第26話 今日も食堂へ行こう ⑤ 笑顔が溢れる人達

 ベスさんの仕事ぶりを観察し終えた私は、気を取り直すと、周りにいる人達を観察してみた。


 みんな、大騒ぎしてる。どうやらお酒も振舞われてるようだ。


 厨房の奥からは、沢山の料理が各テーブルに振舞われていた。


 さながら、祝勝会と言えそうな談笑の集まりがあちこちの場に広がると、みな大いに盛り上がっているようだ。


 近くに集まる人達の談笑に、少し耳をましてみると──。


「見てくれよ、俺の腕が生えてきたんだぜ」

「よかったじゃねえか。でもよ、少しは落ち着けって」

「そう言うお前も分かってんだろ、今更無理だってよ」

「今日はもう無礼講だ。それでいいじゃねえか」

「そうじゃ、そうじゃ、見てみい、儂なんか、曲がった背筋が真っ直ぐになったんじゃぞ」

「何言ってんだ。俺なんかよ、頭の毛がまた生えてきたんだぜ」

「俺なんかよ、引きずってた足が嘘見てえに治っちまった」


 自慢じまん大会でスピーチをして競い合うように、其々それぞれの復調具合を自慢しあってるようだ。


「これが全部、彼処あそこにちんまり座ってる玉子の嬢ちゃんの力なんだろ」


「ほんと、凄い異能の力よね。あの子のような力なんて、今まで目にしたことがないわ」


 赤いゆるふわな髪をした女の人も積極的に話に参加していた。

 この女の人に、一目で目を引く。

 沢山いる大人達に混ざる、この女の人が特に気になった。

 こうなるのは、勿論もちろんぷっぷちゃんが原因だ。


「あの子の授かった職業が、今回のアップデートの1番の当たり職業じゃないかしら。この機会にお近づきになりたかったんだけど、あの様子じゃ無理そうだわ」


 ぷっぷちゃんの円状パネルを通して見ると、今話してる女の人の周りだけ、色が着いて見えるんだ。

 何故か、この人の周りだけ、赤く点滅してる。

 見え方がおかしい。かなり違和感がある。

 多分、ぷっぷちゃんは、赤は危険。要注意。そう言いたいのかな?

 パネルには、赤く染まって見える女の人のステータスが表示されて──。


 それを、注意深く見てみると──。

  

─────────────────

  ────検索画面────  


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   ──ステータス管理──

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【クレスタ・ジュエラ】       

□□□□□□□□□□□□□□□□□

年齢 :28

レベル:60

種族 :人間

①職業:諜報員

②職業:農奴

HP :1800/1800

MP :600/600

力  :300

魔力 :240

体力 :420

敏捷 :900

器用 :900

運  :600

称号 :ルロマール帝国第3等級諜報員

□□□□□□□□□□□□□□□□□


  ─────────────

─────────────────


 そこには、ビックリする職業ジョブが載っていた。

 ルロマール帝国の第3等級諜報員ってぷっぷちゃんのバネルに載ってる。


(この人はクレスタ・ジュエラさんって言うのね)

(諜報員って何かカッコイイ名前の職業だね。ちょっと、ときめいちゃった)


 相変わらず、呑気なシルアであった。

 これはオセリア達やぷっぷちゅんが居れば、何とかなるだろうという安心感が強く心を占めていて、それで気が抜けてるようだ。

 

(まあ、今はそんなのは、横に置いといて……)

(クレスタさんね、ちゃんと心のメモ帳に忘れないように記憶しておかなきゃ)


 クレスタの立ち位置は、シルアの居る場所からは、それほど離れてない。


 シルアは平静を装いつつ、ちらちらっと観察すると──。


 紺色の農奴服から覗く悩殺のうさつボディ。

 垂れ目の小さな顔立ちが印象的。

 ゆるふわ髪が肩まで伸びて、時たま髪をかきあげる仕草が目を引く。

 その立ち振る舞いは、怖そうなおじちゃん達を相手にしても、全然物怖じしてない。


(妖艶って言葉が似合いそうな人、危な匂いがしそう)


 クレスタさんの周りには、だらし無い顔をしたおじちゃん達が群がり、さながら、女王蜂のようにちやほやされて、満更でもなさそうな顔をしてる。


(──おっと、危ない、危ない、クレスタさんと視線があっちゃった)


 2人の目線がバッティングすると、クレスタさんは私に向けて目を細めた優しい笑みを見せた。


(ウヒョッ何?あの笑みは)


 ヒヤッとした私は、慌てて視線を他の場所に向ける。


(ちょっと挙動不審だったかな?)

(まあ、こっちには、どうせ近づいてこれないし、別にいっか)

 

 クレスタさんとだらし無い顔をしたおじちゃん達との会話を、悟られないようにそばだてて聞いてみた。


「あの子って、今農奴達の間で話題になってる子でしょ。少しお近づきになりたいわ。どうにか成らないかしら」


「まあ、無理だろうな。今はきっと誰も近づかねえぜ。俺もあそこだけは、何を言われても近寄りたくねえな」


「俺も一言お礼言いたいんだけどよ、あんなのが側にべったり張り付いてんじゃ、今日は無理っぽいぜ。お前さんも諦めたほうがいいんじゃねえか」


「確かにそうね。でも、いつか仲良くなりたいわ。あの子って見た目も中々可愛らしいし、お金の匂いがプンプン匂ってくるから、興味が沸いてしまうのよ。機会があれば一度くらいは話してみたいわ」


「確かにそうかもな。あの嬢ちゃんと仲良くなれば、ここから開放される日も夢じゃないだろう。だがよ、見た感じじゃ、しっかりここの地主に囲まれちまってるぜ」


「強そうなバックがいるのは、優れた才能持ちには当然の付き物だわ。そこは貴方達の協力があれば、私はいけると思ってるんだけど……まあ、詳しい話は向こうのテーブルにでも座ってゆっくり話しましょ。近くで睨みを利かす場所にずっと居続けるのも疲れたでしょ」


「お前さん、怖い警備隊の姉ちゃんがにらみを利かす場所で、これだけおくせず話をするた─、大した肝っ玉きもったましてるじゃねえか。気に入ったぜ。今日からお前さんは俺の友達ダチだ。よ──し、俺達の話に一枚噛みたい物好きな野郎共は、向こうのテーブルに集まんな」


 その言葉に従うように、クレスタさんの微笑に魅了された数人の大人達が、私の耳の届く範囲から離れていく。


(ありゃりゃ、新しくクレスタさん派閥が誕生したっぽいよ)

(今、クレスタさんの事をオセリアさんに伝えると、なんだかとっても危ない予感がする)

(後でオセリアさんの機嫌がよさそうなときにでも、頃合をみて話そっか)


 クレスタさん達は人影に紛れて見えなくなった。


(ありゃりゃ、見えなくなっちゃった、まっいいでしょ)

(この場で直ぐに何か事を起こすとは思えないし)

(危なそうなのはオセリアさんにお任せして、私は後ろで見ていよう)

(さてと、次は何処の場所を観察してみようかな?)

(あれれのれ、彼処あそこで目立ってるのは……拳聖のダハルさんだ)


 ここではダハルさんがテーブルの上に立って演説してた。


「おう、お前ら!、ここにいる全員がシルアの嬢ちゃんに世話になったんだ。あの嬢ちゃんが面倒な目に合いそうになったらよ、今度からはちゃんと助けてやるんだぞ。逃げんじゃねえぞ」


 顔を少し赤くしながら、一生懸命に訴えかけてくれてる。


(おう、なんて嬉しい言葉)

(やっぱ、ダハルさんもいい人だ)

(何だかんだいって、これまでも、結構助けてもらってるしね)


「そうだな、ダハルのおやっさんにも、毎回世話になってるし、今回はあの嬢ちゃんの世話にもなっちまったしな。やっぱよ─、貸した借りは耳を揃えて返すのが男ってもんかもな。しゃあねえから、助けてやっか」


「俺も髪の毛の借りがあるから、助けてやるぜ。出しゃばりのオメエにばっか美味しい所を取られるのは尺に触るしな」


「抜かせ、この大馬鹿野郎が。テメエはすっこんでやがれ」

「なんだと、このスケコマシ野郎が。俺のシルアちゃんにオメエの毒牙を掛けんじゃねえ」


 2人の大人が取っ組み合いを始めようとするが……。


「そこっ喧嘩すんじゃねえ、今はしっかり俺の話を最後まで聞きやがれ」


 ダハルさんのお叱りを受けて、大人しくなった。

 食堂内では、こんな風にバカ騒ぎに興じる大人達を大勢、目にする。


(ダハルさんも大変そうだね)

(でも、本人は、楽しんでそうだし、気にしなくても良さそうだよ)

(概ね、狙い目通りなのかな?)

(まあ、一部ご迷惑を掛けた人も、いるとは思うけど……)

(皆が喜んでるから、此れはやった甲斐があったんじゃないかな)


 向こうの華やかな舞台では、スポットライトが沢山当たって楽しそうな感じがした。


 そんな風景を遠目から見つめながら、私は自分の周囲にも目を配る。


 こちらは、一転して、スポットライトが当たらないように、私を取り囲む警備員達は、誰もその場から一切動かない。


 理不尽だ。

 檻の中に閉じ込められた気分。

 しかも私の背後には、1人、超凶暴になった人物も放し飼いなんだ。

 逃げ出したい。無理なのはわかってるけど。

 取り敢えず、仁王のような立ち振る舞いで佇む超怖い人物──オセリアさんは、どうにかして欲しい。

 

 やっぱ、あっちのほうが花がある。

 眩しいスポットライトが当たる場所がいい。

 こっちは暗くてジメジメしてる。

 あっちで皆と話をしてみたいし、チヤホヤされるのも悪くない。

 一度でいいから沢山の人から、感謝されてみたい。

 女王様気分を堪能するのは今をおいて他にはないのにな。

 折角、皆と仲良くなれそうな雰囲気になのに……。


(よ──し、ここは交渉しよう)


「ねえねえ、オセリアさん、ちょっとだけ向こうに行ってきてもいいかな」


 オセリアさんは、きっと凄い怖い顔をしてそう。

 そんな姿を見たら、多分怖気付くかも。

 どんな顔をしてるかなんて、ここに誰も近寄ってこないもん。

 だいたい予想が付くから。

 だから、後ろには、一切振り向かないで、前を向いたまま質問する。


 私がやらかした件ですっかりご機嫌斜めになったオセリアさんは、素気そっけ無く私の提案を却下した。


「無理に決まってるだろ、シルアはそこでじっとしてろ、解ったな」


「もう、ケチンボ」


「何と言おうが無理なものは無理だ。これ以上、この場を混乱させる真似は、くれぐれもするんじゃないぞ。わかったな」


(悔しい、さっき、今度はちゃんと助けるって演説してた正義の味方)

(ヘイ、カモン、ダハルさん)

(ここに助けを待ってるシルアちゃんがいるよ)


 助けを求めようとダハルさんのいる方向に視線を向けてみると……。

 ダハルさんは演説を終えて、いつの間にか大声を上げて歌を熱唱していた。


(どういう事よ、ダハルさん)


 よく目を凝らしてみてみる。


 すると──。


 ダハルさんの右手にはお酒の大瓶が握られていた。

 顔を赤く染め「ぷは──」とお酒を飲みつつ音痴な歌を熱唱している。

 どうやら、さっきの演説は、ただの酔っぱらいの戯言だったようだ。


(そんな─、しょぼん)


 誰も助けにこないと諦めの局地に立った私は、


「は~い」


 と気のない返事をする。


 その後、この現場に救援要請にこたえて到着した警備隊の一行が、手際よく【奴隷紋】の契約更新作業をこなして行った。


 私はその間、ずっと、3兄弟の長男──ロゼルハルト様から、くどくどとお叱りを受け続けた。


 そのお叱りと共に、本日の午前中はまるまる契約更新をするのに割かれていき、午後から馬術訓練を受ける段取りとなった。


 なんか、警備隊の人達、全員の表情が妙ににやけてるのが、なんか気になる。


 何かされそうな悪い予感がするんだけど……。

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