第16話 新人研修の場にて

 新人訓練の集合場所に、遅れることもなく余裕を持って足を踏み入れる。


 私は思っていたよりも、この集合場所に、早くたどり着けたと思う。

 自分のステータスの急激な上がり幅は、何気に私の思い描いていた以上の効果を発揮した。

 体力強化の才能に目覚めた私は、どうやらスタミナ馬鹿になったようだ。

 林の木々を背にして最高速度で駆けていても、陽気な気分でいられたから、周囲の景色を楽しむゆとりを持って、林の木々を背にして駆けてこれた。

 まあ、スピードについてはコメントしなくても分かると思う。

 そこは、8歳児の幼女だからってことで、暖かい目で今後も見守ってほしい。


 この場所は、お偉いさんのすむ屋敷の端にある整地された広場で、この位置からは赤レンガが特徴的な新人訓練棟の2階建て建造物がすぐ真横に見えている。


(まだ、管理官も姿が見えないから、ちょうどいい時間帯にこれたみたいだね)


 研修時間は、作業自体はきついけど、今の季節だと作物の種を植えるのが楽しい。

 管理官として、私の指導員になったハーレム農奴さん達からは、どういうわけか愛玩あいがん動物みたいな扱いをされるし、威圧してくる大人達が近くにいないから気が楽になる。

 だから、この研修時間中は比較的気が緩んでしまうけど、今のところその時間帯に襲われたなんてことは一度も起きてないし、少しぐらい私にも気の休める場所があってもいいと思う。


 周囲を見渡すと、同じ色で染色された服を着た大勢の新人達が広場に集まっていた。

 その新人達の農奴服の色は、全て灰色で統一されている。


 なぜ衣服の色が統一されているかと言えば、警備隊の人達が判別しやすいように区分けされているからだってさ。そうしたら、本来作業している時間帯にその衣服を着た農奴が他の場所でサボっていたも、私達を常に監視してる警備隊の人達が発見しやすいから、そういう規則になったみたい。


 新人農奴は灰色の農奴服。

 普通の農奴は茶色の農奴服。

 上級農奴は緑色の農奴服。

 管理官待遇たいぐうの農奴は紺色こんいろの農奴服。

 上級管理官待遇の農奴は紫色の農奴服。

 愛人待遇の農奴は白色の農奴服。

 下人待遇の農奴は黒色の農奴服。


 7色あるから虹色みたいだけど、こっちの虹は錆び付いて暗く感じる。

 この中で、絶対に着たくない色の服は白と黒。

 この年で愛人なんて、それはいくらなんでも無茶だと思う。

 需要はありそうだけど、私の女としての尊厳が無くなるから嫌。

 黒の服を着たら、人生終了だからもっと嫌。


 新人研修に参加する気もなく、この場に現れない反抗的な態度をとる新人農奴達も、いうまでもなく灰色の農奴服を着ている。

 

 そんな新人達は、警備隊の人達の前でも反抗的な態度をとるけど、そんな態度だとここでは長生き出来るわけがなく、大農場からも姿が消えてこの世からも居なくなる。


 反抗的な態度をとるだけ、死に急ぐようなもんだ。


 ここの大農場では、警備隊の権力は絶大だから、決して逆らわないほうがいいし、そのことに気づかない新人農奴達が警備隊の人達に見つかったら、ご愁傷様しゅうしょうさまと呟くだけだ。


 彼らに見つかるへまをしたお馬鹿さんは、問答無用で懲罰房ちょうばつぼう行きになって、足腰が立たなくなるほど暴行されて、それまで着ていた服を剥ぎ取られると、警備隊から許されるまで、黒い衣服を着なければいけなくて、そうなるとさらに悲惨ひさんな目にあうの。


 黒の衣服を着せられた人は、警備隊の人達の粛清しゅくせいの対象として見られるから、その時点で人生が詰んだと悟るはずで、自分のやらかした反抗的な態度にいまさら後悔しても後の祭り。


 結構非道な行為だけど、奴隷達も曲者ぞろいが多いから、従わせるにはある程度の懲罰が必要なのもわからなくはないけど、それにしても警備隊の人達のやり方は度を越していると思う。

 

 その事実から目をそむけられないのか、毎日、ほとんどの新人が新人研修に自発的に参加するように習慣ずけがされてる。


 悔しいけど、警備隊の人達の思惑どおりに、私もそう仕込まれてしまった。


 ここの広場に絶大な権力をもつ警備隊がいたら、静まり返ったようになるの普通だけど、そうした緊張した雰囲気は、全然見られなくて、今の広場からは賑やかな喋り声が沢山聞こえてる。


 どうやら、今の広場には警備隊や管理官達といった搾取する側の人間が、まだ誰も姿を見せていないみたいだ。


 いつもだったら、農奴達を監視するために数人はいるはずなのに、今日に限ってその姿は見当たらない。

  

 だからだと思うけど、新人農奴達はみんな気が抜けたように地べたに座り込みながら、近くの者達と談笑しあう日常の一駒が見られている。


 農奴達の雑談の声が聞こえる広場には、農奴達が大小のグループに分かれているみたいだけど……。

 

 大小のグループのすみの方に、ひとり寂しくささくれる私がいた。

「私は今日もひとり寂しくぽっちか……」 

(ふんだ、別に寂しくなんかないもん)

(なんて嘘つきたくなったけど……やっぱ寂しいもんは寂しいよ)

 1人ぼっちは寂しいけど、今は我慢するの。

 新人農奴達から、ハブられているのも知っているし、こちらから話しかけても邪魔者扱いされるか、相手側に余計な敵意をいだかせるようになるだけだから。

 それは、上手いやり方じゃないと思うし……。

 なので、私のほうから積極的に行動しようとは思わない。

 それは負け惜しみもこめてだから。だってそう思わないとやってられないもん。

 今は、ここに来てからいろいろと我慢するすべを覚えたから、寂しい心に蓋をして凌ぐことにするよ。


 気分転換がてらにのどをうるおしたいから、ちょっくら休憩タイム。


「展開【魔素変換】液状化」


 空中に適当な数の魔素で出来た水球を作って、空中にふわふわと浮かべるようにすると、その水をゴクゴク飲んで喉をうるおす。

 うん、美味しい。他の人には魔素の原液は猛毒だから絶対誰も口にしないけど、私は【魔素耐性】と【悪食】スキルがあるから、飲料水がわりにこのスキルを重宝ちょうほうしてる。

 他にもこのスキルには、使い道があるんだ。


「展開【魔素変換】結晶化」


 すると、私の手に光の粒子が集まって、すぐに魔素の結晶が形作られていく。

 その結晶を何でもないように口の中に投げ入れると、チュパチュパと舐め始める。

 これも私が編み出したオリジナル生存術で、結晶がシュワシュワしながら口の中で溶けていくんだ。食べ物がなくて空腹時には、とっても便利な手法。

 魔素結晶は、お貴族様の舐める甘い飴みたいに透明だから、これを舐めてると、ちょっとブルジョワ気分を味わえて、気分が爽快になるんだ。

 お口の中がスーっとするからよく口に入れてるけど、こうすると周りの人達から、化物を見るような目で見られる場面によく居合わせるけど、もう、そんなの關係ないって感じで開き直ってる。


 今も私の近くにいる農奴達は、私の進む手前のほうから、空間がぽっかりと空いたように離れていくから、この2つの方法は、虚勢を張りたい今のような状況には欠かせないスキルだと思う。


 広場の端まで下がってきた私は、その場で腰をおろすと、周りからどう思われようが気にしないように振舞うと、周囲を念入りに観察していく。


 今日の農奴達からは、いつもよりも白熱した歓声が飛び交っていた。

 その叫び声からは「スゲー」やら「チクショー俺と交換してくれ」と言った声が聞こえてくる。


 ここの場所の至る所で、私が道中でぷっぷちゃん新しい神のシステムを検証したのと似通った話が、農奴達の主要な話題となっているようで、大騒ぎしながら白熱した漫談まんだんがあちらこちらから聞こえてくる。


「ふ~ん、私の他にも、新しい職業についた人が沢山いるようね」

「ここにいる人達にどんな職業が実装されたのか、ちょっと興味があるな」


 ルバッカとフェゼラの様子をまず確認してから、その後で聞き耳を立てていろいろ探ってみよう。


 視線を変えながらルバッカとフェゼラの姿を探していく。


 大人達に紛れるには身体が小柄で特徴がはっきりしてるけど、新人農奴達は大勢いるから、見つけるには結構時間がかかるだろうと思っていた。でも、その思考はどうやら杞憂きゆうだったらしく、ルバッカとフェゼラの2人は比較的近場の地べたに座っているのを早々に発見出来た。


 ルバッカとフェゼラが所属しているグループは子供が5人だけの小グループだった。


 2人の姿をしっかり捉えた私は、注意深く観察してみると……。


 ひと目でわかった。2人の怪我は全快してる。


 ふふふ、今の姿を見ちゃうと2人に内緒に治した甲斐があったと思う。


「良かった、ようやくはにかんだ笑顔が見れた」


 金色のガキ大将としか言えない風貌ふうぼうのルパッカは、骨折していた腕をぐるぐる振り回している。

暗かった顔も明るくはにかんでいるように見える。孤児院で暮らしている時は、よくこんな顔をしていた。

 

 怪我をした右目を、包帯で覆い隠していたフェゼラも、長い銀髪を下ろして孤児とは思えない整った美人顔に戻っていて、その顔の表情もようやく笑顔が戻っていた。いつも私を叱りつけてくれた見目麗みめうるわしい素顔の表情も見られた。


「包帯が取れたフェゼラの美人顔も久々に拝めたよ」

(ありがたや、ありがたや)

 私は、フェゼラの美人顔の御利益ごりやくを少しでいいから分けてもらおうと、両手を合わせて祈ってみた。


(私1人じゃ、どうしていいかわからなかったけど、ぷっぷちゃんがいてくれて本当に良かった)


 ルパッカとフェゼラの2人は、私が見ていることに気づいていないようで、大農場で知り合った仲間達と喜び合っていた。


 その光景を見ている私は、ルパッカとフェゼラの嬉しそうな顔を忘れないでおこうと、記憶に焼き付けるように、しばらくの間、2人に視線を合わせ続ける。


 そうしていたら、しびれを切らして待ちきれなかったようにパネルを点滅させて目の前に現れたぷっぷちゃんは、私にパネルを確認してと急かしてるように画面を震わせて迫ってきた。


 ぷるぷる震えるパネルの画面を見てると、ちょっと笑みがこぼれてしまう。


(ぷっぷちゃん、私がずっと見てたから、ルバッカとフェゼラに嫉妬したのかな?) 

「どうしたの、ぷっぷちゃん」

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