第3話:こいつはビッチ?
「ウソだよ。アメリカンジョークってヤツだよ。そんなマジな顏すんなって。ウケる。適当に帰るから大丈夫だよ」
すみれはそう言って、また画面を向いてしまった。ピコピコとキャラを動かしている。
コイツはいったい何を考えてるんだ?
それはアメリカンジョークではないぞ。
いや、そんなことはどうでもいい。
ここは初対面の男の部屋だぞ。
普通は怖くて、すぐに出て行くよな。
さっき、案外真面目だなんて思ったのは訂正することにする。やっぱコイツはビッチ認定だ。
「そのゲーム機は橘さんの物で俺のもんじゃない。すみれが橘さんとそんなに仲が良かったんなら、家に持って帰れよ」
「無理」
「なんで?」
「それはどうしたんだって、親に根掘り葉掘り聞かれるからウザイ」
すみれは振り向きもせずに、ゲームをやりながら受け答えしている。
「友達に貰ったって言えよ」
「は?
「はあっ!?」
なんだコイツ?
いきなり大人をバカ呼ばわりするか?
「女子高生が友達に、何万もするゲーム機を貰ったなんて。親は援交でもしたのかと思うじゃん」
そりゃ、お前の日ごろの言動が悪いからじゃないのか?
──と言いかけたが、確かにすみれの言うことにも一理ある。
ところでコイツ、どっから来てるんだろう。近所に住んでんのかな?
「なあすみれ。お前の家はどこなんだよ」
「すみれちゃんの個人情報は、個人情報保護法によって保護されております」
「は?」
「だから内緒」
「なんじゃそら。個人情報保護法は、企業が個人情報を扱う際の法律であって、個人間には適用されない……」
「んもう。気が散るから、ちょっと黙っててくんない?」
「え?」
──あれ? ここ、俺の部屋だよな。
なんで俺が邪魔者扱いされなきゃいけないんだ。ムカつく。このくそガキめ。
なんて憤慨してたら、すみれはふと振り返った。俺の顔を真顔でじっと見つめている。
「冗談だよ」
「なにぃっ?」
「個人情報保護法なんて冗談に決まってる。春馬さんって生真面目なんだね」
すみれはフッと笑顔を浮かべた。
コイツの笑顔を初めて見たな。
笑うとかなり可愛い。
濃いめのメイクのせいもあって、大人びたヤツだと思ってたけど、ふとした笑顔には年相応の幼さもある。
やっぱ妹の夏実と同い年なんだな……なんて思ってたら、また画面の方を向いてゲームを始めやがった。
ホント、なんなんだコイツ。
「なあすみれ。お前、怖くないのか?」
「なにが?」
相変わらず座ったままの背中で答える。
手は熱心にコントローラーを操作しているから、左右の肩が上がったり下がったりしている。
「男の部屋に上がり込んで、身の危険は感じないのかよ」
俺のその言葉に、すみれの動きがピタリと止まった。そして振り向いて、俺をジト目で見つめる。
「ヤりたいの?」
いきなりなんなんだよ!
ドキッとするようなことを言うなよ。
コイツ、ホントに女子高生なのか?
「そうは言ってない」
「ふぅーん……目つきがエロおやじだからね。キモっ」
「え? そ、そんなことはないだろっ!」
いや、俺。
コイツをそんなエロい目で見てないよなっ?
やべ。無意識のうちに、エロい目で見てたのか?
思わず手で自分の目を触った。
「冗談だよオジサン! あはは」
なに?
ムカついた。
しかもオジサンとは。
コイツしばいてやる。
ぜーったいにしばいてやる。
「なんだと? おまえ、大人を舐めるなよ」
「舐めてなんかないし。ヤりたいならいいよ。ヤらせたげる」
は? マジで言ってんのか?
すみれはマジな顔だし、単なる冗談には見えない。
大人を舐めているのか、自暴自棄なのか、それともホントにビッチなのか。
俺が何を言ったらいいのか迷っていると、すみれは無表情のままテレビの方を向いて背中を向けた。そしてまたコントローラーを操作し始める。
何度見ても華奢な背中。
何かを言いたげでもあり、何も言いたく無さそうでもある。
さすがに背中が語ることは、俺にはわからんな。
でもコイツ、ムカつくし、大人を舐めてるし。ちょっとビビらせてやるか、このくそガキを。
「そっか。覚悟はできてる……ってことだな」
俺はテレビを向いて座っているすみれの背中に近づき、
彼女は俺の動きに気づいているはずだけど、振り向きもせずにキャラを動かし続けている。
俺は膝立ちのまま、触れるか触れないかというところまで彼女の背中に自分の胸を近づけた。胸にすみれの体温を感じる。
すみれの手の動きがピタリと止まった。
よく見ると、肩が少し震えている。
やっぱコイツ、ビッチじゃない。
そんな気がした。
年相応の──いや下手したらケバい見た目とは裏腹に、壊れやすい純粋な心を持った女の子なのかもしれない。
しかしそうじゃなくて、仮にコイツがビッチでヤリマンだとしても。
ヤレるからって理由だけで、こんなに歳下の女の子に手を出すのは俺のポリシーに反する。
俺も子供じゃないから、愛がなければセックスしないなんて、綺麗ごとを言うつもりはない。だけど妹とおなじ歳の、まだ自分ができあがってない女の子に、愛情もなく手を出したくはない。
「なあすみれ。俺はそんな態度の女とヤりたくないわ」
後ろから耳元でそう言うと、すみれは座ったまま顔だけ振り向いた。怪訝そうな表情をしている。
「そんな態度?」
「ああ。口ではヤらせたげるなんて言いながら、心も態度もヤりたくないって言ってるような女のことだ。しかもガキだし」
「ふぅーん」
すみれはそのまま黙って俺の目をじっと見る。
まるで俺の心の奥を探ろうとするかのような、真剣な眼差し。濃いめのマスカラの奥の瞳は、純粋なようにも見える。
やがてすみれは、小さくフッと息を吐いた。そして鼻の頭を指先でポリポリと掻いた。
「そ。じゃあやめとこ」
すみれはまた前を向いてゲームを始める。
俺がここまで近づいても、こんなふうに挑発してみても、ゲームをやめる気はさらさらないようだ。
──ホント、しょうがねぇヤツだなぁ。わけわからん。
「まあ、もうしばらくゲームしててもいいよ。アホみたいなやり取りしてるのは時間の無駄だ。俺は今から晩飯を作る。すみれも晩飯の時間になったら帰れ。家帰ったら晩飯あるんだろ?」
「ん……まあね」
なぜかすみれは少し曖昧に、力なく答えた。
でもマジでこれ以上、コイツに構ってられない。晩飯の準備がどんどん遅れちまう。
俺はスーパーの袋を手にして、キッチンへと向かった。
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