第5話:ふぅん……モテなさそうだもんね
「しつこいね
そこまで言った瞬間、すみれのお腹がキュルキュルゥっと鳴った。
なんだコイツ。やっぱ腹減ってるじゃないか。
「あ……」
すみれは短く息を漏らした。そしてみるみるうちに顔が真っ赤になって、鼻の頭を指先でポリポリと掻いた。
めちゃくちゃ恥ずかしそうな顔をしてるなコイツ。
今まで怒ったように睨む顏ばっかり見てたけど、こうやって恥ずかしがる顔は可愛い。元々美形だし、年相応な感じがして、もの凄く可愛く見えた。
ヤバい。こんなガキ相手に、可愛いなんて思ってはいけない。
「い、要らないって言ってるでしょ!」
すみれはまた向こうを向いて、ゲームコントローラーを握りしめた。
コイツ、絶対に腹減ってるよな。
「なんでだよ? なぜそこまで頑なに拒否る?」
「ところでさ。さっきの電話は彼女?」
俺の質問に違う質問で返すか?
なんだよ。ビジネス会話の基本がなってない……って、コイツ社会人じゃなかった。
「違うよ。同じ会社の後輩だ」
「ふうん。じゃあ彼女は別にいるんだ」
「いないよ」
「ホント?」
「ああ、ホントだ」
「ふぅん……モテなさそうだもんね、春馬さん」
すみれはゆっくりと振り向いて、とーっても意地悪な顔でニヤリと笑いよった。うるせぇよ。ムカつく。
「は? 喧嘩売ってんのか? ついこの前まで彼女はいたよっ!」
「あ、そうなんだ。なんで別れたの?」
「お前みたいなガキには関係ない」
そのままなぜか、すみれは俺の顔をじっと見つめている。だけど俺が何も答えないのを見て、フッと息を吐いた。
「あそ。ま、いっか」
「ああ。そんな話はどうでもいい。腹減ってるんだろ。飯食うか?」
「要らない」
「腹の虫を鳴らしてるくせになんでだよ?」
「うぅぅ……」
ん?
なんか言いにくそうに口ごもってる。
「だってあたしが食べたら、春馬さんの食べる分が減っちゃう」
──あ、そういうことか。
なんだよコイツ。案外優しいヤツかよ。
可愛いことを言うじゃないか。
それならそれで、そんな怒った風に言わなくてもいいのに。なんでそんなツッパったような態度を取るんだよ?
「大丈夫だ。間違って多めに作ってしまったんだよ。すみれが食べてくれないと、余ってしまう」
「え?」
すみれはきょとんとした顔で俺を見ている。
「ホント?」
「ああ。やっちまったよ。俺は料理が下手でさ。ちょいちょい量を間違えるんだよなぁ」
そんなのはもちろん嘘だ。
さっきすみれに、晩飯はあるんだろうと訊いた時。
コイツは一瞬間を置いて曖昧に答えた。
だからもしかしたら訳アリで飯がないのかと思って、念のために二人分作った。
もしもそれが俺の思い違いで、すみれが食わずに帰ったとしても、冷凍しておいてまた今度食ったらいいだけの話だ。
「
「なんだとコノヤロ」
せっかく気を遣って、晩飯を食わしてやろうかと思ったのに、なんて失礼なヤツだ。
やっぱお前には食わせない! って言おうとした時──
「あは。じゃあ仕方ない。食べてあげるよ」
すみれがなんだか楽しそうに笑ったのを見て、気勢をそがれた。
なんだよ。やっぱ食いたかったんだよな、きっと。
「ああ。悪りぃな。食ってくれ」
俺はフライパンに残してあった肉野菜炒めを、もう一皿盛り付けて持ってきた。
すみれはいつの間にか、丸テーブルに向かって座っていた。
ぺたんと座る、いわゆる女の子座り。
「ほらよ」
皿と茶碗をすみれの前に置いて割り箸を渡すと、すみれは両手で丁寧に受け取った。
化粧はケバいし、ウエーブがかかった茶髪。そんなギャルなんだか不良なんだかという見た目から、もっとスレたヤツかと思っていたけど、案外礼儀正しいな。
「いただきます」
すみれは両手をキチンと合わせて、おまけに頭を少し下げて丁寧に言った。
「ああ、どうぞ」
パキリと可愛い手つきで割り箸を割るすみれ。そして肉と野菜を一緒に、ひと口頬張る。
「ふわっ、あっつ……」
「お前、がっつきすぎだって。ゆっくり食えよ。誰も取らねえから」
なんだよコイツ。めちゃくちゃ腹が減ってたのか?
「まるで昼飯も食ってないような様子だな」
「あ、うん……」
「え?」
冗談で言ったのに。マジか?
「あ、いやいや。嘘だよ。昼ご飯はちゃんと食べたって」
「ホントか?」
「ホントホント。ジョシコーセー、嘘つかない!」
「なんだそれ?」
片言の日本語みたいな口調で、わけのわからないことを言いやがった。嘘なのかホントなのか全然わからんじゃないか。
でもやっぱり、なんか訳アリな気がする。
すみれはあっという間におかずもご飯も平らげてしまった。
「飯も食ったし、そろそろ帰れ」
「やだ」
「あ? 話が違うだろ。晩飯の時間になったら帰れって言ったよな」
「春馬さんはそう言ったけど、あたしはうんとは言ってない」
「そりゃ、そうだろけど……」
「今からゲームの続きをするから」
「いつまでここにいるつもりなんだよ」
「だからゲームが終わったら」
「いつ終わるんだ?」
「人類が滅亡したら」
デジャブかよ。
こんな会話、さっきもしたよな。
そう思いながらも、俺はゲームを再開したすみれの背中をしばらくずっと眺めていた。
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