第17話:コンビニ弁当ばっかじゃ身体に悪いよ
***
それから翌日、翌々日と毎日のように、俺が帰宅してしばらくすると、すみれは我が家にやって来た。
俺がコンビニ弁当を食ってる横で、黙々とゲームをする。俺が飯を食い終わった後は、ポツリポツリと大して中身のない会話を交わす。
そして一時間ほどゲームしてすみれは帰って行く。
そんなことが毎日続くと、まるでそれが当たり前の日常のように感じるから不思議だ。
「春馬さん。コンビニ弁当ばっかじゃ身体に悪いよ」
今日の帰り際、すみれはそんなことを言った。
「そうかもな。でも仕事のある日は、飯作んのは面倒なんだよ」
「ふぅん。じゃあ明日は、ウチで晩ご飯作って持って来たげる」
「おいおい。親に怪訝に思われるぞ」
「大丈夫。いつも平日は、お母さんが仕事から帰って来る前にあたしが作ってるから」
「あ、そうなのか。えらくサービスがいいな。いつもここでゲームをやってるゲーセン代代わりか?」
「まあね。そんな感じ」
さすがにすみれも、この状況は悪いなと思ってるってことか。案外可愛らしいとこがあるじゃないか。
「そっか。じゃあそうしてくれ」
「うん」
「でもあんまり気を使わなくてもいいぞ。明日だけでいいから」
「ふぅん。春馬さん、案外優しいとこがあるんだ」
──え?
俺が考えてたのとおんなじようなことを言われた。
「案外は余計だ」
「案外だから案外だよ」
すみれはなんだかふてぶてしくそう言った。
それからしばらくして、すみれはゲーム機の電源を落として立ち上がった。
「じゃあ今日は帰る」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「え?」
すみれはきょとんとして、それからプッと吹き出した。
ついつい決まり文句で言っちゃったけど、隣なんだから気をつけるもないか。言った俺もおかしくなる。
「じゃあね春馬さん。バイバイ」
「あ、ああ。バイバイ」
すみれは「ククク」と笑いを噛み殺しながら帰って行った。
***
翌日。金曜日の昼過ぎ。
青井が完成させた提案書を携えて、俺と彼女は『ぬる高』の教頭室を再訪した。
「わかりました。よろしくお願いしますね」
提案書をしっかりと説明した後、教頭先生はそう言って、発注書に印鑑を押してくれた。
正式に言えば、学校法人
締めて500万円の大型受注。
それが正式に成立したのだった。
その日の仕事が終わって、そろそろ帰ろうかという頃、青井が声をかけてきた。
「
「は? なんの話だ?」
「成果が出たら奢ってくれるって約束したじゃないですか。ちょうど明日は土曜日で休みだし。食事行きましょうよ」
ああ、そう言えば。
そんな約束をしたよな。
「おお、そうだな。行こっか」
「やったぁ~!」
青井はショートヘアを揺らしながら、可愛くガッツポーズをする。
「あ、ついでに先輩の引越し祝いも兼ねましょうね」
「なんで俺のはついでなんだよ。まあ祝いなんて、してもらう気は最初っからなかったからいいけど」
あ、そう言えば。
今日は晩飯を届けてくれるってすみれが言ってたな。
まあでもいいか。
明日は仕事が休みだし、明日の昼に食えばいいな。一晩くらい腐らないだろ。
俺はそう考えて、青井と契約の祝勝会に行くことにした。
***
「綿貫先輩。新居はどうですか?」
ちょっとお洒落な居酒屋で飲んでたら、青井がそんなことを訊いてきた。
「え? ど、どうって?」
新居という言葉にすみれの顔が浮かんで、ちょっとキョドってしまった。
「もう綺麗に片づきましたか?」
「あ、ああそれな。元々ほとんど荷物はないからさ。あっという間に片づいた」
「そうですか。良かったです。心機一転できそうですか?」
俺が失恋をきっかけに引越したことは、青井には言ってある。
「ああ、もう大丈夫だ」
そう言えば、引越ししてからあんまり
「綿貫先輩はいつも前向きですもんねぇ」
「そうだな。『前向きに行こーぜ』が俺のポリシーだ」
「私も賛成です」
青井はそう言って、少し酔って赤らんだ顔で目を細めた。
***
居酒屋を出て、俺は帰路に着いた。
青井は「明日は休みなんだから、もう一軒行きましょーよ」と言った。
だけど俺も青井も結構酔ってる感じだったし、俺は「またの機会にな」と言って、今日は帰ることにした。
最寄り駅から我が家に歩いてる時にふと思い出した。
そういや、すみれが晩飯を届けるって言ってたんだった。玄関先にでも置いてくれてるんだろうか。
それとも玄関ドア横にパイプスペースがあるから、その扉の中に入れてるかもしれない。宅配便業者なんかがよく使うスペースだ。
夜道を歩いて、我が家のマンションが見えるところまで来た。
白い外壁のマンション。
そのエントランスの横に、Tシャツ姿で細身の女の子が、壁に背を預けて立っていた。手にはビニール袋を下げている。
──ん?
すみれか?
なんであんなとこにつっ立ってんだ?
俺が近づくと、すみれはギロっと怖い目で俺を睨んだ。
「遅いよ春馬さん。なにしてたの?」
開口一番。とても不機嫌に言い放ったすみれに、俺はドキリとした。
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