第4話:手伝ってもらってたらヤバかった

 洋室からキッチンに入り、ドアを閉めたところで、洋室の方から自分のスマホの着信音が聞こえた。


 社用のスマホだから、仕事の電話だろう。休みの日に誰だ?


 慌ててドアを開けようとしたら、その向こうからすみれの声が聞こえた。


春馬はるまさぁーん。スマホ鳴ってるよ。代わりに出るよ」


 え? 代わりに出る?

 そ、そりゃあマズいだろぉぉぉ!


「ままま、待てっ! 出るなっ!」


 大慌てでドアを開けると、すみれが俺のスマホを持った手をこちらに伸ばしていた。

 まだ着信音は鳴り続けている。そのまま俺に渡そうとしてくれてたみたいだ。


「勝手に出るわけないし。はいこれ」


 すみれはクッと笑いを噛み殺している。


 くそっ、からかわれたのか。くそガキめ!

 でも今は文句を言ってる間はない。

 画面を見たら、会社の一年後輩の青井あおい 加奈かなの名前が表示されている。


 俺はまたキッチンの方に行って、リビングのドアを後ろ手に閉めながら電話に出た。

 すみれと距離を取っておかないと、万が一横で声を出されたりしたら大変なことになる。


「はい、もしもし」

『あ、綿貫わたぬき先輩! お休みの日にすみません!』


 耳元から、やたらと元気でハキハキした声が響く。


 青井は大学まで陸上部で短距離走をやっていたバリバリの体育会系女子だ。去年の新入社員で、一年先輩の俺が教育係を務めた。


「ん? どした?」

『無事に引越しは終わりましたか?』


 ん~……

 引越しは終わったのだけれども、無事かどうかと問われると。


 リビングとのドアの方をチラリと見た。

 この向こうにすみれがいる。


 まあ……無事ではないな。


「おう。無事に終わったぞ」


 そう言うしかない。


『今日は手伝いに行けなくて、さーせん!』

「いや、いいよ。昨日も言ったとおり、女子に引越し手伝ってもらうわけにいかん」

『いえいえ、お世話になってる綿貫先輩のお引越しです。男とか女とか関係なく、お手伝いしたかったんですよ』


 青井はショートカットで、いかにも体育会系って感じの元気で活発な女の子だ。確かにそこらの男よりも、引越し作業もテキパキやってくれそうな気がする。


 でも手伝いに来てもらわなくてホントによかった。万が一すみれと青井が顔を合わせてたら、もっとごちゃごちゃしてただろう。

 青井になにか、あらぬ疑いをかけられるのも困るし。俺の部屋に女子高生が居たなんてもしも会社で言いふらされたら、俺の会社生命はジ・エンドを迎えるかもしれない。


 まあ俺も高校までは柔道をやってたし、体力にはそこそこ自信はある。決してゴツい身体つきじゃないが、細マッチョってやつだ。だから引越しはなんら問題はなかった。


「ありがとな。でも荷物は少ないし、大丈夫だ。あっという間に終わった」

『それは良かったです』

「ところで青井。いつも言ってるけど、もうちょっと丁寧に喋れ。さーせんはないだろ」

『あ……ついうっかり。すみません。あはは』

「あははじゃないよ」


 こんなふうに叱ってはいるものの、青井は明るいしあっけらかんとしてて、ホントにいいヤツだ。


 結構可愛いんだけど、俺と青井は男と女って感じが全然ない。だから香織かおりと別れたきっかけで引越しすることを、俺も青井にあっけらかんと話してある。


『じゃあまた落ち着いたら、先輩の引越し祝いをしましょーね』

「ああ、ありがと」

『それと例のプロジェクト、よろしくお願いします』

「おう、わかってる。がんばろうな」


 例のプロジェクトとは、ある学校の広報宣伝を総合的に請け負うというもの。青井の出身校で、彼女がそのご縁で依頼を受けた案件だ。


 それを俺と青井ペアで担当することになっている。


『じゃあ先輩。お疲れでしょうから、今日はのんびりしてくださいね』

「ああ、そうだな。じゃあまた月曜日な」

『はい。また月曜日に』


 電話を切った後、部屋にすみれがいることを改めて思い出す。

 いや、のんびりなんてできないんだよ。今のこの状況のせいで。


 そんなことを思いながら、晩飯の準備に取りかかった。


 狭いワンルームのキッチンでは、料理はしづらい。だけど俺の料理は簡単手間要らずのものばかりだから、なんとかなる。


 スーパーで買ってきたキャベツを刻み、もやしと共にフライパンで炒める。そこに牛肉を投入。

 市販の焼肉のタレを適量入れて、まぜて焼く。これでお手軽、牛肉野菜炒めのできあがり。


 うーん、香ばしい良い香りだ。

 味付けは焼肉のタレ任せだけど、今は旨いタレをスーパーで売ってる。だから定食屋で食うような味のモノが、あっという間に作れる。


 おかずがあっという間にできるから、それに合わせて白米も急速炊き上げにしてある。少し味が落ちるかもしれないけど、それよりもスピード重視だ。


 お皿に肉野菜炒めを盛って、ご飯をよそった茶碗と一緒に洋室に運び込んだ。

 見るとすみれは、まだ黙々と『あつみん』をやってる。


 俺が部屋に入っても、振り向くことなくゲームを続けてる。


「なあ、おい。そろそろゲームをやめて帰れ。飯の時間だ」


 すみれの背中に話しかけるも、こやつは無言。

 仕方ない。俺は丸いローテーブルの上に皿を置いて、胡坐あぐらに座る。

 割り箸をぱきんと割った。


 ──さあ食うか!


 とは思ったものの。

 横に人がいて、自分だけ飯を食うのはなんとも居心地が悪い。


「なあ、お前も食うか?」


 せっかく聞いてやったのに、すみれは無言。

 なんてヤツだ。


「なあってば。要らないならいらないって答えろよ」

「すみれ」

「は?」


 あっ、そっか。

 コイツは名前を呼ばないと答えないんだった。


「なあすみれ。食うか?」

「要らない」


 つっけんどんに即答かよっ!

 なら、わざわざ名前を呼ばせるなよ。


「ホントにいらないのか? なあすみれ」

「ああっ、もう、うっさい! 気が散ってゲームに集中できないでしょ!」


 すみれはコントローラーを床に置いて、身体をねじってこちらを向いた。

 俺の顔をぎろっと睨んだ目が、泳ぐようにして皿の料理に向く。

 ごくりと唾を飲みよったなコイツ。ホントは食いたいんじゃないのか?


「なに言ってんだ。そんなスローライフのゲーム、集中しなくてもできるだろ?」

「私はちゃんと集中してやるタイプなの!」

「ふぅん。まあどっちでもいいけど。ところで食うか?」

「しつこいね春馬はるまさんも。要らないって言ってる……」


 そこまで言った瞬間、すみれのお腹がキュルキュルゥっと鳴った。

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