エクストラ称号『たまごの御使い』を持つ薬師~魔王や聖女なんかにはなりません。どうぞ、後はお好きにしてください~

黒いきつね

新人農奴になった私

第1話 お腹がすいた、ご飯食べたい ①

 ──就寝の鐘が鳴る音が微かに響く。


 この鐘が鳴ると騒いでいた者達も、徐々に次の日に備えて眠りにつく。


 その就寝の鐘の音に紛れ、薄暗い大部屋の端から微かな声がした。


「あ~あ、お腹すいた~、何か食べたい」


 私の求めてやまない言葉が、自然と口から流れ出てしまう。


 今日も腹の足しになる物は、殆ど何も口に出来なかった。


 口にした物と言えば、泥水や草や花や昆虫位しか、頭に思い浮かばない。


 何だか、モウモウ鳴き続ける牛さんにでもなった気分を味わう。


(だけど私は牛さんとして生きたくないから)


(普通の人間として暮らして生きたいの)


 そう、心の奥底で強く思った私は、


「神様─、やっぱり温かいご飯が食べたいよ──」


 と少し前の呟き声をしっかりと修正した発言で呟いた。


(このままじゃ、近いうちに餓死するよ……神様!!そんな死に方は嫌だよ~)


 いまだ成り立てホヤホヤな新人農奴の日常はこんな思いに満たされる。


 農奴となる運命に逆らう術のなかった私は、公爵領内の開拓領域である辺境の大農場で暮らしていた。


 私の名前はシルア。


 見た目は灰色に染まった大きめの農奴服を着込んだ8歳の幼女って感じかな。


 灰色は新人農奴が着る服の色。それをダボっと着こなすのが私の流儀。


 瞳の色は青色。髪も肌の色も白色のアルビノっていう色素が落ちる体質なんだ。


 見た目が割と綺麗な部類だったと思うけど……。


 それが今じゃあ、髪は灰色と黒に染め直したみたい。


 肌も汚れて大分くすんできた。目元は少しクマさん色になってきたかもね。


 それもまあ仕方が無いと思う。


 毎日の重労働ですぐに全身が汚れるし。暫く水浴びをする元気もなかったから。


 そんな今の私は、もう、空腹が我慢がまんの限界。もう無理かも。


 仕様がないから最後の手段。


(は─ぁ。今日の晩御飯も、やっぱ、これだった)


 其処ら辺の臭ったような匂いのわらを、無造作に口の中に放り込んでは、むしゃむしゃと噛み締めていく。


 もう藁の束は、ここに来てから食べ慣れた味覚だ。


 くちゃくちゃとお口の中でみしめる。


 藁から染み出す苦味を緩和しようと、口内の唾液が止めなく溢れ出していく。


 もしも、この食事風景を見た人がいたら「もしかしたら、貴女の前世は牛さんじゃないの」と言われても当然のような食べっぷりである。


 何やら両目から塩味の水が垂れてくるけど、これはきっと汗に違いないはず。


 少し前の私は、真逆まさかこんな未来が待ち受けているとは、その当時は想像すらしてなかった。


 ここに来る前の私は孤児だった。

 そんな私は、国が運営権を持った孤児院で育てられ、慎ましくも楽しく暮らしていた。

 

(──あの頃は良かった)


 今よりもずっと心に余裕があった。

 孤児院で出された料理の味も美味しかった。

 清められた大部屋では、仲間達と食っちゃべる賑やかな日々だった。

 孤児院の外に出て遊ぶのも普通に許された。

 街中を走り回り、皆で鬼ごっこをして遊んだりした。

 街の清掃を皆で手分けして頑張った。

 そこでもらったお駄賃で、お菓子を買うと皆で分け合って食べた。

 日々決まった時間に授業時間があり、苦手意識があった勉強もした。

 神様へのお祈りも毎日欠かさず行ない、魔力奉納ほうのうも熱心にしていた。


(──あの頃は本当に毎日が楽しかった) 


 所変わって、ここでの暮らしは、理不尽な暴力におびえて暮らす毎日。


 料理は食堂で1日に2食、決まった時間に配給があるけど……。

 新人農奴の私には、1日2食なんて夢のまた夢。

 ここに来てから、いまだ、ありつけた事がない。

 私の暮らすせまい世界では、暴力が横行している。

 ここでは力を持つ大人が幅をきかす。

 力こそが正義、そんな理不尽りふじんで残酷な世界。

 そして、力も魔力も弱い人は食事にありつくことも難しい。


(私なんて、良くて1日に1食食べれればいい方だし……)

(てゆうか、この頃は毎日、あの嫌らしい目付きをした大人達に目を付けられてから、殆ど、満足な食事にもありつけていないや)

(まあ、自業自得な面もあるけれど……)


 力を持たない弱い人間が、ここで生き抜くのは難しい。

 力も魔力も弱い人間は、鼓動こどうを止めたしかばねとなり、朝方に発見される。

 誰もその死を悲しむ者は居ない。

 ここでは少しの油断が命取りになる。


 物陰ものかげに押し込まれ、乱暴らんぼうされそうに成るのは当たり前。

 後ろから大きな袋に入れられた事もしばしば体験した。

 階段から突き落されそうになったりもした。

 幾ら魔力が強いと自負する私でも、毎日が危険と隣り合わせでは、心を休める暇も無かった。

 

 そんな厳しい現実の中で、私は歯を食いしばって生きていた。

 

(はー、孤児院に帰りたいな)

(あの頃が本当に懐かしく思うよ)

(誠心誠意に頼み込んだら、孤児院に帰らしてもらえないかな?)

(それか、路上演劇の人気演目のように、囚われたお姫様を助けにくる素敵な白馬の王子様の登場出番が近い将来にあったらいいのに)

(もちろん囚われたお姫様は私が主演するんだ)

(まあ、そんな夢物語、あるわけないけどね)

(現実はホント、残酷ざんこくで厳しい……)

(は─、それにしても、お腹がすいた)


(今思うとあの頃が一番幸せだったのかもしれないね)


 私は望郷の念を覚えた。

 そして、今日の夕刻食料争奪戦に参加した事を思い出す。


(それにしても、今日はちょっとやり過ぎたかな)

(私的には、気分が少しスッキリしたけどさ)


 食べ物の恨みをぶつけたら、それは、スッキリするだろう。

 シルアがスッキリした分、スッキリしない者達が大勢いるようだが…。


(まっいっか、あのおじちゃん達、超しぶといもん)

(明日になったら、きっとゴキブリみたいに復活するよ)

 

 少しだけ、反省の気持ちを浮かべたシルアは、食料争奪戦の出来事を振り返る。

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