第16話:俺の行動はすみれに筒抜け?

「わかった。言うよ。あたしの家はね……この隣の部屋」

「は……? えっと……今、なんて言った?」


 すみれの言葉に、俺は耳を疑った。

 すみれの言うことがよくわからない。

 空耳か?


「やっぱ春馬さんっておじいちゃん? 耳遠い? あ、た、し、の、家、は、こ、の、と、な、り」

「いや、そうじゃない! 意味がわからん。すみれの家族はワンルームマンションに住んでるのか?」

「違うよ。このマンションはね、各階一番端の1号室だけは家族向けなんだ。2DKって言うの? そこにお母さんと二人で住んでる。他の三室はワンルームだけどね。優樹ゆうきさんがそう言ってた」


 ああ、そういうことか。ようやく理解できた。


 だけどすみれの家は、俺の部屋の隣だって?

 そっか。そういうことか。今まではお隣さんだから、橘さんの部屋によく遊びに来てたってわけか。

 

「だからね。もしかしたらあたしのお母さんと顔を合わすこともあるかもしんない。だけどあたしのことは知らないふりをして欲しいんだ」


 すみれは固い顔をしている。いつものような、からかう感じはまったくない。

 確かに一人暮らしの男の部屋に遊びに行ってるなんて、親には言いにくいよな。俺だって部屋にすみれを入れてることを親に知られたら、何を言われるかわからない。


 すみれはそれでもこの部屋に来たがってる。ここがオアシスのような場所だと言ってた。

 何か訳ありな感じがする。きっと母親とうまくいってないんだろう。


「ああ、わかったよ。そうする。約束は守るから安心してくれ」

「ありがと春馬さん」


 すみれはほっとしたような表情を浮かべた。

 いつもの強気な彼女と違って、一つ間違えば崩れ去りそうなか弱い存在。

 そんなふうに感じた。


「ところですみれ。そもそもお前の親は、こんな夜に出歩くのをなんも言わないのか?」

「大丈夫。それはお母さんも認めてる。って言うか、あの人はそんなこと、どうでもいいんだよね。まあここに来てることは言ってないけど」


 すみれはちょっと投げやりに言った。


 すみれの目をじっと見る。

 適当に言ってる感じはない。彼女が夜に出歩くことを、親が認めてるってことに嘘はなさそうだ。


「お父さんは?」

「中学の時に離婚したからお母さんと二人暮らし」


 そっか。そうなんだ。

 俺も両親は離婚してるし、俺と同じか。

 

「わかった。それならいい。それにしても隣に住んでいるなんて、思いもよらなかった」

「でしょ。あはは」

「あ、だからか。この前も今日も、俺が会社から帰ってきたのに合わせてタイミングよく来たのは」

「あたしの部屋は廊下に面したとこだから、窓を開けとけば春馬さんが帰ってきたのがわかる」

「なるほどな」


 でもある意味ちょっと怖いな。

 俺の行動がすみれに筒抜けだってことか。


「ということで春馬さん。鍵貸して」

「は? 何が『ということで』だ?」

「あたしが何者かわかったから、もう大丈夫でしょ」

「なんでだよ。隣に住んでいるからって鍵を渡す理由にはならない」

「ぶぅぅっ」


 うわ。めっちゃ不機嫌な顔。こわ。

 だけどそんな脅しに乗る俺ではない。


「そんなにあたしが信用できない?」

「そういうことじゃない。男が部屋の鍵を女に貸すってのは、特別なことなんだよ」

「へぇ。くそガキだなんて言いながら、あたしを女だって見てるんだ」

「は? あ、いや。小学生だって女は女だ。それ以上でも以下でもない」

「うぐっ……エロおやじのくせに」


 すみれはすごく悔しそうな顔で、『エロおやじ』のところを嫌味たっぷりに吐き捨てた。

 ガキのくせに、そこまで悔しがるなよ。


「この場合エロおやじは関係ない」

「ふぅん。自分がエロおやじだって認めたんだ」


 ──あ。今の勝ち誇ったような顔はなんだ?


 ムカついたぞ。


「認めるかよ! このくそガキが!」

「あたしだってくそでもガキでもないし」

「うっせぇ!」

「そっちこそうっせぇよ。ウザっ」


 お互いにフンフンと荒い鼻息を出しながら睨み合う。

 ホントくそ腹立つヤツだ。


「そんなこと言うなら、この部屋に入る許可を取り消すぞ」

「あ、強権発動。自分こそ大人のくせに子供みたい」

「うぐぅ……」


 確かに一度約束したことを、腹立ち紛れに取り消すのは大人げなかったな。

 我に返ったら、いい歳こいた大人が高校生相手にマジになってる滑稽さに気づいた。


「わかった。取り消さない。だけどあんま長居はするな。ゲームを一時間やったら帰れ」

「え? もうちょっといいでしょ」

「ダメだ。親が何も言わないってのはわかったけど、それでもあんまり遅い時間まで高校生を居させるわけにはいかない」

「むぅぅぅ……」


 今から一時間と言えば八時。これくらいなら、まだ常識の範囲内だろう。


「わかった。その代わり毎日来るから」

「は? 毎日?」

「何かご不満でも?」

「ご不満あるに決まってんだろ。俺は会社から帰ってきて、のんびりしたいんだよ」

「じゃあもうちょっと遅い時間に来るようにする」


 いや。あんまり夜遅くに女子高生がここに入りびたる方が、何かとマズい気がするな。

 一時間くらいで帰ってくれるなら、まあ良しとするか。


 それにコイツもこんなことを言ってるけど、用事もあるだろうし、ホントに毎日は来ないだろうし。


「いや、今みたいな時間の方がいい。あんまり遅いのはダメだ」

「じゃあそうする。それで毎日」

「ん……そうだな。わかった」

「よし。それで良しとしてやる」

「なに偉そうに言ってんだよ。俺の部屋だぞ」

「ふぁーい」


 ちゃんとわかってんだかどうなのか。

 すみれは気のない返事をして、またゲーム機に向かってしまった。


 ホントにコイツ、俺の部屋を無料のゲーセンにするつもりかよ。


 でもすみれが初めて来た日は、なんだかんだと粘って夜の十時くらいまでここに居た。それに比べたら、コイツもずいぶんと素直になったもんだ。


 ──すみれの華奢な背中を見つめながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。


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