第11話:ドアスコープから覗く女
***
その日の夜。仕事から帰宅して、買ってきたコンビニ弁当を電子レンジに突っ込んだ。仕事が終わった後は料理が面倒なので、コンビニ弁当が多いのだ。
その時玄関のチャイムが鳴った。
誰だよこんな夜に。
すみれは昨日、『もう二度と来ない』と約束したから、違うだろうとは思うものの絶対とは言えない。嫌な予感しかしない。
前にすみれが来た時は『追われてる』とか言われて、うっかりドアを開けてしまったからな。念には念を入れないと。
そう思って玄関ドアのスコープを覗いた。
「おわっ!」
スコープから見えたのは、魚眼レンズのように丸く膨らんだすみれの顔のアップ。
びっくりして転びそうになって、横の下駄箱に手をついたらガタンと音が鳴った。
声も出してしまったし、気配がバレたかもしれない。でも、だからと言ってドアは開けないぞ。
それにしても俺が帰宅した、ドンピシャのタイミングで来やがって。まさかすみれのヤツ、待ち伏せしてたのか?
──と身を固くして構えてたら、再びチャイムが鳴った。
もう一度、恐る恐るドアスコープを覗く。
今度はギョロリとした大きな目が写っていた。
何をやっとるんだコイツは。なんでドアスコープを覗き込んでるんだ? 外からは何も見えないだろ。
おかしくて吹き出しそうになるが、我慢して飲み込んだ。
それにしてもコイツ。昨日は『二度と来ない』って断言したくせに、とんでもない大嘘つきだ。
もういい。ほっとこう。
今度チャイムが鳴っても、もうスコープも覗かないで放置してやる。
そう考えて、玄関を離れて洋室に行こうとしたその時。ドアをガンガンとノックする音が聞こえた。
ノックと言うのか、これはもう『叩いてる』っていう感じだ。ヤバいだろ。
俺は思わず、もう一度ドアスコープを覗き込んだ。するとすみれは、文字を書いたメモ用紙を目の前に突き出している。
えっと、内容は……
『開けてくれなきゃ、「この部屋の人に襲われましたー」ってここで大声で叫ぶから!』
──は? 叫ぶ? そりゃ困る。
俺は思わず内鍵のサムターンを回してドアを開けた。その瞬間、ドアの隙間からすみれが身体を滑り込ませる。
「ありがと」
ひと言だけ言ったすみれが素早く靴を脱ぐ。
──ありがと……?
呆然としてる俺を尻目に、廊下をズンズン進んで洋室に入って行った。
「おい、ちょい待て!」
俺は慌てて鍵をかけて、すみれを追いかける。洋室に入ると、すみれはこちらを向いて立っていた。
前に見たような、Tシャツにショートパンツスタイル。まるでちょっと近所のコンビニまで行きました的な服装だ。
コイツ、ホントにどこから来てるんだ?
なんて思って身体を見たら、胸の豊かな膨らみが目に飛び込んできた。
あ、ヤベ。視線をそらさなきゃ。
「はい、待ちました」
「は? 部屋に入って待っても意味がない。何を考えてるんだお前は?」
「色々」
そりゃ、色々考えてるんだろうけど。
俺が言いたいのはそんなことじゃない。
「あんなメモを見せるなんて、わざわざ準備してたのか?」
「うん。頭いいでしょ?」
「アホか。それよりすみれ。昨日、二度と来ないって言ったよな? もう約束を破るのか?」
「昨日は、『"今日は"もう二度と来ない』って言った。日付けが変わったから来た」
「は?」
なんか俺、すみれと話すようになってから『は?』って声をよく出すようになった気がする。それだけコイツが予想外の動きをしてるってことだ。
「騙したな?」
「騙してない。"今日は"を少しちっちゃい声で言っただけ」
「それを騙したって言うんだよ」
「違うね。春馬さんの耳が遠いだけ。おじいちゃんだから」
「しばくぞ」
「ほらほら、女子高生相手にそんなにマジにならないの。春馬さんは大人なんだから」
「うぐぅ……」
ああ言えばこう言うヤツめ。
「何しに来たんだよ?」
「あ、そう言えば、今日は奇遇だったね」
またコイツ。俺の質問をシカトしやがったな。
「すみれって本物の女子高生だったんだな」
「そうだよ。初めからそう言ってるし」
「半分しか信じてなかった」
「信じろ」
「なんだよ信じろって。もう信じてるよ」
「ところで春馬さんに最近まで彼女がいたってホントだったんだ」
「だからそう言ったろ。信じてなかったのか?」
「半分しか信じてなかった」
うぐっ……やり返された。
くそ腹立つなコイツ。
「でも案外、陰でモテるんだって?」
「陰でなんかモテねえよ!」
「だって青井さん、そう言ってたし」
「あんなの冗談に決まってるだろ」
「ふぅん……そっかな」
「そうだよ」
「そっか。ふふ」
今まで無表情で話してたすみれが、なぜかちょっと楽しそうな顔をした。
なんで? 俺、何か面白いこと言ったか?
「そう言えば青井さんって美人だね」
「いきなりなんだ? 情緒不安定かよっ」
「春馬さんは青井さんを狙ってるの?」
「狙ってない!」
「嘘つき」
「ホントだ。大嘘つきのお前と一緒にすんな」
「ふぅーん……」
またすみれは、ふと嬉しそうな笑顔を見せる。
よくわからん。コイツ、ホントに情緒不安定か?
「なんだよ」
「じゃあさ。今日あたしと一緒にいた
「ん?」
いきなりなんの話だ?
「春馬さん、エロい目で見てたし」
「見てねぇよ」
やっぱそう思われてたか。
確かに美人だとは思って見てた。だけど断じて言おう。エロい目でなんか見てない!
「由美香がね。春馬さんのこと、カッコいいって言ってたよ」
「え……?」
マジか?
すみれが信じられないことを言った。
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