第25話 今日も食堂へ行こう ④ 後始末に追われる人達

 ──あれから2刻程の時が流れた。


 食堂の状況は、大きく様変わりしていた。


 あの静まり返った雰囲気がまるで嘘のよう。


 今では笑顔が溢れる大人達で一杯だ。


 そんな大人達は、馬鹿騒ぎにきょうじていた。


 私の耳には喜びを表現した騒ぎ声が次々に届く。


 ここにいる人達は皆、満面の笑みを浮かべている。


 まるで、その笑顔が満開の花のようになって店内全域に咲き乱れているように見えるけど、毒々しい笑顔の花が沢山で、目の置き場に困るんだ。


 今では何処のテーブルもお祝いムードに包まれ、幾つのテーブル席では、喜びあう大人達が集まってドンチャン騒ぎに花を咲かせていた。


 この状況を生んだのが、私のスキルがあったからだと思うと感慨深くもなったけど……。


(でもね、そんな感情はとっくの昔に心の奥底に沈んだよ)


 今の私の心は荒れ模様──。


 実は、ちょっとへこんでいた。


(まあ、これは大体予想はしてたけど……)


 あの後の時間は、オセリアさんから「大人しくしてろ、これ以上我々の仕事を増やすなよ」と半ギレ状態で言われると、こんな風に皆から隔離された立場に追いやられ……。


 農奴達からの干渉がないような対策をとられると、食堂の奥のテーブル席にちんまりと座らされた。


 今日の献立を楽しみにしてた朝食も、配給の列に並ぶことも許されず、警備隊の人が運んできたトレーに盛られた朝食を受け取ると、居心地の悪い監視化で緊張しながら食べ終えた。


(はあ、大勢の人から見られながら食べるのって、恥ずかしい)

(大通りで演技する大道芸人の人達の気持ちがわかったよ)


 警備隊の人達から注視されてたし、店内にいるほぼ全員の視線も向けられて、針のむしろに座る思いを味わった。

 

(正直、どんな味かも全然分かんなかった)

(手掴みで礼儀正しく食べる作法なんか、王宮で教わってないからさ)


 その後も監視下の状況は続いて……。


「目立たないようにするなら、いいだろう」とオセリアさんから何をするにおいても、いちいち許可を得ないと駄目になったのには、少し腹立たしく思いつつ、たまごスキルの練習に時間を費やしていた。


(は──あ、あの作業時間はまだまだ掛かりそうな雰囲気だよ) 

(あ─あ、これも予想外の展開だった)


 そう、心の奥底で強く思うと……。


「御免ね、ベスさん」


 と離れた場所にいるベスさんに向けて、謝罪の言葉を口にした。

 

 実は、あれから起床の鐘が鳴り終えた後も、まだ、私達は食堂に足止めされていた。


 それに、足止めされてこの場に留まって居るのは、私達だけでは無かった。


 玉子を配って食べた者達、つまり、あの刻限からいた全員がこの食堂から出られず、半ば強制的に軟禁状態となる処置が取られた。


 出入り口は完全に警備隊に掌握され、今はもう誰も野外に出れない状態だった。


 勿論外からも、この食堂には誰も立ち入れず、完全隔離かくりされた状況となっている。


 だけど、ここにいる人達からはそんなに強い不満なんかは聞こえない。


 ──寧ろ、こんな声が聞こえてくる。


「俺らは別に今日は休みだから、別に構わねえよ」


「騒がしい奴等が、入ってこれねえほうが平和でいいじゃねえか」


「そうだな、ここでこんなにゆったり話せるなんて、そうないしな」


「ヒヨっ子共がこねえから、食いもんまだまだ沢山あるぜ」


「よ──し、今から宴会だ。じゃんじゃん酒振舞ってやるぜ」


「戦場を回避してくれた玉子の嬢ちゃんにも乾杯しなきゃな」


「明日も頼むぜ、玉子の嬢ちゃん」


 ちょっと耳を澄ますだけで、こんな声が聞こえてくる。


 まあ、どんちゃん騒ぎをしている大人達のことは、今の所はほおっておいてもいいと思う。


 ただ、一部にはこう思う大人達もいるだろう。


 ──いつまで隔離されたまま、食堂にいなきゃいけないのか?


 その答えは、ここにいる農奴達全員の【奴隷紋】の書き換えが終わるまで。


 そう、オセリアさんから言われた。


 何でも、私がやった『神のシステム御祝儀大作戦』が不味かったみたい。


 あの作戦を、オセリアさんとベスさんに相談することもなく、無断で決行した結果によって、この場に居た農奴達全員の【奴隷紋】の契約内容に、新たに契約を追記する必要が出てきたらしいんだ。


 奴隷紋に新たに追記する項目は2つの条項。


 ・ここで起こった出来事に関して、知らない者には何も話せなくなる禁止条項。

 ・私に一切の危害を与えるのを禁止する条項。


 この作業が全て終えるまで、この食堂の室内に閉じ込められたまま、外に出られないそうだ。


 実は、昨日の玉子試食会の後も、あの場にいた新人農奴達全員に、この処置が取られたらしい。


 作業当事者だったベスさんから、さっき、そんな話を聞かされた。


「昨日の【奴隷紋】の書き換え作業も、ホントに大変だったんだから」と昨日も大活躍だったベスさんは、作業に入る前にこんな風に何度も愚痴ぐちこぼしていたんだ。


 唇を尖らせてそう話すベスさんは不服そうな顔をしつつ、仲間の警備隊員の人達に連行されていく。


 悲哀ひあいを誘うように背中をさらして歩くベスさんを見送りながら、私は手を合わせて合掌がっしょうしておいた。


(今更、そんな契約更新したって、どうにかなるのかな?)


 シルアは達観たっかんした気分で自分を見つめていた。


(止められないと思うよ、この勢いは)

(私も止めるつもりは、もうないもん)

(だから、こんな七面倒臭いのは、とっとと諦めて)

(私をさっさと奴隷の身分から、開放してくれたらいいのに)


 今もベスネシス達は離れた席に陣取ると、ここにいる農奴達の【奴隷紋】の書き換え作業に四苦八苦してるようだ。


 上司のロゼルハルトに応援要請を出したようだが、この現場にはまだ応援部隊の影もなく、ここに最初からいた人員だけで対応しており、実際に書き換え作業をする人員が少な過ぎて何ともし難い様子だ。


 【奴隷紋】の書き換え作業を出来るのは、ここに集まる警備隊員の中では、どうやらベスネシス1人だけらしい。


 ベスネシス1人の手に凄い負担がし掛かるのを感じたシルアは、悲痛な表情をして彼女を見つめたいた。


 シルアの遠目には、周りの農奴達に責付せっつかれて半分涙目になりながらも、書き換え作業に追われるベスさんの姿が映っている。


(ベスさんが可哀想に見えてきよ)

(頑張れベスさん、負けるなベスさん)

(遠くから応援してるから、しっかりね)


 私は、自分のやらかした事には触れないように、ベスさんを心の中で応援してみた。


 半分自棄やけになったベスさんは、私が渡した差し入れの玉子を頬張って食べている。


 さっき何個か渡した【MP回復たまご(大)】がいい差し入れだったみたいだ。


(良かった。喜んでもらえて)

(やっぱ、私って、気が利く人っぽいね)


 口元についた玉子のカスに気づかない位、憔悴しょうすいした顔をキープしながら、ムシャムシャ何個も食べてるから、きっとそうなんだろう。


 ベスさんの食べる姿を見てたら、何だか私もお口が寂しく感じてきた。


 さっき朝食を完食したばかりだけど……。

【悪食】スキル持ちは普通の人よりもお腹の消化が早い。

 だから、お腹がすぐに空くから、すぐに何かを口に入れたくなる気持ちになるんだ。


 という訳なんで──。


(甘いデザートが自由にいつでも食べれるんだもん)

(やっぱ、使わなきゃ損だよね)

(ではでは、ご賞味しちゃおっか)

(こいこい【大福餅たまご】ちゃん)


 次の瞬間には、手に掛かる重さを実感した【大福餅たまご】を直ぐにパクリと口に頬張る。


(う─ん、おいちい)

(あれっベスさん……なに?なに?……何かあったのかな?)


 ベスさんは、今していた作業を全て止めて、私をジト目でジーッと見ている。


(あれ、もしかして、もう、玉子が無くなったの?)

(じゃあ、追加で差し入れしてあげたほうがいいかな?)

(よしと、それじゃ─、ぷっぷちゃん、お願いね)


 まだ精密に空間を指定して玉子を出す訓練をしてないから、ここは素直にぷっぷちゃんにお任せ。


 もう私とぷっぷちゃんは、以心伝心いしんでんしん


 思い込むだけで、ちゃんと伝わるから超便利で超有能。


 私よりスキルの扱いが上手いぷっぷちゃんは、ベスさんの目の前の空間に差し入れの玉子を数個、出現させた。


 その玉子はぷかぷか浮かんだまま、宙を踊り飛び跳ねているように見える。


 更にぷっぷちゃんは玉子を数個追加で出現させると、宙を飛び回る玉子から虹色に光り輝くような光が漏れて、期間限定の幻想的な照明セットがスタンバイされた。


 ぷっぷちゃんが使ったのは【照明たまご】と【MP回復たまご(大)】を掛け合わせた合成玉子。


 周りを囲むように見ていた野次馬農奴達からは、突如とつじょ出現したピカピカ光る余興よきょうに感動したようで拍手喝采はくしゅかっさいの嵐が沸き起こる。


(流石はぷっぷちゃん、芸が細かい)


 ここで他の警備員達と同じく背後に佇むオシリアさんから、雷付きのお説教が落ちた。


「シルア、目立ちすぎだ。さっきも言ったはずだ。何をするにおいてもまず相談しろとな。そう何度も言わせるな」


「は~い」


(私がしたんじゃないよ)

(今のはぷっぷちゃんがやったんだよ)


「もう暫くしたらロゼルハルト様も来られる。それまで大人しくしているんだ。わかったな」


「は~い」


(え─え、また、怒られる予感がする)

(でも、聞き流しとけばいいから、別にいいや)


「影響の少ない範囲でスキルの練習をしてろ。いいな」


「は~い」


(今の皆の様子をもっと観察してても、別にいいでしょ)

 

 気のない返事で切り抜けた私をオシリアは必要以上に追求して怒らなかった。

 多分、必要以上に私を追い詰めた失敗体験から、少しは学んでくれたみたい。

 でも、きっと内心では物凄く怒ってそう。

 後ろを振り向けば、オセリアさんがどんな表情をしてるのかが、一目瞭然いちもくりょうぜんなんだけど。

 見たら震えが止まらなくなりそうだからやめとく。


 オセリアさんのお説教が終わると、また、様子が気になるベスさんを観察してみた。


 ベスさんは宙で踊る玉子に視線を向け、唖然あぜんとした表情で見詰めていたけど、終いに頭を左右に振ると、諦めのため息を深く吐いてから、また作業に没頭ぼっとうしていった。


 ベスさんの横には、まだまだ【奴隷紋】の書き換え待ちの長い列が続いてた。


 ベスさんのやる気も全然上がらないみたいだから、もう少し、ここに足止めされると思う。


 何度も出入り口付近を気にするベスさんの姿が、妙に痛痛しく思えるけど、もう少し我慢すれば、きっと助けが来るはずだから、心が折れない程度に頑張って欲しい。


(オセリアさんに負担を掛けようとしたら、ベスさんの方に一杯負担を掛けちゃった)

(御免ね、ちょっと失敗したかもね)

(でも、文句ならオセリアさんに言って欲しいな)

(今度はちゃんと狙った位置に当たるように、コントロールの精度を上げとくね)

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