第22話:あの二人、可愛かったですもんねぇ

「先輩! 生徒への再取材の日程が決まりましたよ!」


 デスクでパソコン仕事をしてたら、青井あおい 加奈かなが声をかけてきた。


「いつ?」

「来週火曜日の16時からです」

「そっか、了解。カメラマンの手配は?」

「オッケーですっ!」


 相変わらず元気なヤツだ。

 校内の写真や、生徒の写真を綺麗に撮ってもらうために、撮影はプロカメラマンを手配するよう青井に言ってあった。


「何人くらい取材するの?」

「前の取材でほとんどの記事が書けるので、今回は目玉インタビューということで2人です。その子達は撮影もします」

「ほぉ」

白澤しらさわ 由美香ゆみかさんと春待はるまちすみれさんです」


 その名前を聞いて、思わずコケかけた。

 手がキーボードに当たって、ガチャンと音が鳴る。


「ど、どーしたんですか先輩っ! 大丈夫ですか?」

「お、おう。気にすんな。ちょっと手が滑っただけだ。それより、その二人は決定か?」

「はい。教頭先生を通じてオファーを出して、生徒さんのオーケーも出てますよ。インタビューも撮影も」

「そっか……」


 意外だ。あまりに意外だ。

 いつも何かと面倒くさそうな顔をするすみれが、取材と撮影までオーケーしたって?

 前回のインタビューも、あんなに面倒くさそうに答えてたのに。


「あ、でも春待さんって子。メイクきつめだったよな。高校受験生向けのサイトなんだから、あんまり良くないんじゃないか?」

「そうですね。メイク薄めにしてもらうよう、事前に言っときます。もしも嫌がったら、白澤さんの写真をメインで使いましょう」

「そ、そうだな」


 そんな話をしてたら、プロカメラマンが撮影したすみれの姿がふと頭に浮かんだ。


 しかも面倒くさそうなすみれじゃなくて、昨日見たナチュラルメイクで楽しそうに笑うすみれ。

 それはキラキラと輝くように綺麗なすみれだった。


「ポーっとして、どうしたんですか先輩? もしかして、またあの子達に会えて嬉しいとか?」

「は?」

「だってあの二人、可愛かったですもんねぇ~」

「えっ? そっかぁ? 俺は別にそうは思わんけど」

「ウソ。あの二人見て、可愛いって思わないなんて、先輩大丈夫っすかぁ? 誰が見ても可愛いっしょ」

「こら青井。喋り方!」

「あ、すみません……てへ」

「それな。てへペロもやめとけ」


 コイツは……

 成長したかと思ってたけど、まだまだ学生気分が抜け切らんのか。


「でも綿貫先輩。いくら可愛くても、高校生に手を出しちゃダメですよ」


 ドキリとした。

 いや、ドキリとする必要はない。

 手を出してなんかいないんだから。


 でもそんな会話を他の人が聞いたら、誤解されるよな。

 と思って周りを見回したら、他の社員達がこっちを見てる。うわ、やべ。


「こら青井! 変なこと言うな。周りに誤解されるじゃないか」

「あははー すみません~ さあ仕事仕事! うん、今日も空は青いかな!」


 ──ん?


 と思って窓から外を見たら曇ってる。

 なんだよ青井のヤツ。テキトーなこと言いやがって。


 なんかちょっとうろたえたような感じでガッツポーズする青井の背中を、俺は思わず眺めた。



***


 毎日俺が帰宅したらすみれがやってくる。

 俺が晩飯を食ってる間中すみれがゲームをしながら、取り留めのない会話を交わす。


 そんなのがすっかり日常になってしまった。


「なあすみれ」

「なに?」

「ウチの会社の再取材、受けてくれるんだって?」

「ん……まあね」


 すみれはゲーム画面を見たまま背中で答える。


「なんで受けた?」

「え……? なんでって?」


 すみれはゲームの手を止めて振り向いた。

 めっちゃ訝しげな顔してる。


「前のインタビュー、面倒くさそにしてたからさ」

「あ、うん。インタビュー受けた方が、春馬さんは助かるんでしょ」

「あ……俺のためか?」


 なんと。俺のことを考えてくれたのか。


「うん。ゲーセン代がわり」

「は?」


 なんだ。

 すっげえいいヤツかと思って損した。

 いや、でもまあ、ありがたいけどな。


「まあいい。ありがとう、って言っとく」

「どういたしまして。これで一年分のゲーム使用料はおっけと」

「はあ?」


 なんで一年分なんだ?

 まあいいや。どうせ適当に言ってるんだろ。


「ところですみれ。当日は今みたいなナチュラルメイクで来てくれって連絡あったか?」

「いや、ないよ」

「じゃあまた連絡あると思う。撮影当日はナチュラルメイクで頼む」


 この前ほぼスッピンで来てから、すみれは俺の部屋にはうすーいメイクで来るようになった。

 俺としてはこの方が可愛くていいと思うんだが。


「やだ」

「なんで?」

「そんなのあたしの自由でしょ」

「普段は個人の自由でいいけど、今回は学校の広告だからな」

「広告だったらなんでナチュラルじゃなきゃだめなの?」

「それは高校生らしくだな……」

「高校生らしくってなに?」


 くそ。突っかかってくんなよ。


「広告ってのは、不特定多数に向けて発信するんだ。ということは、多くの人々が一番好感を持つであろうイメージを出す必要がある」

「あたしのいつものメイクは、好感を持てないってこと?」


 うわ。すっごいジト目。

 そうじゃないんだよ。わかれよ。


「高校進学を控えた子を持つ親からしたら、ってことだ」

「ふぅん……じゃああたし、写真は辞退する」

「そっか。強制できるもんじゃないし、仕方ないけど……」

「けど、なに? そんなこと言いながら、やっぱ春馬さんも強制するの?」

「いや。すみれの意志を尊重したい。だから嫌なら辞退してくれてもいい。だけど俺の個人的な意見だが……」


 カメラマンが撮影した清楚で楽しそうに笑うすみれが、また頭にふわんと浮かんだ。


「なによ?」

「すみれは、ナチュラルなメイクの方がめっちゃ可愛いと思うぞ……」

「きゃわ……」


 すみれは変な声を出して、目をまん丸くした。

 やば。前も可愛いって言った時に、エロ親父って言われたんだった。

 しかも今回は『めっちゃ』まで付けてしまった。

 ちょっとごまかさなきゃ。


「そ、それにさ。プロカメラマンに写真撮ってもらう機会はなかなかないからな。記念になる」

「あ、わかった。春馬さん、あたしに仕事させようとして、上手いこと言ってるでしょ?」

「え? 違うよ。そんな商売っ気じゃない」

「じゃ、じゃあ本音?」

「ああ、そうだ。ナチュラルなメイクの方がめっちゃ可愛いって思ってる」

「くっ、クソっ……」


 は?

 すみれはなぜか悔しそうに顔をそらした。


「なんだよクソって。どういう意味だよ」

「え? あ……いいから。気にしないで」


 なんかさっぱり意味がわからんが。

 すみれは真っ赤になっていた。

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