩いた。


「あっ、そうだ。ほら、すみれちゃん。あれは?」

「あれ?」

「一年の時言ってたよね。小児科の看護師になりたいって」


 あ、そうなんだ。

 すみれの夢は看護師か。

 しかも小児科って、割と具体的だな。


「ああ……あれね。もう辞めた」

「え? なんで?」

「ん~、まああたしの柄じゃないし」

「そんなことないよぉ。すみれちゃん優しいし、合ってると思うけどなぁ」

「ま、まあ由美香ゆみか。その話はもういいじゃん。とにかくあたしは特に将来の夢はないってことで」


 そんな感じですみれは話を切った。

 なんで看護師になる夢は諦めたんだろう?


 そう言えば──


 すみれは俺の部屋にもう何度も来ている。

 だけどいつもゲームに関することとか、どうでもいいテレビの話とか、そんな雑談ばっかりしてる。


 すみれが何を考え、どんな家庭環境で、そして将来をどう考えてるのか。

 そんな話はほとんどしてこなかった。


 すみれは自分からそんな話はしないし、俺も変にすみれのプライベートに入り込まない方がいいって思ってた。

 でもホントにそれでよかったんだろうか。


 ふとそんな疑問が湧いた。

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