第24話 今日も食堂へ行こう ③ 食堂内にて

 この時間帯の食堂は、昨日と同じようにまだまだ座れる席に余裕があったけど、賑やかな雰囲気だった。


 農奴ご用達の食堂内では、朝早くから早起きして集まった農奴達が、愉快ゆかいに談笑していた。


 聞こえる話に耳をますと、農奴達は新たに取得したスキルや職業の話題で盛り上がっているみたいだ。


 そんな農奴達だったけど、私達の存在に視界に捉えた瞬間に、口を閉じると目線をらして下を向く。


 あれほど賑やかに騒いでいた声が、直ぐにほとんど聞こえなくなると、お通夜のようにし─んと静まり返った。


 配給の列に目を向けると、列に並んでいる農奴達も全員下を向いていた。

 

(うん、うん、解るよ、その気持ち)

(ここは農奴御用達のお店だから、警備隊員は滅多めったに入ってこないもん)

(そりゃ、警備隊員が入って来たらそうなるよね)

(きっと、何かされるとビクビクしてるんだろうな~)

(御免ね。警備隊員なんか、一緒に連れてきて)


 そんな私の思いなんか気にもしなさそうなオセリアさんが、私の側まで近づいてくると、私を手前に立つように引き寄せてきた。


「腕が痛いです。もっと気遣って下さい」


「黙れ、その場で突っ立っていろ」


 私を手前に押し出すと、静まり返った食堂の室内中にオセリアさんの大きな声が響き渡った。


「食堂に居る全ての者達よ。黙って私の話を聞くがいい」


「今の我々は現在任務中だ。だが、安心するがいい」


「我々の護衛対象者に手を出さなければ、お前達に危害を加えるつもりはない」


 その言葉で、下を向いていた農奴達は、顔を上げるとオセリアさんの方に目を向けた。

 オセリアさんの声に割って入る勇気ある人は、この場にはいないようだ。


「ここにいる紫農奴のシルアが我々の護衛対象者だ」


「これは警告だ。今後一切我々の仕事の邪魔をするな」


「紫農奴のシルアに危害を加えようとする愚か者には容赦ようしゃしないぞ」


「そんな奴がもし居たら、必ず追い詰めて後悔させてやるからな」


 誰ひとりとして声を出す人間もいないようで、オセリアさんの声だけが聴こえる。

 今の時間帯の食堂は、オセリアさんの独壇場の舞台となった。


「ここに居ない農奴達にも、今私が言った事をしっかり伝えておけ」


「私からの話は以上だ」


「シルア、何か言いたい話があれば、この機会に何か言っておけ」


 そう言い残し発言を締めくくったオセリアさんは、私に向けて挑戦状を叩きつけたかのように見えなくもない笑みを浮かべた。


「エッ……」


 マサカ真逆の考えてすらいなかった、奇襲とも言える言葉のやいば


 普通にオセリアさんの話を、ポカン、と聞いてたら、無防備だった私に無茶ぶりを押し付けてきた。

 

 そんなの、何の打ち合わせもしてないのに。


 そんなんだったら、さっきの警備隊の人との打ち合わせの中にも、私を参加させときなさいよ。


(ちくしょ──)

(やっぱオセリアさんって性格悪いよね)


 でも、このまま黙って引き下がる私じゃないんだから。

 オセリアさんに売られた喧嘩は買うからね。

 こうなったら私自身が、オセリアさんの仕事を邪魔してやるんだ。

 自分が犯した間違いを、後で、後悔しても遅いんだから。


(ぷっぷちゃん、お願い、手を貸して)


 強い思いを込めて、私はぷっぷちゃんにお願いしてみる。


 私の心の願いをしっかり聞いていたぷっぷちゃんは、とっても仕事は早かった。


 姿を見せた透明なパネル板が一瞬の内に、私を包み込む円状パネルに変化すると…。


 円状パネルに様々なデータが表示されて、スタンパイOKのサインが表示された。


 ぷっぷちゃんの気使いで展開された【たまご眼】のスキルを通して見ると周りの風景も違って見える。


 周りにいる人達は、多かれ少なかれ魔素の瘴気に身体を犯されているのが、ハッキリ見える。


 特に酷い症状なのが、昨日仲良くなったダルカロさんだった。


 ここまで酷い魔素に犯されていると、多分立っているのも辛い筈だと思う。


 ノアレアさんの告白を断り続けていた意味が漸く理解出来た気がする。


 多分、自分に長く接触する事で、ノアレアさんの身体が魔素に犯されるのを、防ごうとしてたんじゃないかな。


 ノアレアさんを愛していたから、きっと、そうしてたんだよ。


 まあ、ダルカロさんの悩みもついでだから、一緒に解決してあげるのも良いかもしれない。


(人前で話すのは凄く恥ずかしいけど……)

(たまご使いの本領発揮を見せてあげるよ)


 そう、心の内で思うと、勇気を振り絞って声を出した。


「今日から紫農奴に昇進したシルアと言います」


 心臓の鼓動がドキドキする。


「こんなに沢山の人の前で話すのは、生まれて初めての体験だから、凄く緊張します」


 皆の視線が突き刺さって、胸の鼓動が悲鳴を上げるみたいに大きく聴こえる。

 グレイさん、ダルカロさん、ノアレアさん、トメエラさんの顔がみえた。


「突然話せって言われたから、何を話せばいいかも、思いつかなくて…」


「でも、1つだけ、皆さんが喜びそうなことを思いつきました」


「きっとこれなら、皆さんも満足して貰えるんじゃ無いかと思います」


「今から皆さんに『神のシステム』の更新を記念してささやかな贈り物をします」


 シルアの作戦──それは『御祝儀作戦でこの場を乗り切っちゃえ』という何とも言いようがない力技であった。


「どうか、皆さん、受け取ってください」


「そして、私の話を最後まで聞いてくれて有難う御座いました」


 挨拶の言葉を締めくくった私は最後にぺこりとお辞儀じぎをして終わる。


 言葉が途切れると同時に食堂の空間に、異変が起き始める。


 それは、突然空間が揺らめきだすと、この場にいる全ての人の手前の位置に、空間から浮き出るように玉子が2玉づつ姿を現していく。


 その多くの玉子は、空宙に静止するように、ふわふわと浮かぶ。


 グレイさん、ダルカロさん、ノアレアさん、トメエラさんの前にも2玉の玉子が浮かぶ。


 食堂内にいる全ての人が、忽然と現れた宙に浮かぶ玉子に、驚きの目を向けている。


 オセリアさんとベスさんは、その光景を目の当たりにすると頭を抱え出す。


(後はしっかり守ってね)

(頼りにしてるよ、オセリアさん♪)


 今回ここにいる人達に配った玉子は2玉。


 玉子の1玉は、HP自動回復効果が付与される【羊羹ようかんたまご】。


 もう1玉の玉子は【全快たまご】……お味は【煮たまご】(殻むき済み)。


 【全快たまご】は、お薬で説明すると神水薬エリクサーの効能がある玉子。


 これを食べたら、例え禿げてようが次の瞬間には、育毛が復活して生える効能なんかもあるらしい。


 食堂の店内には、多くの禿はげ頭の大人達も沢山いるから、食べた後でどうなるか、それは見ものだ。


 他にもこの【全快たまご】は効能が沢山ありすぎて説明するのも面倒な程なんだけど、1玉創造するのにMP10000も掛かる超高コスト玉子なんだ。


 でも、それにも抜け道が当然用意されていて、ぷっぷちゃんが検索した【全快たまご】合成レシピから、幾つかの玉子を掛け合わせて簡単お手軽ぷっぷちゃん合成でお任せすると、結構低コストの合成から【全快たまご】を生産出来るんだ。


 ここの場所にいるのは、多く見積もっても50人位。


【魔素吸収】は室内では使い勝手が悪くて効率が落ちるんだけど、私の持ってるMPでギリ何とかなった。


 だけど、MPをあっと言う間に大量消費したから、少しふらついてしまいそうな気分なんだけど。


 まあ、そこは気が利くぷっぷちゃんが、私の目の前にも【全快たまご】と【羊羹ようかんたまご】を出してくれたし、その玉子を食べれば何とかなるでしょ。


 私は目の前に浮かんでいる【全快たまご】を手に取ってみると、アンム、と口の中に入れて噛み締める。


「ああ、美味しい、白身が何とも言えない味がして堪らない」


 その玉子は、口の中に入れた瞬間に効果が発現する。


 私の両腕が淡く発光してる。


 御免御免、違ったよ。よ─く自分の身体を調べてみると、全身が淡く発光してるように見える。


 身体の全身がポカポカして気持ちよく成って来た。 


 失ったMPを回復していく絶頂感が堪らなく気持ちよくて、その余韻に浸ると「ふ~」と吐息をつく。


『全快たまごの効果が発動:HP・MP全回復、全状態異常回復、肉体再生付与(32H)した』


【全快たまご】を完食したので『神の御声』が耳の奥に届く。 


 【全快たまご】を完食した私は、続けて綺麗な色合いをした【羊羹ようかんたまご】に手を伸ばそうとして見ると、その【羊羹ようかんたまご】の先に見える人達は、全員私を注視しているのが見えてしまう。


(あれ、皆、食べないのかな?)

(煮玉子は温かくて、味の染みた白身と黄身も最高に美味しいのにな)


 そう思いながらも、自分の欲望に素直に従い【羊羹ようかんたまご】を口に頬張ほおばる私。


(ああ、やっぱ甘くて美味しい)


 何度も口の中で甘味を堪能して【羊羹ようかんたまご】を完食した私を、掛ける言葉を失ったように、ただ、注視する私以外の人々。


 【羊羹ようかんたまご】を完食して『神の御声』を聞き流している私は、どうすればこの人達がこの玉子を手に取って食べてくれるのか、普段から余り良い知恵が出てこない頭を必死に働かせて考えて見る。


(やっぱ、もう一言、声かけが必要みたい)


「さあさ、どうぞ皆さん、召し上がれ」

「いままで食べた事が無い位に美味しい玉子ですよ」


 私の言葉でどうしようか悩み始めた大人達の中で、1人のおじちゃんが勇気ある行動を起こす。


 おじちゃんは、2玉の玉子を掴むと、1人で私の側まで距離を詰めて近づいてきた。


 その勇気あるおじちゃんは、いつも名前を忘れてしまう知り合いのおじちゃんだった。


 名前はやっぱり出てこない。


 凄く気が利くぷっぷちゃんは、そのおじちゃんのスターテスを私の目の前のパネルに表示してくれた。


(…ダハルリアーノ……職業ジョブ 拳聖、年齢102歳、レベル160って何それ?)

(まあ、今は全てをスルーして、ダハルさんって名前だけ解かればいいってことにしよ)


「嬢ちゃん、昇進出来て良かったな。後は儂に任せときな」


「はい、ダハルさん」


 少し驚いた顔をしたダハルさんだったけど、その表情を元に戻すと舞台上から声を上げた。


「この嬢ちゃんの折角の行為だ。儂が毒見をしてやるから、目を大きく開けて見てやがれ」


 そう言い終えたダハルおじちゃんは、無造作に【全快たまご】を丸ごと1個、口の中に放り込んで、むしゃむしゃを噛んで食べ始める。


 他の人達は、全員、ダハルおじちゃんの食べる姿を黙って見続けてる。


 皆の注目の的となったダハルおじちゃんは、驚きの面構えに取って変わると荒々しい声で食べた感想を言った。


「なんじゃ、こりゃ、超うめえぞ」

「こんな玉子食べた記憶がねえ」

「おう、お前さん、食べないだったら、俺がそれ食ってやるから安心しろ」


 そう言った次の瞬間には、ダハルおじちゃんの近くに居た人の玉子が2玉ともダハルおじちゃんの手ににぎられていた。


「やめろ、そりゃ俺んだ。」

 

 その様子を何もしないで見守っていた大勢の大人達も、次々に空宙に浮かんだ玉子を掴み取っては、豪快ごうかいに食べ始めた。


 この後の食堂は歓喜と涙と歓声に包まれたのであった。

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