第9話 ゲェ~ップ

「ゲェ~ップ」


(あ─、美味しかった、満足、満足)

(神様、ごちそうさまでした)


 幼女とは思えないほどの快音を鳴らして自由に振舞う私。

 周辺には、私の口臭が広がる。


 あれから、じっくり料理を堪能したし、他の3人の余り物も恵んで貰い、それも全部完食した。

 今の音が全部完食したご馳走様ちそうさまの合図になる。


(ちょっと生々しい乙女の匂いがするけど)

(これがホントの乙女の匂いなの)

(王宮でやったら、絶対に怒られる案件だけど、ここじゃ誰も怒らない)

(そういう面ではこっちのほうがお気楽でいいかもね)


 そのお行儀がなってない私を見たトメエラさんは、優しい笑みを浮かべる。


 王宮で学んだ鬱陶うっとうしくて何の意味があるのかさっぱりわかんない礼儀作法を記憶の彼方に押し込んだ私は、よもや自分が女性だったという事実からは逃れようがなくて「ごほん」と小さなせきを1つした。

 

「幼い子のこういう無邪気な所って、なんだか癒されますね」


「お前さ、ちょっとここに馴染みすぎるの早すぎねえか」


「ゲップをするのは、自然の摂理せつりだからいいんです」


「美味しい料理を沢山食べた後は、孤児院だったら男女関係なく皆してゲップの大合唱してましたから、ゲップなんか手馴れたもんです。テーブルマナーに関しては孤児院とここは、余り変わりませんからね」


「嬢ちゃんのゲップは孤児院じこみか、そりゃ~俺じゃ太刀打ち出来ねえな」


「そうです、ダルカロじゃ、全然勝負になりませんからね」


「孤児院に居た頃は、誰が一番大きなゲップをするかで勝負して、私のゲップは皆から大絶賛だいぜっさんされて、何回も優勝経験があるんですからね」


「もう一回聞きたかったらしますよ、特別にもう一回披露してもいいですからね」


「ちょっと、ダルカロ!!私の話を最後まで聞きなさいよ」


「あ─うるせ─、ノアレア、俺は今シルアと喋ってんだ。少しは大人しくしてろ」


「それによ、俺じゃ、お前を幸せに出来ないって、何度言ったら解るんだよ」


 あれから、時間が経過して、給食トレーと両手についた旨み成分を、舌でペロペロと舐めて綺麗にしてから食事を終えても、まだ、恋人同士の言い合いがテーブルを挟んで続いているんだ。


 そろそろ、決着付けたらいいのに、ダルカロさんもノアレアさんを気遣う素振りを何度か見せてるのに、何故か、必要に結婚話だけは断り続けてる。


(やっぱり、大人の考えることは、難しすぎてわからないや)


「頭が筋肉で出来てるダルカロの言い分なんて、わかる訳無いじゃないですか」


「シルアちゃんもそう思うでしょ」


「ええ、そうですね。ノアレア


 それぞれの言い分を聞かされた部外者の私には、この上なく面倒な話合いなんだけど、どちらの味方にも成らない様に相槌あいづちをしながら答えていって、これ以上踏み込まないように上手く立ちまわる。


 お腹がいっぱいで大満足なんだけど、あれから2人の馴れ初めやら、お惚気いろけ話をノアレアさんから沢山聞かされて、かなり胸焼けした。


 ちょっと吐いた方が楽になる位に気分が悪い。


 折角せっかく食べた料理を、吐いてしまうのは勿体ないと思う。


 だから、そろそろ、その辺でお惚気話は止めてくれたら嬉しい。


 それに、優しそうな見た目と真逆まぎゃくだったノアレアさんには、さっき、煮え湯を飲まされたばかりだから、出来ればこの場から、早く逃げだしたいと思ってるのが私の本音だ。


 だって、何気にノアレアって呼んだだけなのに、顔色を変えると、私の席まで歩み寄ってきて「っていいなおしなさい」てベアクローしながらおどすんだからね。


 必死に「」て何度も叫んでも離してくれないし、力の数値が2の私のへなちょこ腕力じゃ、到底とうてい敵いっこないから、必死に両手でノアレアさんの腕を叩いて、ギブアップのサインを出してるのに、全然解除してくれないし、寧ろ時間の経過と合わせたように、どんどん力が増していくから、もう最悪だった。


 ダルカロさんはダルカロさんで、大爆笑して私が助けを求めているのに、助ける素振りさえ見せてくれないし。


(トメエラさんの助けがなければ、どうなったことやら、寒気がするね)


(もう、あんな痛い思いは二度とゴメンだよ)


 私はダルカロさんとノアレアさんの2人の言い合いの邪魔しないように、食事を完食したらさっさとその場から退散しようと思う。


 これ以上恋人同士のいさかいに巻き込まれ、どっちの味方になるのか問われたら答えようがない。


 それにそろそろ面倒な奴等が現れる頃合だろう。


(食べ終えたんだったら、とっとと立ち去るのが正解だね)


 この人達に恐怖を植えつけられた私は、丁寧ていねいな話口調で話した。


「ノアレア、ダルカロ、あとトメエラさん、そろそろ先に失礼してもいいですか?」


「あら、もういくの。子供は余り気を使わなくてもいいですよ」

「ここにいたほうが気を張る必要もありませんから、もうしばらくここにいたらどうかしら」


 引きとめようとするトメエラさんとノアレアさん。


(いやいや、ここにいたほうが危険だよ)


「そう出来たら嬉しいけど、そろそろ乱暴なおじちゃん達が現れる時間帯だとと思うんです」


「私は、あのおじちゃん達に何故か恨まれてるみたいですから、見つかると確実に皆さんを面倒なことに巻き込み、ご迷惑を掛けるかもしれません。そうならない内に、ここから退散したいんです」


 そう、面倒事の芽は早めに積んでしまいたい。

 彼奴等の所為で毎回朝食を食べる機会がないのだ。近づかないに越したことはないだろう。


「そういやそうだな。そろそろ奴らが目覚めて動き出す頃か」

「奴らに徒党を組まれたら、俺の力だけじゃ、ノアレア達を守るだけで正直手一杯だしな」

「嬢ちゃんを守ってやるなんて、そんな軽口は叩けねえ」

「そうだな、とっととこの場から立ち去ったほうがいいぜ」


 ダルカロさんは、私の話した理由に納得してくれて、早く席をたつように促してくれた。


「後な、俺達は大体この時間に、この周辺の席に座ってるからよ、朝早く眼が覚めてやる事なかったら、ここにメシを食いに来な」

「嬢ちゃんの愚痴ぐちぐらいなら聞いてやるぜ」


 優しい言葉を掛けてくれたダルカロさんの計らいに、ちょっとほっこりした。


「仲良くして頂いて有難う御座います。またご一緒させて下さい。じゃあ、お先にいきますね」


(ふ~、なんとか脱出成功!!)


(ダルカロさんは、お肉を最初に恵んでくれた優しいおじちゃんだったな)

(助けて欲しい時に笑ってる薄情な面もあったけど、良い人っぽいね)

(ノアレアさんは、言葉使いは綺麗な言葉で話していたけど、凄い怪力の持ち主で超危険人物)

(出来ればお近づきになりたくない人だ)

(トメエラさんは、愛想よくニコニコ笑ってよく相槌を打ってたけど、言うべき話はちゃんと意見する2人のストッパー役かな)

(よし、インプット完了)


 ダルカロさん達の席から離れた私は、舌で隅ずみまで舐め回した給食トレーを返却口に返すと、すぐ近くで配給作業で料理を手際よく盛り付けていく顔見知りのおじちゃんに声を掛けた。


「ダモルさん、御馳走様でした。お仕事頑張ってください」

「ダハルだよ、なあ嬢ちゃん、俺の名前覚える気ねえだろ」

「まあ、いいや。そんなことよりよ、嬢ちゃん…」

「危ない目に逢いそうになったら、ちゃんと大声だして周りに助けを求めな」

「はい、わかりました。行ってきます」


 顔見知りのおじちゃんの助言に耳を傾けて返事を返すと、この食堂から外にでる。


 そそくさと厄介事の種を踏まない様に、人ごみの中に紛れて掻き分けながら食堂から距離をとった。


(ゲッいつも絡んでくるおっさん軍団だ)


 シルアは面倒そうな名前を覚えるのが苦手だ。

 おっさん軍団=暴力集団『暗闇の沼』となる。 


(見つからない内に早く隠れないと…)

(あそこに見つかりにくそうな場所みっけ)


 こちらの方に向かってくる大勢の柄の悪そうな男達を、私のほうが先に見つけると、おっさん軍団から見えないように建物の小道に急いで隠れた。


(よ─し、早く過ぎ去っちゃえ)


 その集団が通り過ぎていくのを息を潜めてやり過ごすと、暫くその場に留まる。


(もうそろそろ大丈夫そうかな)

(ホッ上手くいった)

(ふ─、ひと安心♪ひと安心♪)

「よしと、今日は朝の遭遇そうぐうは回避出来たみたいね」


 何となく危険な空気がなくなったように感じた私は、ようやく外の天気に目を向ける。


 季節は春先。今日の天気は雲1つ見えないほど青く澄んだ快晴で風がなんとなく気持ちいい。ポカポカした陽気につられて気分も上向いていく。


 足取りも滑らかになりながら、次の目的地──新人訓練棟に進路を向けるとテクテクと歩き出す。


 その目的地に向かって歩いていると、起床の鐘が鳴り始める。


 この鳴り響く鐘の音は朝明けの鐘、起床の鐘、昼の鐘、夕刻の鐘、就寝の鐘、終日の鐘と1日で6回鳴り響くことで時刻を管理していた。今鳴り響く起床の鐘の音を合図にして、大農場で働く大勢の農奴が一斉に動け始めていく。


 早起き出来たから、余裕を持って朝食を食べたけど、起床の鐘で目を覚ました農奴達は宿舎を出て、いまから食堂で朝食を食べて仕事場にいく準備をする。


 となると、新人達の集合時間まで、まだ十分な時間がある。今の時間帯は、いつもならまだ寝ている時間帯だから、早起きした事で十分なゆとりをもてた。


 そのまま普通に歩いていても集合時間内に目的地につくだろうから、ゆっくりと清々しい春の陽気を堪能たんのうしつつ向かうことにする。


 春の花々の息吹に目を細めてのんびりと歩いていると、穏やかな時間が流れていくように感じる。


 昨日まで、まったく自然の景色に目を向ける余裕がなかったのが、早起きしただけで、こんなに景色が違って見えるなんて、感動を通り越して驚きを隠し得ない。


「今日の朝に早起きして目が覚めてから、いつもと周りが変わって見えて清々しいんだけど、何気に変な気分なんだよね」

「昨日のあの苦しみはなんだったんだろうね」


 その言葉で記憶が蘇って、今朝の場面が頭に浮かぶ。

 

「あれれっ…そうだ、ど忘れするところだった」


 朝の朝食を最優先したのはいいとして。

 最悪の展開を予想した朝のイベントに、助けに入った光明の光。


「『神の御声』が届いた訳が気になってたんだ」

「このままぶらぶら歩いてる間に、朝のステータス確認をしておこうかな」

「それじゃあ、景気よく元気な声で…」


「「ステータスオープン」」


 今日は気分が最高潮だったから、大きな声が出た。

 だけど、そこで私の時間は、止まったかのように動きを止めた。

 言葉が出てこない。


「……………」


 それくらい呆然とした。

 なんとか絞り出した言葉。


「何これ?……」


 そう呟くのがやっとだった。

 余りの衝撃に頭がショートしちゃったみたいだけど、それを何とか持ち直すと……。


「新称号??たまごの御使いって何??」


 1番の大きな疑問を、誰もいない空間に向けて問い掛けた。

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