第20話:いつもより幼く可愛く見えるすみれ

 俺は、LINEを交換してニヒと笑うすみれの笑顔をじっと見つめていた。今日はいつもと違ってスッピンだから、少し幼く、そして可愛く見える。


「え? あ、ど、どうしたの?」


 それまでスマホを見ていたすみれが、俺の視線に気づいて焦ったような態度を見せた。そしてすぐにギョロっと睨む。


「なに? あまりにあたしが可愛くて、見とれてる?」

「えっ? ああ、今日はスッピンなんだなって思って」

「あっ……」


 すみれは今気づいたみたいで、両手を頬に当ててる。


「ちょっと帰って、メイクしてくる」

「別にいいじゃん。家の中なんだから」

「ヤダ。それに服も部屋着のままだから着替えないと」


 ──は?


 Tシャツにショートパンツで、いつも通りだよな。何を言っとるんだ?

 それに変に強めのメイクするよりも、スッピンとかナチュラルな方が、すみれは可愛いよな。


「いや。メイクは薄めの方がいいと思う」

「は? なんで?」

「その方が可愛いから」

「へ?」


 ──あ、しまった。


 ついつい思ってたことを口にしてしまった。

 ヤバい。可愛いだなんて言ったら、またエロおやじだってキモがられるぞ。


「なっ……なに言ってんの、エロおやじ!」


 ──あ、やっぱり。


 すみれは顔を真っ赤にして、身体を翻して、玄関に向かって走り出した。洋室のドアを開けようとしてレバーを握るが、手を滑らせてガコンと空振りする音が鳴った。


 すみれのヤツ、めちゃくちゃ焦ってるみたいだ。俺の言葉に、セクハラだって怒ってるに違いない。ちょっとヤバいな。


「あの、すみれ……」

「とにかく着替えて来るから」


 今度はちゃんとドアを開けて、振り向きもせずにすみれは出て行った。


 顔を真っ赤にしてるし、怒ってはいるんだろうけど……着替えて来るって言ったから、すみれはまた戻ってくるんだよな……


 ん~どうしよう。可愛いだなんて言ってしまったことを、やっぱ謝った方がいいんだろうか。


 俺はどうしたもんかと迷った。



***


 10分ほどして、すみれは戻って来た。

 玄関の鍵は閉めてなかったから、彼女は勝手にドアを開けて洋室まで入ってきた。


 ──あれっ?


 顔を見るとほぼスッピンだ。ちょっと唇が艶々してるから、リップを塗ってるくらいか。

 服装は指まで隠れる長袖Tシャツに、黒いフレアのミニスカート。シャツもスカートもちょっとお洒落な感じで、いつもよりもよそ行き感が出てる。


 さすがに美形なすみれがこんなカッコをしたら、めちゃくちゃ可愛い。


 ──あ、いかん。


 くそガキなのに、可愛いって思ってしまった。

 だけど、うーむ……可愛いことは確かだな。


「春馬さん。なにじっと見つめてるの?」

「あ、すまん……」

「あたしが可愛すぎて、思わず見とれちゃったか」

「あ、いや……」


 すみれの言うとおり見とれてた。

 それを素直に認めるのは悔しい気もするけど、俺は大人だ。変に意地を張るのはやめよう。


「そうだよ」

「ふぁっ?」

「ん? 変な声出してどうした?」

「だって春馬さんがそんなに素直に認めるなんて驚いた」

「バカやろう。俺は大人だ。悪いものは悪い、良いものは良いって、素直に認めるんだよ」

「ふぅん……」

「すみれはそれくらいのメイクの方が可愛いし、服装もいいじゃないか。お洒落だ。まああくまで俺の個人的な感想だけどな」

「え? あ? そ、そこまで褒める?」

「ああ、悪いか?」

「いや、悪くはないけど……」


 すみれは髪をワチャワチャといじりながら、今まで見たことがないくらい顔を真っ赤にしてる。まさに熟れたトマトみたいってヤツだ。


 でも普段はスレたような態度が多いすみれだから、まさかここまで照れるとは思ってなかった。

 こういう姿を見るとやっぱ高校生なんだなって感じ。

 なおさら可愛く見える。


 すみれはあまりに恥ずかしいのか、あっちを向いてゲーム機の電源を入れて、そのまま座って『あつみん』をやり始めた。


 俺には背を向けて無言。


 ──まあいっか。


 そう思ってしばらくすみれがゲームするのを眺めていた。

 でも、よくよく考えたら、いつもコイツがゲームするのを眺めてるばっかだよな。


 ここは俺の部屋だぞ。決して無料のゲーセンじゃない。『あつみん』は俺もやってみたいと思ってんだよなぁ。


「なあすみれ」

「なに?」


 相変わらず背中で答えるすみれ。


「たまには俺にもゲームさせてくれ。見てるばっかじゃ面白くない」

「ん?」


 すみれはゆっくりと振り返った。


「やりたいの?」

「おう。やりたい」

「わかった」


 素直にすみれはコントローラーを差し出した。意外だ。

 俺はすみれの横に座り込んで、コントローラーを受け取る。そして自分のキャラを設定して、新しいゲームをやり始めた。


 横ですみれが画面を眺めてる。二人並んでゲームをするなんて、なんか不思議な感じ。


 しばらく俺はゲームに集中してた。ふと気がついて横を見ると、すみれは眠そうな顔をしている。


「すみれ、眠いのか? 寝不足か?」

「え……? あ、うん」


 ちょっと寝ぼけた感じ。

 

「春馬さんのせい……」


 ──え?


 寝不足が俺のせい?

 昨日は怒りでなかなか眠れなかったってことか。


「すまんな。そうだ、コーヒー飲むか?」

「あ、うん」


 すみれは眠そうな顔のまま、コクリとうなずいた。それを見て、立ち上がってキッチンに行く。

 俺は料理はいい加減にしかできないけど、コーヒーを淹れるのは好きだ。

 お湯を沸かしてハンドドリップで二人分のコーヒーを淹れた。


 両手にカップを持って洋室に戻ると、なんとすみれは寝転がってた。顔を覗き込むと、すやすやと寝息を立ててる。


「おいすみれ」


 声をかけたけど、起きる様子はない。よっぽど疲れてるんだろうか。このままにしとくか。


 そう思った時に、すみれはガバッと片脚を上げて、大きく寝返りを打った。

 うわ、思わずミニスカートの中がチラッと見えた。白色の……


 ──あ、いやいや。落ち着け。


 くそガキのパンツが見えたところで、何がどうだと言うんだ。それよりも、コイツ風邪ひきやしないか?


 ベッドから毛布を引っ張ってきて、すみれの身体にかけた。

 それでも起きることなく寝てやがる。


 ほとんどスッピンの気持ちよさそうな寝顔。

 すやすや~って感じ。


 ん……

 改めて見たら、やっぱこいつ可愛いな。


 すみれの穏やかな寝顔を見てると、なんだかすごく癒されるような気がした。

 俺はすみれの寝顔を、しばらくぼーっと眺めていた。

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