第15話:なぜか不機嫌なすみれ

**


「あ、そうそう春馬はるまさん」

「ん? なんだ?」


 俺が弁当を食い終わって空容器をゴミ箱に突っ込んでいたら、突然すみれはゲームをやりながら声をかけてきた。


「また春馬さんの会社の取材を受けてって、先生から言われた」

「ああ、そうか」


 青井はもう学校にその連絡をしたんだ。仕事が早いな。


「それって、春馬さんがまたガッコであたしに会いたいから?」

「は? なんでそういう発想になるんだ?」

「あたしの制服姿が可愛くて、また見たいんでしょ。エロおやじだから」

「アホか。たまたまだ」


 ──なんて言ったけど、確かにすみれの制服姿が可愛かったのは間違いない。


「たまたま? ってことは、別にあたしじゃなくてもいいってこと?」


 すみれはゲームの手を止めて振り向いた。

 ギロリと睨んで目の圧がすごい。


「あ、いや。そういうわけじゃない」

「じゃあどういうわけ?」

「すみれと白澤さんの意見が的確で良かったからさ」

「へえ。あたしも由美香ゆみかもイケてたってこと?」


 すみれはちょっと嬉しそうに、ニヤッと笑う。


「まあそうだな。だからその二人に再取材をお願いしようって青井が言ったんだよ。青井がすみれと白澤さんのことを褒めてたぞ。意見が的確だって」

「青井さんが?」

「うん」

「ふぅーん……」


 なぜだかわからんが、すみれは急に不機嫌になった。笑ったり怒ったり忙しいヤツだな。

 なんで褒めてもらったのに不機嫌になるんだよ。ワケわからん。


「春馬さんが評価してくれたわけじゃないんだ」

「あ、いや。俺も思ってるよ。すみれの返答は良かったって」


 俺は取材を青井に任せてたから、ぼそぼそと話すすみれの意見はよく聞こえなかった。だけどそんなことを、こんな不機嫌な顔をしたヤツに正直には言えない。


「ふぅん。なんかテキトー」

「そんなことないって」

「なんかムカつく」


 ヤベ。なかなかするどいなコイツ。

 今後は、あんまり適当なことは言わないようにしよう。


 もしかしてすみれは、俺にも褒めてもらいたかったのか?

 自己承認欲求強めかよ。青井が褒めたんだからそれで満足しろよ。どうせ俺の言うことなんか、いつもまともに聞かないくせに。


 すみれはしばらくジト目を俺に向けていたが、そのうちまたテレビの方を向いてゲームをやり始めた。

 視線の圧から解放されてホッとする。


「あ、ところでさ、すみれ」

「なに?」


 背中を向けたまま、なんだか素っ気ない口調。

 やっぱなんか不機嫌だな。


「お前の家はどこなんだ?」

「すみれちゃんの個人情報は個人情報保護法によって保護……」

「そのギャグはデジャブだ。もういい。ちゃんと答えろ」

「なんで? あ、わかった。家に来てあたしを襲うつもりか」

「アホか。なんでわざわざ家に行ってすみれを襲うんだよ? 襲うならここで襲ってるつぅーの」

「え? あたしここで春馬さんに襲われちゃうの?」

「はいはい。だから笑えないギャグはもういいから」


 俺は片手をひらひらと振って相手にしない。

 それを見てすみれは、頬をプクッと膨らませた。


「ええーっ? 春馬さん、ノリ悪ーい」


 唇を尖らせてそんなことを言う。


 ──あれ?


 すみれって、今までもっとダルそうって言うか拗ねてるって言うか、そんな感じだったよな。

 なんだろ。今日は機嫌がいいのか、いつもよりちょっとリアクションが明るい感じで可愛い。


「どうしたんだすみれ。何かいいことでもあったのか?」

「え? なんで?」

「いや、なんかさ。ちょっと機嫌がいいみたいだなって思った」

「べ、別にっ」

「なんだよ別にって」

「あ、えっと……この部屋に来ることを認めてくれたから」

「そんなに嬉しいんだな」

「は? そんなにって何? ちょ、ちょっとだけ」

「ふぅーん。そうなのか。ちょっとだけね」


 すみれは怒ったように視線をそらした。顔がちょっと赤い。

 ん……まあ、どうでもいっか。

 そんなことより話を戻さなきゃ。


「ノリなんかどうでもいい。真面目に答えろ。すみれの家はどこだ?」

「なんで……そんなこと訊くの?」


 すみれは俺の真意を探るように訊いてきた。

 俺が急にこんなことを訊くから警戒してるんだろう。


「心配すんな。親に連絡するようなことはしない。だけどな、俺だってどこの誰かわからんヤツを家に入れるわけにはいかん」

「え? だって学校がわかったからいいじゃん」

「どこから来てるのかまったくわからないのは、なんとなく気持ち悪いっていうか、落ち着かないんだよ。どの辺りから来てるかだけでも教えろ」

「謎の女……ってのもよくない?」


 なんなんだよ謎の女って。アホか。


「よくない!」

「即答か」

「即答だよ!」

「むううっ……」


 すみれはそれきり黙って、俺の顔を見つめてる。

 どうするか迷ってるみたいだ。だけど俺も譲らない。絶対に教えろとばかりに睨み返した。


 すみれはやがて諦めたように、ふうと息を吐いた。


「わかった。部屋に遊びに来てる女が、どこの誰だかわからないのは確かに気持ち悪いもんね」

「そういうことだ」

「だけど春馬さん。一つだけ約束して」

「ん? なんだ?」

「絶対にウチの親には、あたしと知り合いだってことは言わないでほしい」

「ああ。さっきも言ったように、絶対に連絡するなんてしない」


 すみれも心配症だな。わざわざ親に会いに行ったりするわけがない。


「わかった。言うよ。あたしの家はね……この隣の部屋」

「は……? えっと……今、なんて言った?」


 すみれの言葉に、俺は耳を疑った。

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