隣の美人女子高生がなぜか俺の部屋に入りびたる ~もう来るなと追い返したのになんでグイグイやって来る?
波瀾 紡
第1話:引っ越しがすべての始まりだった
俺は失恋した。
それをきっかけに引越しをした。
引越しした当日。
なぜか俺の部屋に、知らない若い女が上がり込んでいた。
女子高生だと言うその女は、俺の顔を見るなり言った。
「だ、誰……?」
──いや、お前こそ誰なんだよぉーっ!?
そんな場面から、俺と彼女の物語は始まった。
◆◆◆◆◆
社会人になって二年とちょっと。
俺は失恋した。
地方の大学に通っていた時に、同じゼミで知り合った
そして就職。会社は別だけれども、二人とも東京の会社に就職して上京した。
東京で部屋を借りる際に、俺は一人暮らしにしては広めの1LDKを借りた。
香織には言ってなかったけど、社会人として軌道に乗ったら、一緒に住んで結婚しようと思ったからだ。
そして就職して二年と少しが経ち、俺はようやくそれを香織に言った。
「なあ。そろそろ一緒に住まないか? 結婚する前提で」
俺たちはまだ24歳。
香織も仕事が面白くなってきたと言っていた。だからまだ早すぎたのかもしれない。
「ごめん
それは俺たちの関係の終わりを意味していた。しばらく会わないでおこうと言われた。
この二年の間に、俺たちは徐々に会う回数が減っていた。だからこそ焦りもあって、一緒に住む提案を初めてしたのだが。
俺の目論見は一気に崩れた。
くそっ。こんなことなら、わざわざ高い家賃を払って広めの部屋なんか借りなけりゃ良かった。もう今の部屋に住み続ける意味もないよな。
俺のハートは傷だらけ。
ああっ、もう何もやる気が出ない。
いや──
それじゃあだめだな。
とにかく気分転換をして、また前向きに行こーぜ。
──そう。俺はとにかく前向きに生きることに決めている。それだけは俺の取り柄なのだ。
「母さん。俺、引っ越すよ」
田舎の母に電話を入れた。
いずれ香織と結婚したいことも言ってあったから、母には事情も説明した。
「あっ、そうなのー? 残念ねぇ。まあ、またいい出会いがあるよ、あはは」
相変わらずあっけらかんとして能天気な母だこと。
母は俺が中学の時に離婚して、女手一つで俺と妹を育ててくれた。苦労してるだろうに、昔からとことん明るい人だ。
「あ、そうだ
「ふぅん、そうなんだ」
「あんた、その部屋に住みなよ。家具もなにもかも全部置いてあるから、身一つで住めるらしいよ」
今の部屋の家具は、いずれ二人で暮らすつもりで大きめの物を揃えた。だからワンルームに住むには邪魔になりそうだ。
「今の部屋の家具は、全部実家に送ってくれたらいいから。いずれアンタが結婚する時に、また使ったらいいじゃない」
「あ、そうだな」
「アンタがいずれ結婚するかどうかはわかんないけどねぇ~あはは」
いや、待て。
失恋に打ちひしがれてる息子にそんなセリフは言わないでくれ。
でもまあこんなアホな母に育てられたからこそ、俺も前向きに生きようと思えるんだけど。
母が言うには、その部屋には家具から家電や食器までもが揃ってるらしい。
なんでもその人はフリーのカメラマンで家を空けることも多く、そこに住む際に買った物がまだ二年しか経ってないので、ほとんどの物が新しいらしい。
そして今回、フラッと海外に長期撮影に行くことにしたと。海外と言っても欧米とかじゃなくてアフリカのケニア。
その人の名前は
でもこれはとても助かる話だし、ありがたく受けることにした。
***
引越しの日。会社は休みの土曜日。
衣類や雑貨を入れた数個の段ボール箱と布団だけを朝から車に積み込んで、昼前に新居に着いた。
築四十年くらいの古びた鉄筋のマンション。エレベーターはなく三階建て。俺の部屋は302号室。
荷物を抱えて階段を三階まで上がっていくと、廊下には四つの扉が並んでいた。
奥からふた部屋目の302号室というプレートを確認して鍵を開ける。
部屋に入って電気をつけると、思ったよりも広めのワンルームだった。外観の古さとは裏腹に、内装はリフォームをしてあってかなり綺麗だ。
キッチンスペースを抜けて洋室に入ると、室内にはベッドの枠と丸いローテーブル。
テレビとゲーム機まであるし、キッチンの吊り戸棚には綺麗な食器まで残ってる。
洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、エアコン。一人暮らしに必要な家電はすべて揃っている。
まさに住んでた部屋をそのまま置いて出て行った感じ。
橘 優樹って人はフリーカメラマンって話だし、よっぽど自由奔放な人なんだろう。
おっ。ネットも接続されてる。スマホを取り出して確認したら、Wi-Fiも繋がった。
母が先方のお母さんと連絡を取り合って、賃貸の契約はもちろんのこと、ライフラインの名義変更も全部やっておいたって聞いてる。
うーん、至れり尽せりでありがたい。
俺は部屋を軽く掃除してから、ベッドに布団を敷いて、衣類などを入れた段ボール箱をクローゼットに突っ込んだ。
車と数往復するだけであっという間に引越し完了。
ここらの街並み探訪も兼ねて、昼飯を食べに出ることにした。
***
駅前の牛丼屋で昼を済まし、街歩きをした。東京の下町風情が残る駅前商店街。そこからちょっと歩くと、もうそこは住宅街。
東京にしてはのんびりとした雰囲気で気に入った。
よし。前向きに行こーぜって気分が盛り上がってきたぞ。
夜は自炊をしようと考えて、食品スーパーで買い物をする。食材と調味料なんかを買い込んだ。そしてまた歩いて、夕方頃に新しい我が家に帰り着いた。
──あれ?
鍵を開けて中に入ると、玄関に見慣れない靴がある。小さなスニーカーで、女もののようだ。
廊下から洋室に入る室内ドアのスリットガラスから、明かりが漏れてるのに気づいた。
もしかして母さんが来てるのかな。
母さんには合鍵を預けてあるからな。
そう思いながらドアを開ける。
洋室内に入ると、そこには目を疑う景色があった。
テレビに向かって座り、テレビゲームをしている女性の後ろ姿。
ゆるくウェーブのかかった、ちょっと赤っぽい茶髪。Tシャツ姿の細い肩と腰。
どこからどう見ても母ではない。
こんな女は、さっきまではいなかった。
誰だコイツ?
俺が後ろ手にドアを閉めると、その音に気づいたのか。その女がテレビゲームの画面に顔を向けながら、「おかえり」と声を出した。
──ん?
ああ、妹の
実家で両親と暮らす夏実はまだ高校三年生。
夏実が来るなんて思いもしなかったけど、もしかしたら母さんから聞いて遊びに来たのかもしれない。
でも髪もこんな茶髪じゃなくて、黒色だったはずだ。
しばらく会わない間に、あの真面目な夏実がちょっとスレたような茶髪になってるなんて。
声もちょっとかすれてるし、不摂生してるんじゃないのか?
お兄ちゃんは悲しいぞ。
「ああ、ただいま」
俺がそう答えた瞬間、テレビに向かっていた女がゲームコントローラーを握ったまま、ガバッと大きな動作で上半身を捻って振り返った。
ちょっとケバめの化粧をしたその女は、恐怖に引きつったような顔でつぶやいた。
「だ、誰……?」
いやコレ、夏実じゃないし!
見たことない女だ。
人の部屋に勝手に上がり込んで……
──いや、お前こそ誰なんだよぉーっ!?
「あ、俺、
彼女が誰なのか疑問に思いながらも、思わず律儀に自己紹介してしまった。俺ってなんて真面目なんだよ。
「名前なんか聞いても誰だかわかんないし! 誰だよアンタ。人の家に勝手に入ってきて!」
──え?
あ、いや。ここ、俺んちですけど?
あれ? 部屋を間違えたか?
女はギロリと俺を睨んでる。
慌てて廊下をバタバタと走って玄関に戻り、廊下に出て部屋号室のプレートを確認する。
302号室。
うん、間違いない。俺の部屋だ。
いやそれ以前に、ちゃんと自分の鍵で玄関が開いたんだから間違いないだろ?
確信した俺はまた急いで部屋に戻る。
するとその女はこちらを睨んで仁王立ちしてた。
白いTシャツにショートパンツというラフなスタイル。細身だけれども、胸の辺りはこんもりと盛り上がっている。それが思いのほか大きくて思わず目が釘付けになった。
ヤバ。こんな状況で胸をガン見したら、俺の部屋なのにも関わらず、痴漢扱いされそうだ。
だから慌てて視線を女の顔に戻す。
ふむ。引きつった顔をしてるが、小顔で整った美人だ。ケバめのメイクは俺の好みではないけど。
妹よりもちょっと上に見えるから
「俺はここの住人だよ。お前こそ誰だ?」
「はぁ? アンタがここの住人? ここは
女は眉をしかめて、より一層威圧的な目を向けてきた。
あ、なるほど。
いや、勝手に鍵を開けて部屋に入ってるくらいだし、橘さんの彼女かもな。
あれ?
そう言えばこの女、橘さんがケニアに行っちゃったのを知らないのか?
だからさっき俺が入って来た時に、橘さんと間違えて『おかえり』なんて言ったんだろう。
つまりこの女は、橘さんに捨てられたってわけか。かわいそうに。
「俺は橘さんの後に、ここに入居することになった者だ」
「え? マジで?」
「ああ。橘さんは海外に撮影に行ったそうだ。俺の母と橘さんのお母さんが知り合いで、そのご縁で俺がここを借りることになった」
「ウソ……」
女は唇を半開きにして青ざめている。
そりゃそうだよな。自分が知らない間に彼氏が海外に行っちまうなんて。
事実を突きつけるのはかわいそうだけど、俺にはどうしようもできない。
「だからここは、今日から俺の部屋だ」
「マジ? この部屋はあたしのオアシスみたいな場所だったのに……」
そうなのか?
でもそんなことは、俺の知ったこっちゃない。
「アンタが出てってよ。この部屋はこれからもあたしが使うってことで」
「は? なんでそうなる?」
なんで俺が出て行くんだ?
この女……いったいなにを言ってるんだ?
「いやお前。人の話を聞いてたか? ここは今日から俺の部屋だ。出て行くのはお前だよ」
「むぅ……」
むぅ、じゃねえよ。
俺は当たり前のことしか言っていない。
「あ、そうだ。勝手に部屋に入ってたってことは、お前、橘さんの鍵を預かってるのか?」
「え? あ、まあね」
「じゃあその鍵を俺に返せ。そしてさっさとここから出て行ってくれ」
「……」
女は唇を噛み締めて目を泳がせた。
そんな悲しそうな顔をするなよ。
なんか俺が悪いことをしてるみたいじゃないか。
「あ……」
女は突然小さく叫んで、なぜか身を翻して向こうを向いた。そして突然座り込んで、ゲームコントローラーを握る。
「ん? どうした?」
女は何も答えずに画面に向かって、操作をしている。
──は?
いやコイツ、なんで何ごともなかったようにゲームを再開してるんだよ?
わけわからん!
俺は呆然とその女の背中を見つめた。
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