第3話 お腹がすいた、ご飯食べたい ②

 食料争奪戦の勝負に破れたシルアが寝転んでいる場所は、奴隷達が集まり寝泊りする大部屋。


 ここに居着くまで、また、ひと悶着もんちゃくがあった。

 シルアにとっては、日常的な一コマに過ぎないようだが……。

 シルアは部屋に入るなり、有無を言わさず【魔力波動】スキルを発動。

 部屋で寝ていた大人達を根こそぎ吹き飛ばす。


(あ─、も─、腹が立つ)

 

 八つ当たりである。

 大人げないと言いたいところだが、シルアは子供。

 やってることは無茶苦茶だが、ここでは力が全てという狂った世界。

 何人か怒れる女達がシルアに向かって襲いかかってきたが【魔力波動】の弾丸を五月雨式に撃ちまくると、やがて誰も逆らう者はいなくなった。

 

 ──時刻は再び、現在の時刻に巻き戻る。


 腐りかけた木板で覆う壁面の隙間からは、冷たい風が入る。

 室内からは幾つもの吐息の音がして、大勢の人の気配がする。

 室内では、突然「きゃあ─」と大きな悲鳴が鳴ったと思えば、

「ぐお─、ぐお─」と規則正しいいびきが辺りに響き、

「むにゃむにゃ」と可愛い寝言も聞こえ、

時折「やだ~、まだ駄目よ」と小さな寝言がアクセントになり、

幾つもの吐息と重なり合って絶妙なハーモニーの音が鳴り渡り、

吐息からでる口臭と交じり合って、壮大ないびきの演奏会が繰り返されていく。


 ここの空間を見渡すと、汚れたわらがうず高く敷き詰められただけの、大きな部屋であった。

 明かりは無い。腐った木板壁の隙間から入る月明かりが唯一の光。

 すでに大勢の大人達が身体を休めている。

 常に不潔な匂いが鼻について不快な気分になる。

 ここが私達の与えられた寝床だから、その不快な匂いも我慢するけど……もうそろそろ我慢の限界だ。


 夕刻の食料争奪戦の件でも、腹に据えかねる思いがあって、鬱憤うっぷんが溜まっている。


 ここの生活に、心底嫌気が差してきた。


 すでに、ここでの生活を送り始めてから、おおよそひと月が経過している。


 ここでの生活は緊張の連続だから、毎日ビクビクして身も心もくたくた──。


(もう嫌、ここから逃げたしたい)


 私の能力をフルに使えば、ここから逃げだすことは恐く出来るかもしれないけど……。

 そうなると私は、次の日から逃亡者にジョブチェンジ。

 次の日には、賞金を掛けられ、アッ、という間に首と身体が2つに分かれて…。


(──はい、終了)


(──次のあなたの転生先は、あなたの大好きな昆虫ですよ……)


 そんな神様の審判もありうるとした想像力豊かなシルアは、思わず身震いをしてしまう。


(それは、もっと嫌!!)

(誰でもいいから私を助けて欲しい)


 心の奥底からそう叫びたいが、そんな風に発狂しても馬鹿を見るのは私だけだ。


 感情を爆発させるのは、体力の無駄遣いにしかならず、何の解決にも成りはしない。


 心の落ち着きを取り戻していった私は、何気ない過去に気を向ける。


 私は、生後間もない姿で孤児院の前に捨てられていたらしい。その場には、身元を保証するような持ち物は、何も見つからなかった。


 だけど、名前だけはわかったって教えたもらえた。


 稚児ちごの右手と左手に、その子の名前が書いてあった。


 右の手の平には、青い文字でシルアと──。

 左の手の平には、赤い文字でシエルと──。


 青い瞳をしていた稚児ちごには、青い文字で書かれたシルアが名付けられた。


(時々だけど、不意に記憶が無くなる時があってさ)

(私が全く記憶がない時に、もう1人の私が悪さをしてるって)

(そう孤児の仲間達から聞いたことがあるの)

(でも、本当に滅多に出てこないんだ)

(どうやら、私以上に超ス─パ─面倒臭がりみたいだよ)


 その後の私は、孤児として両親の名前すら知らないままに育つ。

 だけどさ、私みたいな境遇きょうぐうの子は別に珍しくも何ともない。


 この国では、私みたいな境遇の子供達で溢れかえっている。


 何故そうなるのかは、この国には、他の国には無い法律があるからだって聴いた。


 その法律では、何らかの理由で捨てざるをえない子供達や、両親がいない天涯孤独な身の上の子供などを、国が積極的に引き取り、7歳の洗礼式を終えるまで、国が独自に運営する孤児院において養育する義務を負うって、そんな内容の事を授業で習った。


 この法律を積極的に推進するのにも訳があって。

 やっぱり、只より高いものはない。

 国にも、何かしらの旨みがあるからそうしているんだ。


 国にとっての旨みっていうのは──。


 洗礼式の場において優れた才能を示した孤児を、積極的に国に登用すること。

 孤児院で育った孤児には、それを拒否する権限は与えられていない。

 国は才能ある子供達を援助し、国の中枢で活躍するように仕向けている。

 この法律が機能することで、洗礼式前の孤児にも生存できる環境が、きちんと整備されている。


 このような裏の事情がある孤児院に引き取られたシルアは、7歳の洗礼式を終えるまで、同じような境遇きょうぐうの子供達と分けへだてなく育てられた。


 周りにいつもいる皆と遊んだり勉強したり街のお掃除のお手伝いをした2~3年前の小さい頃の記憶は、今も結構鮮明せんめいに覚えだせる。


 あの頃、一緒に過ごした皆との思い出に浸ったシルアは「皆元気かな?」と小さな声で呟く。


 実は、ここの大農場には、孤児院時代の仲間も数人、一緒に送られてきていた。


 その仲間達とシルアは話をする機会がなかった。


 なので、なおさらその仲間達の身を案じているようだ。


 まあ、明日になれば、同じ新人農奴同士として、顔を合わせる機会もあるだろうから、その時にそれとなく様子を見てみようとシルアは考える。


 思考の荒波を制して1つの結論に至ったシルアは、次に運命の歯車が動き出した原因の1つでもあった、洗礼式の知識を思い起こす。


 ──洗礼式。


 洗礼式と言えば、孤児院で色々教わった。


 孤児院で学んだ知識によると、洗礼式を無事に終えた人なら、どんな身分の人でも『神の御声』が聞こえるようになって、個人事に独立した情報管理システム──『神のシステム』を操作確認する能力も同時に使えるようになるらしい。


 それとは別に、日頃から神様に魔力を奉納して真剣に祈りを捧げたことにより、洗礼式の場において希少ながらも神の加護や神の祝福が授かったという、貴重な過去の文献を読み聞かせてくれたから、その事実も学び知っている。


 これからのそれぞれの人生に大きく関わるから、自分の出来る範囲でしっかり祈るようにと言われて、それを馬鹿正直に間に受けた私は、神様から祝福を授かることが出来たんだ。


 当時もピュアなこころで神の御力を信じた私は、周りにいた孤児の皆よりも真面目に取り組み、朝昼晩と毎日欠かさず神様に魔力奉納して祈り続けたから、もしかしたら、その祝福は必然だったのかもしれない。


 私以外の皆は魔力奉納をするのが辛いらしくて、皆の顔色が死んだようになるのに、私は、ケロッ、とした態度で魔力奉納をするから、皆からは何かあるたびに、大魔神シルア様、と怪物呼ばわりされたなんていうなつかしい思い出が脳裏によみがえってきたけど、とにかく、それくらい純粋な気持ちで神様と向き合ったということだ。


 幸い私は、他の皆より魔力が多いらしく、それが祝福を授かる要因の1つだったみたい。


 まあ、何はともあれ洗礼式を終えた当時の私のステータス管理画面に【創造神の祝福】が刻み込まれていた。

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