第12話 ありがとう、神様 ②
「今日から極貧生活から卒業だ─!!、苦節1ヶ月、短いようで長かった」
極限の飢餓と戦い続けた日々が走馬灯のように流れていく。
苦しみ抜いた日々に、ようやく終焉の時がきた嬉しさから、両目から涙が溢れてきた。
「もう生きてる昆虫を握りつぶして、食べなくてもいい」
「やぎや牛のように草を噛まなくても生きていける」
「木の皮を剥いでバリバリ食べて、惨めな思いをしなくてもお腹を満たせる」
「魚と釣ろうとしたけど、魚の力に押し負けて湖に落ちて溺れて死ぬ寸前だったとか」
「もうそんな伝説を作らなくてもいいんだ」
「お腹が空いても、苦しい思いで耐え忍んでたけど、やっと報われた気がする」
溢れて滴り落ちてくる涙を右手でゴシゴシ拭う。
右手に軽く握り締めた茹でたまごは淡くてやさしい光りを帯びていて、その光は、私を優しく慰めているように感じた。
「神様ありがとう、これからも、毎日欠かさずに魔力奉納をするからね」
神様に語り終えると同時に無意識にその場に跪く。
そのまま、たまごを両手で挟むように手を合わせた。
どうやら、突発的に魔力奉納がしたくなったようだ。
大声を出して
「これは、私の気持ち。受け取ってください──神様」
「【魔素吸収】【魔素変換】【魔力操作】【魔力放出】【魔力波動】一斉展開」
シルアは嬉しさのあまりからか、自重の壁を完膚なまでに叩き壊したようで、ブワッ、と周囲から魔素を大量に集め、ドバッ、とシルアの魔力属性に染め変えた力の奔流を神様に奉納していく。
「あちゃっ、
シルアは後先をあまり考えない。いつもやった後で後悔する。
考えなしの性格をしたシルアは、力の加減を考慮しない行為を度々してしまう。
今やり始めた魔力奉納もそうだ。
林の木々に囲まれた領域は、大地も空も、魔力奉納をした直後から
地上部分では、大量の濁った灰色の粒子がシルアを中心に、台風の目のように渦を巻く。
青空一面には、シルアを起点にして、濁った魔素がシルアの魔力に変換されて虹色を帯びた色合いに変わり天に向かって一直線に伸びていった。
虹色に煌く御柱が天に届くと、御柱の頂点から虹色の枝のように細かく分散して流れていく……。
その上空の景色は、徐々に虹色に塗り替えられ、その範囲が円状に広がっていく……そんな幻想的な光景が広がる中で、林の奥で混乱していた動物達も、姿を見せると不思議そうな顔をして頭上を見上げていた。
周囲には、可視化されるほどに濃密になった魔素が、力の濁流と化した巨大な渦となり、周辺に広がる林の木々を激しく揺らす。
その巨大な渦の魔素を、どんどん吸収していると──。
『新たな才能が芽生えた。才能スキル【魔素浄化】を獲得。レベルは10に上がった』
神の御声が脳裏に聞こえた。
才能スキルとは、一般スキルよりもレベルの上昇率が非常に高くなっている。
レベルアップに必要な必要経験値もかなり低く抑えられ、才能スキルを幾つ持つかで、その後の人生を大きく左右する。
「おっと、やったね。どうせなら、このスキルも一緒に展開しちゃおう」
渦を巻くように集めた大量の力の奔流を、全て余すところなく体内に取り込むと、
「展開【魔素浄化】」
体内に入り込んでくる濁った色の魔素が、白く色落ちしていき、周辺の魔素も次第に穢れが浄化されて純白色に塗り替えていく。
幻想的な光景は、再び、その姿を大きく変え、見渡す限りの白い霧と変化した澄み切った粒子の渦が、林の木々を深く包み隠す。
また、純白色に色を染め変えた光の御柱が、天を貫く無数の枝となり天空一面に蜘蛛の巣のように帯状に広がっていた。
──広範囲に広がる領域は、純白の霧と輝きで満たされた。
「これでも、到底、私の感謝の気持ちには及ばないけど、朝はこれくらいにしとこっと」
その言葉を最後にシルアは、両手の合掌をといて魔力奉納の祈りを終えた。
白く染まった世界は、少しずつ元の色合いに戻ろうと染まり変わっていく。
見渡す限りの大地には、清浄で澄み切った魔素が辺りに少しづつ溶け込んでいった。
辺りに生えている林の木々は、穢れを洗い落としたことで、色合いが明るくなり、木々から生える葉は青々と生い茂る。
浄化した魔素の染み渡った大地の至る所で、生命の息吹が次々に芽吹き始めていた。
草木から新しい芽が出ると急速なスピードで成長して伸びていった。
見渡す限りの林の木が広がる領域は、また、新たな息吹に彩られ、明るい自然色に塗り替えられていく。
ひと仕事を終えたシルアは、膝をついて汚れた衣服の裾をはらいながら立ち上がると、周りを見渡してから軽口を言った。
「まあ、ちょっと派手だったけど、近くに誰もいないし、大丈夫だよね」
その言葉を話した直後にシルアは固まった。
どうやら大丈夫ではない雰囲気だ。
その証拠にシルアの脳裏には、『神の御声』が何度も鳴り響いていた。
シルアは口を大きく開けて愕然としている。
大規模な魔力奉納をやり終えた結果により、大量の経験値がシルアに
それも其のはず……。
大地と空間に染み込んだ魔素の穢れを祓い、浄化した純魔力を神に奉納するのは、本来神殿が行う神事であった。
この規模の神事を執り行うとすれば、自国に10人いる半数の聖女と半数の聖巫女を動員しなければこの規模にはならない。
であるからして、辺り一帯の魔素と浄化して行う大規模な魔力奉納は、決して小さな出来事ではない。
ましてや、新人農奴が引き起こしていい事象では断じてないと言えよう。
普段シルアがやる魔力奉納とは規模が全く違うのだ。
たった1人で大規模魔力奉納を行えば、神から
幾ら嬉しいからといって、この規模の魔力奉納は行うべきではなかった。
まだ、8歳の感情の起伏が激しい年代の子供を放置するとこんな状況になる。
今回の件は、特別凄かったが、シルアは孤児院時代から、度々こんな真似を仕出かす。
こんな状況を度々起こすシルアに魔術や魔法を教えるのは、非常にリスクを伴う。
なので、誰もシルアに魔術を学ばせようとしなかったのだ。
今回の大規模魔力奉納をしたツケも、いつの日か、シルア自身が支払うことになるかもしれない。
そんなシルアは、呆けたように『神の御声』のログを何度も繰り返し再生して聴きいっていた。
『シルアの才能が溢れた。
無属性魔法がレベル20にレベルアップ
聖命魔法がレベル20にレベルアップ
寿命強化がレベル35にレベルアップ
延命耐性がレベル35にレベルアップ
老化耐性がレベル35にレベルアップ
肉体再生がレベル35にレベルアップ
体力強化がレベル35にレベルアップ
魔素耐性がレベル45にレベルアップ
魔素変換がレベル30にレベルアップ
魔素操作がレベル20にレベルアップ
魔素制御がレベル20にレベルアップ
魔素吸収がレベル35にレベルアップ
魔素浄化がレベル30にレベルアップ
魔力耐性がレベル20にレベルアップ
魔力変換がレベル20にレベルアップ
魔力譲渡がレベル30にレベルアップ
魔力循環がレベル20にレベルアップ
魔力操作がレベル30にレベルアップ
魔力制御がレベル30にレベルアップ
魔力放出がレベル20にレベルアップ
魔力波動がレベル40にレベルアップ
経験値増加がレベル20にレベルアップ
シルアは、レベルが上がった。
レベルが3になった。
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次のレベルまで経験値40万EXP必要』
「40万って……そんな、あほな」
「は~、もうさ~、何よ、これ??」
「経験値なんて今までの神のシステムでは、何処のスペースにも表示されなかったよね?」
「今のステータス画面にも載ってなかったのに、ここでそれを言っちゃうの?」
「相変わらずわけワカメが大漁で困っちゃう。前の神のシステムからぷっぷちゃんになったら、性能が上がって経験値の数値が見れるようになったけど、これって知らなかったほうが幸せだったような気がするんだけどな~」
(孤児院にいた同期の仲間達は、女子でもレベルが平均で5~7で、男子だと8~10ぐらいだったのに、私だけずっとレベルが1で、ちょっと変かなとは、なんとなく思ってたけどね)
(学院に入学する前にようやくレベルが2に上がったけど、この大量経験値の壁が私のレベルアップの障壁になってたのね。ようやくその事実が証明された)
(今回レベルが上がったのは、経験値増加のレベルが20になったのが大きいみたいだね)
(【魔力波動】を使ってゴブリンの住処の洞窟をまるごと吹き飛ばしたことあったけど、あれでレベルが上がらなかったのは、ちょう高い経験値の壁が原因だったんだ。ようやく腑に落ちたけど、出来ればそっと蓋をしておいたほうが気持ち的には楽だったよ)
(才能が高すぎるから、これで帳尻合わせてるのかもしれないけど、ちょっと納得いかない)
(他にもワカメちゃんなスキルが、凄い勢いでレベルアップしちゃうし、もう、ワカメちゃんには、どっか遠くに旅にでもいってほしい気分だよ)
右手に握っているたまごを弄びながら、『神の御声』を何度も聴き入っていたけど、次から次へと疑問が沸き立ってきて、もういい加減さじを投げたくなった。
「匙を投げるついでに、レベルアップ達成を祝して、たまごで乾杯しよっか」
たまごのプニプニ具合の感触が良すぎて、食べ物だということが頭の片隅から忘れ去られていたけど、ようやく正気に戻ったように思い出す。
「おっと、それはいい考え♪即採用♪」
「ちょっと頭がパンクしそうだから、たまごを食べて落ち着こう」
(長いことプニプニとした感触を堪能したから、そろそろこの茹でたまごを実食してもいいでしょ)
思い立ったら即行動を実践しようと、祈りの姿勢になると……。
祈りの言葉を捧げていく。
「ではでは、永劫の時を巡り、世界をあまねく照らす全能なる至高の神よ」
「日々の恵みに感謝を捧げ、新たな恵みをいただきます」
真剣な趣で神様に恵みに感謝して祈った。
祈り終わるとその表情は、可愛らしい年相応の笑顔を覗かせると──。
「それ、パクッとな」
茹でたまごにガブリと齧り付く。
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