第2話:その女はなぜかゲームをし続ける
急にゲームを再開した女は、何も答えずに画面に向かって操作をしている。
画面を見ると『あつまれみんなの森』っていう、無人島でのスローライフを楽しむゲームが映ってる。
確か今日、最新版が発売されたはずだ。
ああ、コレ。超話題になってるし、やってみたいと思ってたんだよなぁ。
「おいお前。なにやってんだよ?」
「あつみん」
女は相変わらず背を向けたまま無機質な声で答えた。あつみんってのは、このゲームの略称だ。
「そんなことは見りゃわかるわい! なんで帰らないのか聞いてんだよ」
「だって、せっかく発売日の今日に、わざわざ並んで買ってきたんだよ。ずっと楽しみにしてたんだから。今やり始めたとこだからやめられない」
「おお、そうか。そりゃ途中でやめられないよな……とでも言うと思ってるんかい!? 自分の家でやれよ!」
「うちにはゲーム機がないからできない」
「は? じゃあなんでソフトを買ったんだよ?」
「初めからここでやるつもりだったし」
「なんだって? そんなの知るかよ。ここはもう俺の家だ。ゲームは諦めて帰れ!」
いかん。腹立ちまぎれに、思わず大きな声をあげてしまった。
だけどそんな俺の声を無視して、女は俺に背中を向けたままゲームを続けている。
なんだコイツ?
見知らぬ男の部屋に上がり込んで、なんで平気な顔でゲームに興じることができるんだよ?
まあ男の部屋の鍵を持ってて、勝手に入るようなヤツだからな。貞操観念なんてものはないビッチなんだろう。
「お前なぁ。ゲームやめられないって、ガキかよ」
「ガキじゃないし。もう高三だし」
「は?」
高校三年生!?
ウソだろー!
顔を歪めて俺を睨みつけるような女が。
恋人なのかも知らんが、男の部屋に平気で上がり込むようなビッチが。
ホントに夏実とおんなじ高校三年生なのか?
「まあ確かに、鍵を預かって男と半同棲みたいなことをしてるんだからな。ガキではないな」
今まで俺が話しかけてもゲームの手を止めなかったのに、女は急に手を動かすのをやめた。そして上半身をひねって俺を向く。赤っぽい茶髪が巻くように揺れた。
「男と半同棲って……なんの話?」
「なんの話って。橘 優樹さんって、お前の彼氏なんだろ?」
──いや、彼氏だったって方が正しい表現か?
「アンタなに言ってんの? 優樹さんは女だよ?」
「は?」
「名前でよく間違われるって言ってたけど。橘優樹さんは正真正銘の女。……って言うか、すっごく美人で優しくて、最高のお姉さん」
「そうなのか?」
「そだよ。アンタそんなことも知らないで、ホントに優樹さんの知り合いなの?」
「俺の直接の知り合いじゃない。さっきも言ったとおり、俺の母と橘さんのお母さんが知り合いなんだ。俺は直接橘さんには会ったことはない」
「あっそ」
なんだよ、その雑な返答は。
またテレビに向かってゲームを始めたよ。
なんだコイツ?
「おいお前」
俺が声をかけても、まったく動じることなくゲームを続けてやがる。画面ではキャラが海で釣りをしてる。
「おいお前って。無視すんなよ」
──あ。
ゲーム画面で、なんかやたらと大きな魚が釣れた。
「やった。レアな魚ゲット」
「すげえな、やったじゃないか! ……って、違うだろっ! おいお前。なんで無視すんだよ!」
さすがにイラつく。
コイツがなにを考えてんだか、まったくわからん。
──と思ってたら、いきなり振り向いて、また冷たい視線で睨まれた。
「んもう。うるさいって。せっかくレアなのが釣れたのに」
「知るかよ。さっきから何度も呼びかけてるのに無視するからだよ」
「呼びかけた? あたしはお前じゃないし」
「知るかよ。お前の名前なんか知らねぇんだから、お前としか言いようがない。それにお前だって俺をアンタ呼ばわりしてるじゃないか。俺は名乗ったはずだぞ。
「ふんっ」
ありゃ。
またテレビを向きやがった。
とことん無視かよ。
くそっ、こうなったら実力行使だ。
身体を抱きかかえて放り出してやる。
そう思って、ゲームをして丸まってる彼女の背中を見た。
Tシャツに包まれた華奢な身体。
赤い髪が流れる背中には、ブラのラインが透けて見えている。
いかんいかん。いくら勝手に部屋に入ってるコイツが悪いとは言え、こんな背中に抱きついたらマズい。
襲われたと主張されたら反論できない。
ん~……
コイツの名前を聞き出して、名前で呼びかけるしかないか。
「なあお前……」
「すみれ」
「は?」
「
振り向かずにゲームを続けたまま、女は名乗った。
──へぇ、春待すみれか。
春を待つすみれね。
そう言えばすみれって、春先に咲く花だよな。名字にぴったりの名前だ。
いい名前だな。
……なんて感心してる場合じゃない!
「おい
「すみれ」
「え?」
「す・み・れ」
彼女は相変わらず背中を向けたまま、自分の名前を繰り返した。
「あ、ああそっか。おい、すみれ」
「……ん? なに、
ようやくゲームの手を止めて、気だるげに振り返った。改めて見るとかなりの美人だ。しかも物憂げな瞳と半開きの唇がエロくて、ドキリと鼓動が跳ねる。
いやいや待て待て。
コイツは6コも歳下のくそガキだぞ。
ドキドキしてどうすんだ。
コイツに大人の威厳ってヤツを見せつけてやらねばならぬ。
でも俺が名前で呼んだら、ちゃんと名前で呼び返してくれた。ビッチかと思ったけど、案外真面目なのか?
「いつまでここにいるつもりなんだよ?」
「ん……ゲームがひと段落つくまで」
「ひと段落っていつだよ。そのゲームって、エンドはないよな?」
「まあ、無いね」
「まあ無いね、じゃねえよ。終わるのはいつなんだよ?」
「この世の終わりが来たら」
「は?」
「ウソだよ。アメリカンジョークってヤツだよ。そんなマジな顏すんなって。ウケる。適当に帰るから大丈夫だよ」
すみれはそう言って、また画面を向いてしまった。ピコピコとキャラを動かしている。
いや待て。それは決してアメリカンジョークではないぞ。
俺は心の中でそうツッコミを入れた。
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