第13話:断じて胸は揉んでない
仰向けの俺の上にすみれが乗っかって、脚と脚も絡んでる。こりゃあヤバい態勢では!?
「
「あ、いや。そんなつもりはない! それに下になってるのは俺だ」
俺が下で良かった。乗っかってるのが俺なら、完全に襲いかかってる絵面だ。
「だけど……手」
「あ……」
すみれの身体を支えている俺の両手が、すみれの胸を押さえたままだった。慌てて手を引っ込める。
「すまん」
「春馬さんに胸揉まれた」
「揉んでねぇだろ! 人聞きの悪いこと言うな! すみれを支えただけだ!」
「手がヤらしく動いてた」
「動かしてねぇー!」
断じて手は動かしてない。
それははっきりと言える。
だけど手のひらには、すみれの胸の柔らかな感触は残ってる。見た目も大きいが、想像以上にふくよかだった。
──あ、いやいやいや。
そんなことは考えるな。
「やっぱヤりたいの?」
身体を起こしたすみれがそんなことを口にした。
「は? 前から言ってるだろ。お前みたいなガキになんか……」
──ん?
偉そうなことを言ってる割に、すみれは耳まで真っ赤っかだ。それに肩がふるふると震えてる。
まさか……恥ずかしがってる?
前に俺が挑発した時も震えてたし、コイツもしかして……
「なあすみれ。偉そうに言ってるけど、お前ホントは処女なんじゃないのか?」
「うぐっ……」
──あ。目をそらした。
もしかしてビンゴか?
「そ、そうだよ」
「は?」
やっぱそうか。
どうりで今まで、口にするセリフとコイツの態度に違和感があると思った。
「じゃあなんでそんな、ヤらせるなんて軽々しく言うんだよ?」
「別に」
「別にじゃねえ。処女のくせに、そんな軽々しいことを言うな」
「処女になんて、なんの価値もないでしょ。エロおやじは処女が好きかもしんないけどね。あはは、なんなら今からホントにヤる?」
なにを言っとるんだコイツは。
すみれの投げやりな感じに、なぜか無性にムカついた。
「アホかっ! 俺は処女厨じゃないから、別に処女であろうがなかろうがどっちでもいいよ。だけどな。そんな自分を粗末に扱うような態度がムカつくんだよ!」
「なんでよ。あたしがどんな態度だって、春馬さんには関係ないでしょ」
「はぁ? 関係あるだろ。俺の部屋の中にいて、そんなこと言うか?」
「だって春馬さん、さっき赤の他人だから二度と来るなって言った!」
すみれが急に大きな声を出した。
今まで気だるそうな感じとか、つっけんどんな態度はたくさん見た。だけどコイツがこんな風に怒るのは初めてだ。
「赤の他人っていいながら、関係あるってどういうこと!? そんなこと言うなら、またここに来ることくらい認めてよ! ホンっとに大人って勝手なんだからっ!」
そこまで一気に怒鳴ってから、すみれは「ふぅ……」と大きく息を吐いた。
「もう……いいよ」
投げやりに言うすみれの目は、なんとなく潤んでるように見える。
コイツ、やっぱ何かこの部屋に来たがる事情があるんだな。あんまり
ここに居場所が無くなると、すみれはまた変な所に居場所を求めるかもしれない。もしくは居場所を無くして、心の平和が保てなくなるとか。
「あのさすみれ。赤の他人だなんて言ったのは悪かった。謝る」
「え?」
「変なきっかけではあるけど、たまたまこの部屋で俺とすみれが顔を合わせた縁はある。袖振り合うも多少の縁って言うからな。少しは縁があるってことだ」
「春馬さん……」
すみれは俺の顔をじっと見つめてる。少しはホッとしたのかもしれない。それとも俺がカッコいいことを言ったから感心してるのか?
「
「は? ……そうなの?」
全然知らなかった。
せっかくカッコいいことを言ったつもりが、めちゃくちゃカッコ悪りぃ~っ!
恥ずかしくて顔が熱い。
きっとさっきのすみれぐらい真っ赤になってるに違いない。
「プッ……」
すみれが口に手を当てて吹き出した。
くそガキに笑われた。
「まあいいよ。春馬さんなりに優しい言葉をかけようとしてくれたのはわかるから」
あ、いや。完全にバカにされてるよな?
うわ、めっちゃ恥ずい。
それにしてもコイツ、勉強とか嫌いそうだけど案外頭がいいんだな。三流大学出の俺なんかより、よっぽど勉強ができるかもしれん。
「あのな、すみれ。またここに来たいんなら、軽々しく『ヤる?』なんて二度と言うな。それを約束できないなら、お前はこの部屋に入れない」
「え? 約束したら、入れてくれるってこと?」
「あ、ああ。そうだな」
「ん……わかった。『ヤる』とか言わない」
「俺の前でだけじゃないぞ。他の男にも絶対に言うな」
「それって春馬さんの独占欲ってヤツ?」
「はぁっ!? なに言ってんだお前。今の話の流れでそうじゃないってことはわかるだろっ!? 」
「冗談なのにいちいち怒らないの。春馬さんの方こそガキか!」
「は……?」
あ。またからかわられた?
ああっ、もうっ! くそ腹立つ!
やっぱりこの部屋に来ることは認めないっ!
──って言ってやろうと思った瞬間。
すみれはフッと穏やかな笑みを浮かべて。
「春馬さん。ありがと」
少し照れ臭そうにそう言った。
鼻の頭をポリポリ掻いてる。
今まで見たことのない素直な笑顔。
こういう顔をしたら、コイツもすごく可愛いのに、なんて思った。
すみれのそのふわりとした笑顔を見てると、部屋の中に優しい風が吹いた──ような気がした。
「あ、そうだ春馬さん。勘違いしないように一つ言っとく」
「なんだ?」
「この部屋に来たいのはゲームをしたり息抜きをしたいからだよ」
「ああ、わかってるよ。なんでわざわざそんなことを言うんだ?」
「わかってるんならいいよ。あたしが春馬さんに会いたいからだなんて、もしかして春馬さんが勘違いしてたらキモいからね」
「は? そんな勘違いはしてねぇよ」
なに言ってんだこいつは。
これだけウザそうな顔してるすみれだ。
そんなふうに思うわけはないだろう。
「じゃあいいや。──というわけで、鍵貸して」
「それはダメだ」
「ケチっ!」
「ケチとかそういう問題じゃない」
なんだよ。せっかくちょっとすみれを見直しかけたのに。やっぱとんでもないヤツだ。
「いや、ケチだよ」
「そうじゃない。今日はもう帰れ」
「ええーっ?」
「いやお前。さっきはもう帰るって言っただろ?」
「でも……」
眉間に皺を寄せて不満げなすみれ。
だけど俺も譲らない。
結局この日は、すみれが不満そうに頬をぷっくり膨らませながらも、鍵を渡すことなく帰って行った。
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