第2話 今日の夕刻食料争奪戦
──時刻は、太陽が沈みゆく夕刻の時。
食堂を目の前にしたシルアは、夕刻食料争奪戦に参戦していた。
勝負のルールは簡単。
食堂の中に押し入り、配給される料理を奪い合う。
無事に最後まで生き残り、配給の料理をもぎ取って、料理を食べた者が勝者となる。
この夜の
詰めかけた観客からは、様々な歓声が鳴り響く。
そんな観客がする娯楽と言えば、やはり賭け事。
だが、ここにいる農奴達の殆どは賭ける銭を持っていない。
賭ける物と言えば、趣味趣向品である自作のタバコやお酒や麻薬。
あるいは自分の妻や旦那の貸し借りとか。
もしくは自分達の子供の売り買いなどなど……。
金がない農奴達は、身の回りにある物を賭けの対象にするのが常識であった。
ここでは、そんな賭け事に興じた談笑の声で賑わっていた。
観客達が娯楽に興じている間も、激しい戦いは続いていた。
「今日こそ、夜ご飯をGETするもんね」
「ふんぬ。ふしゅ~~」
気合充分に強い鼻息を立てたシルアは、
だが、足が遅い、遅すぎる。
(仕様がないでしょ。私の敏捷は最低値なんだもん)
シルアの走りは、大人の早歩きと同じレベルの速さだ。
でも走りが可愛いから、それでいい。
その走りとは裏腹に、シルアの勢いは止まらない。
「そ~れ、みんな、バイバ─イ」
食堂に近づこうとする敵を、一掃し排除するように魔力の津波で押し流す。
「皆して私にばっか、向かってこないでよ」
数々の敵を、魔力弾を五月雨式に打ち込んで吹き飛ばしていく。
魔力弾の使用数に比例して魔力の消費量も急激に増えていく。
普通ならば、魔力が尽きて無くなると、失神してしまうのだが……。
失神するような
実際には、息を引き取るようなレベルで魔力を消費し続けているのだが、その表情は元気一杯でまだまだいけそうな、お茶の子さいさいの様子を見せる。
今のシルアを魔力馬鹿と呼んでも、本人からの反論はないだろう。
それは、シルア本人も自覚しているからだ。
何故、シルアはそんな能力を持っているのか?
その理由は、これを見れば一目で解るだろう。
粒子光が見える程に高濃度化し、その姿を鮮明にした魔素が、足元に吸気口があるように吸い寄せられると、シルアの体内へと吸収されていく。
その姿は、魔素掃除機のように、周辺一帯の空間に染み込む魔素を、
今使用したスキルの名称は……。
──【魔素吸収】。
大気中に含まれる魔素を効率よく体内に吸収し、MP・魔力に置き換える能力。
このスキルを持つシルアは、魔力馬鹿の称号があれば、取得していても可笑しくない。
シルアは【魔素吸収】で溜め込んだMPと魔力を最も使い慣れたスキルに注ぎ込む。
それは、シルアの
──【魔力波動】。
効果は、自己の魔力数値の属性魔力を、体外空間に魔力波として放射する能力。
スキルのレベルが上がれば、様々な用法でスキルを活用できる。
シルアは、仲間の孤児達による協力とは名ばかりの、人柱による数々の人体実験によって、破斬、触手、爆風、津波、散弾、巨弾、貫通、振動、防壁などに用途に分けて、使い
今回は巨弾タイプの【魔力波動】だ。
両手を真上に掲げ、その上空には虹色に輝く魔力球が渦をまく。
「そ~れ、いっけ~~」
その可愛らしい声とは似つかわない規模に成長した魔力砲弾が、敵陣営に着弾した。
ドッッカ──ン!!
何人もの大人が宙をまったが、被害を免れた鬼気迫る男達がシルアを目掛けて走り寄る。
だが、まだ、彼らとの距離があった。
遠距離は当然のようにシルアの領域だ。
農奴に落ざるを得なかった彼らには、この距離だと手も足も出ない。
次は散弾タイプの【魔力波動】を繰り出す準備に入る。
周囲には数限りない魔力の小さな渦が巻く。
「食べ物の恨み~、思い知れ~~」
その掛け声を合図にして、数限りない魔力の小さな渦が、雨あられとなって敵陣営に降り注ぐ。
ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!
「ウッヒャ──」
「逃げろ──」
「手加減しろぉぉ──」
「殺す気か──」
「死ぬぅ──」
「止めてくれ──」
その配給戦線においてシルアは、魔力の砲弾を撒き散らし、向かい来る敵の
「え──、なんか言った──、聞こえな──い??」
嘘である。聞こえてはいるが、当然の如く無視していた。
通常のシルアならば、ちゃんと詠唱してスキルを発動するのだが、今は詠唱破棄の手段を選び、高速戦闘モードで、全ての外敵を次々に戦闘不能に追い詰めていく。
今までの恨み辛みが積もりに積もった今日のシルアは、いつもとは一味違っていた。
「負けるな、押し通せ」
周囲を
「ぐわっ──」
吹き飛んでいった大人の農奴に追撃の【魔力波動】の散弾を浴びせると、きっちりと止めを指す。
「ぐほっ──」
止めを刺すといっても殺すような非道はしていないから安心して欲しい。
ちゃんと、死なないように手加減している。
「ぐはっ……」
多分、そうだと信じたい。
魔法系統のスキルを駆使するシルアは、実は魔法も魔術も使えない。
能力はあるはずだ。だが知識が無い。
呪文も知らない。どうすれば魔法が発動するのか、それすらも知らない。
まだ、誰からも教わっていないからだ。
何故かと言えば力のコントロールが出来ない幼い頃に強力な魔術を教えこんだとしたら、魔力暴発を引き起こすのは、目をみるより明らかだからである。
だが、これはシルアにとって、決定的な弱点でもあった。
そんな欠点があるにも関わらず、シルアはこの食料争奪戦で負傷もせずに、何度も参戦を繰り返している。
──何故、8歳の幼女にそんな真似が出来るのか?
理由は簡単だ。
シルアには魔法や魔術に頼らなくても良い、レベルの高い才能スキルがあるからだ。
シルアには、才能スキルがある。
こういう者達を才能持ち、または異能持ちという呼び名で呼ばれ、普通の一般人からは恐怖の対象として見られていた。
才能持ちは、才能スキルの上限レベルが高い事、スキルのレベルアップ上昇幅も大きく、レベルアップ熟練度が低く抑えられるなどの数々の利点がある。
「ねえ、ねえ、おじちゃん達、もう私に構うの止めてくんないかな」
リーダー各の男が私の提案を簡単に切って捨てたように叫ぶ。
「ここまでやられて、今更、引けるかってんだ。今日こそ若頭の無念を晴らしてやるからな。野郎共、糞チビの息の根を止めてやるぞ。かかれ──」
シルアを標的にする一団が、次々にシルアに襲いかかろうと間を詰めてきた。
彼らを睨みつけるシルア。
その左目はいつの間にか真紅のように染まっていた。
数多くの男達は、武器と言えるか解らない木の棒を振りかざしてくるが──。
──光の粒子が集まると、両者の間に高く
結晶の壁は透き通った水晶のようで、
これもシルアの才能スキル。
──スキル名は【魔素変換】。
魔素を気体(魔素霧)・液体(魔素水)・個体(魔素石)に変換できる能力。
レベルが高くなれば、より高度に能力を使いこなせる。
「壁を創るなんて、卑怯じゃねえか。正々堂々と勝負しやがれ」
「ここには、ルールなんて最初から無いからいいの。それに正々堂々にしたら、負けるのは力の無い私だもん。そんな勝負だったら最初から参加しないって」
「ちくしょう。生意気なクソガキが……おい、お前ら!回り込むぞ、付いてこい」
頭に血が上った彼らは、その壁を回り込む為に壁伝いに走っていく。
彼らの攻撃ターンはまだ回ってきそうにない。
次もシルアの容赦ない攻撃が続くことになる。
次のタ─ンは、魔素の結晶化だ。
それは、彼らの走る地面から、ゆっくりと変化が始まった。
彼らの走る地面に、魔素の粒子光が集りだすと、徐々に結晶化していった。
結晶化が広がるにつれ、彼らの足も巻き込まれ、全員が転ぶように膝をつく。
結晶化された地面に手をつくと、その手も結晶化の波に巻き込まれた。
彼らは直ぐにその場から一歩も動けなくなった。
(よし、シルアちゃん作『反省する大人達』が完成したよ)
(これは、超いい出来栄えになったかも)
(もったいないから、このまんまにしよっと)
(明日の朝に太陽が昇ったら、ゆるりと観察するのも乙だよね)
「おじちゃん達、そのまま朝まで、ここで反省してて」
残酷な宣告をして、その場を走り去ろうとするシルア。
食べ物の恨みは恐ろしい。
それほど、シルアは頭にきていた。
冬なら凍死は確実だが、今の季節は陽気な春先だ。
魔物に襲われなければ生き残れる可能性は充分にある。
ただ、観戦し終えた農奴達から、其の後に何をされるかは解らないが……。
「おいおい嬢ちゃん、待ってくれ。行かないでくれよ。幾ら何でもそりゃねえだろ」
リーダー格の男が、苦笑いの表情で答えた。
その声でシルアは後ろに振り返る。
少し身体が震えているようだ。
「俺たちゃ、命令されただけなんだ。嬢ちゃんと仲良くなりたかっただけなんだ。それに、こりゃあ、単なる遊びの延長じゃねえか。遊びにそんな仕打ちは必要ないだろ」
負け男のお決まりの言い訳が始まる。
(さっきの勢いはどうしたの?)
しかし、シルアの興味が引く話ではないので、そのまま行こうとするが……。
リーダー格の男の動向を見守る観衆からは、この一連の様子に次々に罵声を飛ぶ。
命乞いをする情けない男を非難する声が多数を占めるようだ。
やっぱりちょっと躊躇った。
(まあ、余りやり過ぎて、また、
(適度に脅して終わろっと)
「本心じゃ、嬢ちゃんを別に恨んじゃいねえ。俺たち下っ端は、上からの命令にゃ、逆らえないだけなんだ。だからよ、俺たちのことも少しは哀れんでくれねえか。許してくれよ。頼む。この通りだ!」
リーダー各の男の話なんか、シルアは全く聞いちゃいない。
シルアは高く
すると、両者を妨げていた魔石の壁が砂のように粒子状になり、それが一気に崩れ落ちると、元は壁だった全ての粒子光が薄く煌き、その姿が霞がかるように消滅していった。
変わりゆく景色にビックリして言葉をなくすおじちゃん達。
目の瞳がキョロキョロしてる。
周りで非難の声を上げる観衆達も、思わず息を飲んだように静まり返る。
おじちゃん達の履いてるズボンが水に濡れたように色が変わっていく。
(あらら、ビックリしすぎたのかな?)
おじちゃん達はまた大きくブルブルと震えだした。
(多分だけど、おじちゃん達も砂にされるって勘違いしたのかな?)
(おっと、これは、チャンスかも。ほんの少しの優しさで、敵陣営の切り崩しでもしちゃおっか)
シルアは、とびっきりの笑顔を見せて、優しくおじちゃん達に話しかけた。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。もうおじちゃん達には何もしないから。後さ、暫くしたら動けるようにするのもいいけど、その代わり、もう私に絡んでこないでよ。その約束を守るんだったら、この争いが終わったら開放するけど、どうする?」
「ありがてえ。俺達は金輪際、嬢ちゃんには関わらねえ。俺等はもうあのグループから抜ける。約束するから、朝まで放置するのは止めてくれ」
「契約締結ね。後で解除したげるから、争いが終わるまで、そのままそこで待っててね。じゃあね」
リーダー格の男との交渉を終えたシルアは、その後も会心の活躍をする。
次々に立ちはだかる大人達に、今まで溜まった鬱憤をぶつけていく。
シルアの走り去った場所には『反省する大人達』が次々に地面に据え置かれていった。
戦場の風雲幼女と化したシルアを止められる者は、この場にはいなかった。
いつの間にか、幼女VS大人達、の状況に変化したが、それでもシルアは暴走は止まらない。
そんな戦場無双を果たし悦に入るようにルンルン気分のシルアであったが、初期の目標を見失っていた。
──夕食をGETして食べる。
観衆は大盛り上がりとなり、次々にシルアを応援する声援が沸き立っていた。
それで、気分を良くしたシルアは初期の目標を頭の片隅に追いやっていた。
やがて、戦場に静けさが戻ると、シルアただ独りが立ち尽くす。
今日の戦場の勝利者はシルアだ。
観客からは、祝福の声が溢れて聴こえる。
少し耳を澄ますと、こんな声が届いた。
「よーし、俺の勝ちだ。よくやった─、嬢ちゃん」
「流石は俺様の勝利の女神、無事に娘を取り戻せたぜ」
「嬢ちゃんのお陰で熱い夜をGET出来たんだ。嬢ちゃんは最高だ」
「俺の娘になってくれ~」
(娘になるのは無理だから)
(でも、皆が喜んでくれて良かったよ)
(私も勝ててハッピーだったからね)
大観衆からは、祝福の声援が浴びせかけられ、シルアは超ルンルン気分を味わった。
歓声には、笑顔を見せて手を振りつつ観衆の声援に答えていく。
「今日は私の作戦勝ちよ」
「るるるん♪らららん♪るんるるるん♪」
「室内じゃ、圧倒的に私が不利だけど」
「野外なら私が圧倒的に有利なのよ」
「るん♪るん♪るん♪で1等賞」
音程が変な鼻歌を陽気に歌って、凱旋するように食堂に入っていくと……。
「今日は私が1番に食堂にゴールイ──ン!!」
最後はジャンプをすると、万歳しながら着地をして、無事に食堂内に足を踏み入れた。
しかし、そこにあったはずの配給前の料理が盛られた大皿には──。
──もう残飯すら残っていなかった……。
ポカンと大口を開けたまま、頭がショートしたシルア.......。
そんなシルアを嘲笑うように、大人達は食事を終えたトレーを机の上に置いたまま、それぞれのテーブル席でビールを飲んで騒いでいた。
大戦に勝利したシルアが、配給の列に並ぶ頃には、既に全てが遅すぎた。
もう、全ての料理は、大人達の胃袋に収まっていた。
それも其のはず、シルアが戦っている最中に、
食堂内で優雅に
「嬢ちゃん、窓から見てたぜ。優勝できて良かったじゃねえか」
「全員を叩きのめした後で、
「くくく、お
「こちとら、そうは問屋がおろさねえんだ」
「やっぱ頭脳面では俺達のほうが上だな」
「まっ嬢ちゃんはよく頑張ったほうさ」
「嬢ちゃんのお陰で、俺等が悠々自適に飯に有りつけたんだ」
「嬢ちゃんありがとよ。明日もまた宜しく頼むぜ」
ガックリと膝から崩れ落ちたシルアは、両手を床について項垂れて。
「また、負けちゃった──」
シルア作『反省する幼女』がお披露目される。
戦いに勝ち勝負に負けた。
今日の勝負も大人達の余裕の勝利であった。
シルアは朝食戦線の敗北に引き続き、夕食戦線の部でも敗北した。
今夜の敗因は、襲撃者の撃退に時間をかけ過ぎた事だ。
シルアなりにかなり手加減したのが、裏目に出たようだ。
今日も大人達の策略の罠に見事に釣られ、食料争奪戦からまた脱落してしまった。
気落ちしたシルアは、とぼとぼと項垂れたまま、食堂を後にする。
食堂を後にしたシルアは『反省する大人達』を解除すると、次の目的地へと足を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます